第32話 ダークエルフやる気だす
城塞都市ハインフック。
そのハイン城の執務室にて。
中央のソファーに座り、イースが作戦行動の注意点をまとめる。
「まず瘴気無効の水流系アイテムを、ありったけ持たせよう。
報告書では精神系魔法が効くようだから、精神系を中心としたコンビネーショ
ンを徹底させてくれ。
獣人兵は下がらせて、遠距離から攻めさせよう。」
「他には?」
リールーが続きをうながす。
「うん、制限する魔法としては転移系だね。
味方同士で、誤射する可能性があるから危険だ。
これも使わないように、徹底させてくれ」
イースがさらに続けようとすると、サンフィルドが止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「何?」
サンフィルドが困ったような顔をする。
「それじゃデータがあんまり取れないんじゃないか?
俺たちが撤収できないぞ」
「しかし兵の損耗率を考えると……」
「なあイース。
転移系魔法の成功率とか知りたくないか?
他の魔法だってそうさ。
縛りなしで何もかも思いっ切り使って、兵の帰還率とかどうよ?
知りたくないか?
今回は対象の情報を部隊に伏せとこうぜ」
「何を言っているんだサンフィルド!?
それでは部隊が全滅する恐れがある。
他にも黒蛇の情報は、伝えておかないと危険過ぎるっ」
正論を放つイースに、サンフィルドが苛立つ。
「今回は良いじゃないか、二〇〇〇の兵が帰って来なくてもよ」
「二〇〇〇!? ちょっとまて何で全軍なんだ!?
今回は前回の五倍、二五〇と……」
ぜんぶ使い切らなければ、俺たちが帰れないだろうが。
サンフィルドは本音をぐっとこらえて、イースを説得する。
「二五〇なんて小出しにしてたら、相手の規模がどれぐらいなのか引き出せねえよ。
情報を集めるなら、全軍で追い込まないと」
「黒蛇が出てきたら、大集団の密集形態では危険過ぎる。
ただの的になってしまう。
やはり情報を周知して……」
「出来るだけ、散開させりゃいいだろ」
「情報もなく散開させたら、黒蛇に各個撃破されるぞっ」
「丁度いいさ。
こちらが強過ぎたら向こうは、逃げの一手でゲリラ戦だぜ?
それじゃ情報が集まんねーよ。
こっちがあるていど弱くて、しかも馬鹿みたいにいるからこそ、向こうはガンガン
攻めて手の内を見せるんだよ」
「……サンフィルド」
「なあイース。
俺たちは今回なんの為に、二〇〇〇の兵を授けられたのか忘れたのかよ。
この二〇〇〇は兵じゃない、相手の力を試す見せ餌だ」
「しかし……」
それでも何か言おうとするイースの手を、リールーが取る。
「リールー?」
「あなたの優しさは私が一番よく知っているわ。
でも今回は目をつむりましょ」
「リールーまで!?」
リールーが、そっとイースに口付けする。
微かにチャームの魔法がまじった口付けは、イースの心を落ち着かせた。
「リールー……」
「私も酷いと思う。
けれど思い出して。
いま北部を中心にしてアンデッドによる犠牲者数が、これまでに無いほどの数だわ。
あの森での様々な戦闘データは、きっとこれからの役に立つはず……」
「二〇〇〇は必要な犠牲だと言うのか……」
「ごめんなさい。あなたにばかり辛い選択をさせて……」
リールーは、イースの首筋にしがみ付いた。
リールーの甘い体臭がイースを包み込む。
目をつぶり大きく深呼吸したイースは、悲し気な微笑みをリールーに向けた。
「そうだな……リールーの言う通りだ」
イースはそのまま、リールーに手を取られて別室に向かう。
「あと……お願いね……」
去り際にリールーが、サンフィルドに声をかけた。
サンフィルドはとぼけた顔で、腰に当てた右手の親指を立てる。
「大変だねえ……エス型貴族のお守は」
ひとり残されたサンフィルドは、誰にも聞えぬ小声でつぶやき、執務室を出た。
そのまま子気味よく中央階段を降りて、中庭へつながる廊下を大股で歩く。
城の中庭には、あらかじめ待機させていたダークエルフ兵、二〇〇名が並んでいた。
サンフィルドはその前に立ち、叱咤する。
「あー、今回は徹底的にやります。
先兵隊が全滅しているのは承知の通りです。
この尊い犠牲は、悔やんでも悔み切れません。
その無念を晴らすため、今回は全力で行きます」
――全力っていいよなあ、早く終わって
サンフィルドは力なくつぶやいた後、いきなり叫んだ。
「全力だお前らああああっ!
あんなクソみてえな森を丸坊主にしてやれっ。
この世から消しちまえっ。
出し惜しみするなよ、全部ぶっ込めええええっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ダークエルフ兵には、獣人兵で試したポーションの製品版を飲ませてある。
一通り叫ばせた後、サンフィルドはスピーチを締める。
「こほん。と言う訳で皆殺しです。
皆さん各隊を率いて、思う存分に力を奮ってください。
――以上」




