第35話 でっか!
「そんなこと言っても、しょうがないの!」
納得せず、わーきゃー騒ぐ霧乃と夕凪に、楽市が説教モードに入る。
「あんたたちはねえ、大体いっつもあたしの話しを……」
「らくーち、だまってっ」
「なにおーっ!」
夕凪から逆に黙れと言われ、楽市が真っ赤になって言い返そうとしたとき、夕凪の様子がおかしいことに気付いた。
真剣な表情で、せわしなく獣の耳を動かしている。
霧乃も目をつぶり、音に集中していた。
「きり……これって」
「うんっ」
「「らくーちっ!」」
ふたり同時に楽市の名を呼んだ。
「来たのね!」
楽市は立ち上がる。
「どっち!?」
「あっち!」
夕凪が強く東を指し示す。
「みんな草カゴに入ってっ、松永は後ろから付いてきて!」
三人を草カゴに入れて、楽市自身も狐火となる。
カゴを体内に入れて飛び立つ。
高度は上げない。
山肌に沿って、まだ残る霧の中を突っ切った。
狐火に触れる霧はかき消え、楽市が霧の中を穿孔しながら進んでいく。
狐火の特性を生かし、木々をすり抜けて最短距離で飛んだ。
その楽市に、松永は滑るように付いていく。
突き進む楽市に修正が入る。
「らくーち、ちがう、あっち!」
「どっちっ、こっち?」
「ちがうっ」
「えー、どっちなのっ、こっちか!」
「ちーがーうー!」
楽市とふたりはお互い狐火のため、楽市は声だけの指示に混乱した。
「ぐぬぬっ」
何度目かのやり取りの後、苛立った夕凪が動く。
「あーもうっ、きり、あーぎ、こっちきて!」
そう言って草カゴからでた三人は、楽市の狐火に直接取り憑いた。
「うひいっ」
とつぜん胸に広がる違和感に、楽市は変な声を上げてしまう。
「いきなり、何を!?」
(らくーち、あっち!)
取り憑いたため夕凪の心象が、直接的に楽市へ流れ込んできた。
指し示さなくても方向が分かる。
「ほーっ、なるほど!」
楽市は夕霧の機転に感心する。
(らくーち、はやくっ)
霧乃と夕凪の軌道修正が細やかに入り、楽市は目的地へ迷うことなく突き進んだ。
霧のため視界は効かない。
四人は風切り音と、木々をすり抜ける際の微かな抵抗音を、絶えまなく聞き続け進む。
幾つかの谷を越えたとき、霧の中に大きな樹の影が浮かびあがった。
周りの木々よりひときわ大きい。
幹の太さは楽市が十人いて、手をつないでも測り切れないだろう。
「でっかっ!」
(らくーち、そこっ!)
樹の裏側へ回り込み、人の身となってその場に立ったとき、楽市は驚きの声を漏らした。
「……そんな」
(あれ? なにこれ?)
(きもい……)




