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第33話 森のあさ

森の朝。

突如ひびく轟音で、鳥たちが飛び立ち旋回を始めた。

眼下に広がる山間部では、霧の海が漂う。


揺らぐ濃霧の表面は、まさに海のようだ。

それが内陸から沿岸部へと、ゆっくり流れていく。


霧を泳ぐように、マース級と呼ばれるストーンゴーレムが進む。

ずんぐりとした身を引きずり、山肌を登っていた。

木々より背が大きくて、はみ出ている。


濃霧からはい出るその姿は、まるで沼地をはう亀のようだ。

大規模な空間転移魔法によって、宙に空く穴からその巨大な質量が、ヌルリと押し出されてくる。


その数は二十体。

五〇〇メートル間隔で東西に並び、北へ進んでいく。

山の傾斜などものともしない。


霧で分からないが、ストーンゴーレムの間を埋めるように、二〇〇〇名の獣人兵が展開していた。



  

 

――今日は、もう少し遠くへ行ってみよう

昨日、初めて狩りを成功させた若き獣は、だいぶ自身が付いたようだ。


勲章である獲物の大腿骨(だいたいこつ)をかじりながら、太い枝の上で微睡(まどろ)んでいる。

夜行性の彼は、朝が弱いのだ。


――今日はどこへ行こうかな? そうだっ、今日はあの大きな木へ……

次の瞬間、彼は空間から滑り落ちたストーンゴーレムに、枝と共に圧し潰されていた。





――やったぜ

大きな木の(うろ)に住むリスに似た獣の彼女は、巣穴でぐったりしていた。


昨晩から陣痛が始まり、一晩かけて生んでいたのだ。

赤子を覆う薄膜を食べてやり、へその緒を噛みちぎる。

そうやって産み終えたのが、陽が昇る少し前。


――今日はもう、なんもしたくない

産み終えた達成感が、仰向けになる彼女の上で、七匹モゾモゾしている。


――ふぁー眠い……ZZZ……

その時とつぜん巣穴全体が、微睡む彼女と共に大きく傾いた。


――なに!?

虚のある大きな木が他の木々と共に、空間から滑り落ちたストーンゴーレムに、押し潰されていく。




 

七~八匹の群れで、行動していた鹿に似た獣たちは、霧の中でパニックになっていた。

いたる所から破壊音が響く。


濃い霧の中では、どちらへ逃げて良いのか分からない。

とにかく北へ逃げた。

理由は分からない。


ただ本能が告げるのだ。

北へ逃げろと。


先頭を走る一匹が、突如くずれ落ちた。

霧の中から飛んできた矢じりに、頭を射抜かれたのだ。


後続の獣たちは、構わず走り続けた。

恐怖に身がすくみ立ち止まる獣は、同じ運命を辿るだろう。


一匹また一匹と、後方から飛んでくる矢に射抜かれていく。

最後に残された幼子が、動かなくなった母の腹を鼻先で強く押す。


――おきて、おきて

その背後から近付く者があった。

霧の中から現れたのは、ひとりのダークエルフだ。


「おや、逃げぬのか?」


声をかけられたが、幼子には理解できない。

ただ母の腹をつつくのみである。


――おきて、おきて、おねがい


ダークエルフは少し考える。

そしておもむろに、幼子へ手をかざした。

不可視の力場が、幼子を包み込む。


幼子の手足が引きつり、全身が突っぱねる。

もう母を思う余裕のない激痛の中で、幼子の意識が蒸発していく。


ダークエルフ率いる二〇〇〇名の兵士たちは、(しらみ)潰しに獣を殺し、うろつくアンデッドを破壊していった。



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