第5話 嵐のあと
「祟り」
この姿の見えない地を駆ける呪詛は、まず地下に根を張るあらゆるものを腐らせた。
木々は立ち枯れをおこし、草花は黒ずみしおれていく。
虫の音も聞こえなくなった。
異変に気付いた獣たちは、呪いの外へ逃げようとする。
しかし地を駆ける四肢から、はい登る悪寒で次々と動けなくなっていく。
かろうじて鳥たちが、枝から飛び立つ。
けれど半数以上が、ふらつき落下していった。
乾燥した枝が擦れて発火し、山々に数え切れないほどの黒煙が立ち昇る。
炎が不思議な色をしていた。
金と黒。
それら二色が絡まりあい、まるで地面から噴き出すように燃え盛っている。
いつまでも続くかと思われたこの山火事は、七日目にピタリと止まる。
*
見渡す限りの焦土だった。
火が鎮まったとはいえ、土はまだ燻っている。
何もかもが炭化しており、中にこもる熱が大気を揺らめかせていた。
木々の幹が焦げた墓標のように、どこまでも続いている。
その根元に転がるものがあった。
元は何かの甲虫だが、炭化してよく分からない。
そこへ地中深く、真下から近付くものがある。
それはキノコの菌糸のように地中から広がり、炭化した甲虫に触れた。
かまわず甲虫の中に入り込む。
甲虫を隅々まで浸食したそれは溢れ返り、表面に玉として姿を現した。
よく見れば、糸くずのような金糸と黒い糸が、密に絡み合いうごめいている。
国つ神と、祟り神。
あの日、どちらが勝ったというわけではないのだ。
その力は今でも拮抗し続けている。
捻じれ、どこまでも細く絡まりつづける。
金と黒。
命と憎悪。
複雑に絡まり渾然一体となったそれは、奇妙な命を宿していた。
甲虫の表面に顔を出したそれは、ふつりと切れて辺りを漂う。
見た目は、黒地に金の刺繡をほどした手毬のようだった。
ただし、大きさは爪の先ほどしかない。
苗床となった甲虫は、その役目を終えたかのように崩れ去っていく。
あらゆるものが苗床となり、それを生み出し灰となる。
辺り一面に、びっしりとミミズのようなものがうごめきだす。
それは天に向かって伸びようと、せわしなく動いていた。
焦げた幹が崩れ去っていく。
そのかたわらから、男の二の腕ほどもある蛇のようなものが生えて、地面を激しく殴打した。
山肌一面が、死骸に湧くウジ虫のようだった。
大気には虫から生まれた無数の黒い玉が、風に吹かれて渦巻いている。
ミミズは草花へと変わり、蛇は太い幹となっていく。
黒い玉は、新たな草花に止まり、羽をこすり合わせ鳴き始めた。
いつしか鳥の声も聞こえだし、獣の足音がする。
新しい命。
新しい音色。
新しい生態系が、ここに生まれる。