第42話 朱儀の世界
(あはは)
馬鹿みたいに、相手がゆっくりと見えた。
子供ならではの集中力で、どんどん視野が狭まっていき、再び中距離から放たれる攻撃に無頓着となっていく。
半径にして三歩。
そこだけが朱儀の世界だった。
朱儀の視界が「点」になるほど狭まったとき、霧乃と夕凪の声が聞こえた。
(あーぎっ、みえないの、くるよ!)
(こっちからも、くる!)
ふたりの心象が朱儀へ激しく流れ込み、視野を強制的に押し広げる。
朱儀は夢から醒めたように、楽市の中で目をパチクリさせた。
声に導かれるまま体を動かし、飛んでくる攻撃魔法をかわしていった。
四方から飛来する魔力の込められた矢を、朱儀は次々に打ち落としていく。
後頭部に迫る複数の矢を、全く見ずに体を少し沈ませただけでかわした。
「ひええっ」
耳元で鳴る複数の風切り音に驚き、「頭」が悲鳴を上げたようだ。
ここも無視しておこう。
調子に乗るとすぐ視野狭窄となる朱儀を、ふたりの姉がサポートしていく。
そこへ楽市の声が重なった。
「みんな、もう一度炎を全開にしてっ、目くらましだよっ。
朱儀っ、そいつはしちぶで!」
言葉の意味は分からない。
けれど心象を伝って理解した朱儀は、ちょうど手に持つダークエルフを、死なない程度にぶん殴った。
(らくーち、これどーすんの?)
狐火を出しながら、霧乃が聞いてくる。
「ナランシアが、あの岩山をストーンゴーレムと呼んでいたの。
あれが、あたしの知ってる奴なら……」
楽市は、ガード下の飲み屋ではまったゲームを思い出す。
自分が勇者となって、魔王を倒すゲームだった。
倒すまでの道のりに、同じ名のモンスターが出てきたのだ。
ゲーム知識で心許ないけれど、楽市は朱儀に声をかける。
「そいつの首に手を取り憑かせた後、あたしの所まで引き起こして」
朱儀は言われた通りに、手をダークエルフの首筋へ同化させ、頭の所まで引き起こした。
「朱儀はそいつに集中しててね」
楽市はそう言うと、ダークエルフの耳元で怒鳴る。
「ストーンゴーレムの術者はどこにいる!」
死にかけとはいえまだ意識のあるダークエルフは、楽市をにらみ返した。
元気なことだ。
楽市の質問に答えようとはしない。
楽市はかまわず怒鳴り続ける。
「あれほどの大きさなら、どこかに術者がいるんでしょっ、答えなさい術者はどこ!」
真っ赤になって叫ぶ楽市を、ダークエルフが嘲り笑った。
「くううっ、もう一度言うわ! 術者はどこ!」
歯ぎしりしてうなる楽市に、ダークエルフは歯の欠けた笑みを返すだけだ。
獣ごときに誰が話すかと、目に侮蔑の色が浮ぶ。
楽市は怒りで、目が真っ赤に血走っていた。
しかし急にケロリとして朱儀に声をかける。
「どう朱儀?」
その顔には先ほどまでの怒りが無く、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。
いくら答えようとしなくても何度も聞かれれば、やっぱり脳裏に浮かべてしまうもの。
あやかしたちには、それで充分だった。
楽市に問われた朱儀が、楽し気な声を上げる。
(あーっ、あーっ)
「よし朱儀、そいつは放っておいて、行くよ!」
(あははっ)
(なになに?)
(なに、すんの?)
楽市のなかで姉たちが首をかしげる。




