第4話 ねむる楽市
「何でっ、意味が分からない!」
地面に突き立てた爪を、さらに食い込ませ掘り返す。
すると指先に悪寒が走り、咄嗟に手を引いた。
「これは!」
沈み込んだ地点を中心に黒い瘴気がにじみだし、辺りへ広がっていく。
その拡散スピードは地を駆ける獣よりも早く、楽市は呆然とした。
祟り神の瘴気は、あらゆる命を衰弱死させる。
もし楽市以外の白狐が、ここに沈んだとして全三十二体。
どれほどの呪詛が、この地に溢れるのだろうか?
楽市はうろたえる。
「駄目、そんなことしちゃ駄目だよっ」
指先に悪寒が流れ込むのも構わずに、力を込めて土を掘り返した。
夢中で堀り続ける。
楽市の目は吊り上がり、怒りで白い尻尾がぱんぱんだ。
――掘ればたどり着き、みんなを止められると思っているのか?
そんな思いが頭によぎるのを、怒りで無理に押し出す。
怒り続けることで自分を支えるのだ。
気を抜けば、心が折れそうになる。
土塊をいくら罵った所で何も返事はない。
それでも、罵りながら掘り続けた。
「このっ、意味が分からないっ、説明しなさいよ馬鹿あ!」
*
東の空が白々とする。
陽が顔を見せなくても大気に陽光が散り、辺りをぼんやりと照らし出す。
そこは山々が続く深い森の中。
辺りで一番大きな峰があり、その南側が無残に崩れている。
峰からふもとにかけて、ごっそりと土砂が無くなっていた。
大量の土砂が木々をなぎ倒し、所々岩盤がむきだしになっている。
木々と土砂の混じった物が裾野に広がり、対面する山に押し留められて醜く堆積していた。
緑の山々の中でそこだけが、むせ返るほど土の匂いが強い。
崩れた斜面の中腹に、大きな穴が空いている。
掘り返された土が縁に溜まり、小さなカルデラのようだった。
その縁に背を預けて、座り込む影が一つ。
楽市だ。
一晩中掘り返していたのだろう。
白く美しい姿が、全身泥まみれだった。
力なく足を投げ出し、眼下に広がる惨状をぼんやり眺めている。
心が泥のようだった。
一切の感情がぬかるんでいる。
楽市はそれでも、湧き上がる疑問について考えていた。
「おっかしいなぁ。気持ちよく飲んでいた、はずなんだけどなぁ……」
楽市は、くんっと鼻を鳴らす。
「やっぱり違う。土の匂いが全然違う。こんな匂い知らないよ」
空を見上げて、眉を八の字にする。
今は白んで見えないけれど、先ほどまで星が見えていた。
「星の位置も分かんないなぁ……」
ここは一体どこなのか?
「何でみんなが、祟り神にならなきゃいけないの? それに強すぎなんだけど」
楽市たち白狐が、あれほど強いわけがない。
年々人の世から必要とされなくなり、その存在する理由と力を失っていたのだから。
その白狐たちが、あれほどの事をするとは、楽市は未だに信じられない。
巨大化して国つ神と勝負など、楽市の生まれた国では有り得ない。
「ここ、ちょっとおかしい。
ヒノモトじゃない。
外国でもない。
何か世界の性質そのものが違ってる……」
楽市はおっくうだけれど、上半身を起こす。
「何かの理由で祟り神になって、ここに飛ばされて……」
恨む相手を、元の地に残してしまった祟り神は、どうするのだろうか?
きっと怒りの矛先を見失い、見境なく暴れるだろう。
巨大な祟り神が三十二体暴れたら、この地の守護者はどうするだろうか?
「それが昨日のアレか……そりゃあ怒るよね。
ああ……でも、ここに飛ばされてきた後、みんなは祟り神になったのかな?
その原因が国つ神さま?
でも、まさか国つ神さまがそんなこと……ああ駄目、全然分かんない」
楽市は両手で顔を覆う。
分からない事が多過ぎる。
楽市は力を込めて、立ち上がろうとする。
しかし動けなかった。
祟る者はその瘴気により、あらゆる命を衰弱死させる。
それは楽市も例外ではない。
「ごめんなさい、兄さま。
ちょっと疲れたかも……
少しだけ……眠るから……兄……さま……」
力の抜けた楽市の体は、背を預けていた縁から離れて、そのまま斜面を転がり落ちていった。