第41話 朱儀の時間
朱儀が走るなか、楽市は首から上だけ自由に動かせるようだった。
「ふおおおおおっ」
急激な加速を始める「体」について行けず、首がのけぞってしまう。
「げふーっ」
朱儀は飛来する攻撃魔法を、最小限の動きでかわし、そのまま包囲され閉じつつある右側へ走り込む。
木々を盾とし、身軽な動きで木を登り、枝から枝へ飛び移っていく。
森全体を使い、立体的な螺旋を描きながら、獣人兵の集団へ迫っていった。
急に動きを変えた相手に、獣人兵たちの狙いが定まらない。
「あたしの体で何て動きを……ふごごっ」
（あーっ、あー！）
（らくーち、あーぎがあたま、がくんがくん、させないでだって！）
「ゔぐぐっ」
朱儀は一気に距離を詰め、敵の中央へ入る。
こうなると獣人兵は、近すぎて魔法が使えない。
狼狽する敵陣の中で、楽市がタイミングを取った。
「いっせーのー！」
朱儀「楽市」を中心に、四つの炎が吹き荒れる。
炎がのたうち、獣人兵たちに絡みついていった。
楽市たちの使う「祟り混じり」の炎は特殊なようで、通常の対火属性の魔法や装備では防ぎきれない。
周囲の獣人兵は、身を焼かれ次々と崩れ落ちていった。
しかしその炎の中で、平然とする者たちがいる。
ダークエルフの兵士たちだ。
身体の各所が、青く発光していた。
幾つもの光の帯が体にまとわりつき、まるで水流をまとっているかのようだ。
炎の中で何事も無いように、腰から剣を抜き襲いかかってくる。
突きを中心とした、無駄のない動きだった。
確実に急所を狙い、凄まじい速さで繰り出してくる。
しかし朱儀にとっては、欠伸が出るほど鈍い動きだった。
突きのスピードを上回る速さで、ダークエルフの懐に入り込み、渾身の力で拳を叩き込む。
純粋な物理攻撃が、ダークエルフの標準装備である「物理防壁」の効能を上回り、ダークエルフの内臓をひしゃげさせ吹き飛ばした。
プラス朱儀は、無自覚にダークエルフへ「祟り」を流し込み、通常の回復魔法を無力化する。
まさに鬼ならではの、慈悲のない一撃だった。
朱儀の急加速と急停止の動きで、「首がちぎれる！」と誰かが叫んでいるけれど、ここは無視しておこう。
いまはとっても良い所なのだ。
朱儀は四方から突いてくる剣先をかわし、思うがままに手足をふるい続けた。
鬼独特の快楽が、朱儀を包み込む。
暴力への飽くなき追求は、鬼にとって自己研鑽の道でもある。
つまり、とっても良いことなのだ。
しかし経験の浅い朱儀は、だんだんと視野が狭まってくる。
目の前の破壊にだけ、意識が集中する。
ダークエルフの首筋だけ見つめ、必殺の一撃を食らわせたあと、半歩身をよじる。
すぐさま、目の前を通り過ぎる剣先が見えた。
剣先に続いて柄を持つ手首が見えるので、それを切り裂き、飛び散る血の玉を凝視する。
確実に目の前を通り過ぎる、のろまなダークエルフを壊していった。
研ぎ澄まされた感覚が、朱儀の時間を引き延ばした。
（あはは）
