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第36話 動かすと崩れちゃう

(あれ、なにこれ?)

(きもい……)


楽市(らくいち)から出てこようとする霧乃(きりの)夕凪(ゆうなぎ)を、楽市は押し留めた。


「あんたたちは、そのまま中にいて。

その方が守りやすい」


楽市は樹の前で、両ひざを付く。

他の木々とは違い、その樹だけ突出して大きかった。

葉の生い茂る枝は遥か頭上にあり、濃霧で見えない。


地上に張り巡らされた根も、太く大きかった。

一部、根がアーチ状に宙をくねっている部分があり、根元だけを見ていれば、まるでうごめく巨大な(たこ)だ。


幾つもの太い根が、楽市の頭上を走っている。

その樹の根元に、不定形の白っぽいブヨブヨしたものがうごめいていた。


「澱だ……」

(おり?)


霧乃が楽市の中で首をかしげた。


「霧乃や夕凪も朱儀(あけぎ)も、最初はこうだったんだよ……」

(うそだー)


夕凪の呆れる心象が伝わってくる。


「ずいぶん収縮してる……生まれる日はそれほど遠くない」


楽市がそうつぶやいたとき、山の反対側から地響きが伝わってきた。

低く低く大気を揺るがす鳴動だ。

 

(らくーち、きてる!)

(うわー、らくーちはやくっ、それもってー!)

(ぐるるるるるるるっ)


「駄目なの……」


楽市が大きく頭をふる。

その表情は大きく歪んでいた。


((なんで!?))

「今、動かすと形が崩れちゃう、崩れると元には戻らないの……」

(えーっ)

(どーすんの、これー!?)

 

霧乃たちが騒ぐ中、楽市は返す言葉がない。

完全に失念していた。

あやかしの子は何も、霧乃たちの様な姿でいるとは限らないのだ。


全く生まれる時期が、同じあやかしの子などいない。

まさに目の前の澱がそうだった。


こうしている間に地響きが、どんどん近付いてくる。

巨大な亀のごときストーンゴーレムは、その動きがゆっくりのように見えて、実はかなり早かった。


一歩ごとの歩幅が大きいのだ。

木々を粉砕しながら、反対側の斜面を苦も無く登ってくる。


楽市よりも鋭敏な霧乃たちの感覚が、見るまに山を越えようとしているストーンゴーレムの存在を感じ取っていた。

三人に取り憑かれている楽市にも、繋がっているためにそれが分かるのだ。


みんな怯えている。

怯えていないように見えた朱儀さえ、あの数を前にして恐怖を感じている。


時間がなかった。

楽市が逡巡(しゅんじゅん)のすえに思い浮かべた選択を、夕凪が感じ取りひどく動揺する。


(それはだめーっ、らくーち、だめー!)





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