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第3話 楽市、兄さまに合う

「そんな……まさか……」

  

楽市の知る兄と目の前にいる巨人が、同一なんて信じられるわけがない。

それは全てが黒く染まり、粘度の高い憎悪を全身から滴らせていた。


体表面で気化した憎悪が黒い瘴気となって、羽虫のようにまとわり付いている。

祟る者はその瘴気により、あらゆる命を衰弱させ死に至らしめるのだ。

 

「兄さまっ 兄さまああああ!」

 

楽市があらん限りに叫んでも、兄の長篠は見向きもしない。

兄の目は、国つ神に釘付けだった。

長篠の全身全霊が、国つ神に向けられている。


長篠は奥歯をきしらせ、滅すべき相手の元へ飛び去っていった。

途中で全身を黒炎へと転じ、長い尾を引いて加速する。


「行かないで兄さま!」

 

しかし楽市の声は届かない。

今の楽市など、怒り狂う長篠には、嵐の中ではいずるアリと変わらない。


叫ぶだけでは駄目だった。

けれど楽市に何が出来るのか?

 

――今は、そんなことを考える場合じゃないっ。

 

楽市はそう自分に言い聞かせて、はい進む。

狐火となれば早いだろう。

けれどこの嵐の中では、吹き飛ばされて散り散りとなってしまう。


そうなれば元には戻れない。

こんな嵐の中で、狐火となれる方がおかしいのだ。


逆風の中で顔を上げられない楽市は、地面をにらみ付けながら斜面を登る。

遅々としてたどり着けない、自分が情けなかった。

 

「何だっ、こんなもの!」

 

楽市は、気弱になりかける自分を叱咤(しった)する。 

 

「馬鹿馬鹿っ、手を止めるな!」

 

歯を食いしばり強がっても、体が震えて尻尾が内側へ丸まってしまう。

そんな楽市がはい進む中、突然に嵐がぴたりと止んだ。

 

「え?」


嵐の名残がまだ惰性(だせい)で大気を押し分け、完全にやんだわけじゃない。

けれど先ほどと比べれば、まるで(なぎ)のようだった。


地面ばかり見ていた楽市には、何が起きたのか全く分からなかった。

風切りの音が唐突に止むものだから、耳鳴りがひどい。

 

何が起きたのか分からないけれど、これなら狐火へ転じられる。

楽市は、よろめき土煙の先をにらむ。


そこでは金の蛇と黒い獣が、殺し合いをしているのだった。

空は土煙に覆われて暗く、昼か夜かも分からない。

しかし国つ神の放つ輝きが、土煙の粒子に乱反射して、辺りを丸く照らしていた。

  

何か様子がおかしい。

両者が全く動いていない。


山の如きものが突然ぴくりとも動かなくなると、途方もなく不安を掻き立てられる。

楽市は急いで狐火へと転じ、一直線に飛んだ。

近付くにつれて、分かる事がある。

 

「これは拮抗(きっこう)している? 力が拮抗してお互いに動けないの!?」

 

よく見れば、わずかに動いていた。

長篠たち祟り神が、瘴気を髪のように伸ばし、国つ神を絡め獲っている。


それを国つ神が己の身に挟み込み、喰い千切ろうとしていた。

どちらが優位なのか、全く分からない。

 

いや大地の地母神に、藤見の仲間たちが、互角に渡り合うこと自体が有り得ないのだ。

けれどそれが目の前で起きている。


それは楽市の理解を超えていた。

楽市はもう近付き過ぎて、国つ神の全体が視界に収まらない。

 

「桔梗っ、(ひびき)っ、(しずか)っ、富岳(ふがく)!」


楽市は視界に入る仲間たちの名を呼ぶけれど、誰ひとり気付く者はいなかった。

楽市の狐火が頼りなく飛び回る。

いったいどうすれば良いのか?

 

「兄さまどこなのっ、長篠兄さま!」

 

強力な祟り神と化した仲間たちに、楽市が何をするというのか?

国つ神と互角に渡り合う祟り神に対して、通常の「御霊(ごりょう)の式」では全く役に立たない。


――それでも止めなければっ。


しかしその想いが、巨大な神々の前に圧倒されしなびていく。

もう楽市の気持ちが持たない。

 

「兄さまっ、兄さまっ、兄さまああああああ!」


無力な楽市は、親とはぐれた幼子のように、兄の名を呼び飛び回るだけだった。

長い年月を経た白狐だからといって、全てを悟り達観できるものではない。

駄目なものは駄目だ。

こらえ切れない。

 

「兄さまっ、お願い返事をして!」

 

成す術もなく飛び回る内に、あることに気付いた。

 

「沈んでいる!?」


初めは国つ神が、小さくなったように見えたがそうではない。

大きさはそのままに、真下へ沈み込んでいる。

膠着(こうちゃく)状態のまま、両者が大地へ染み込んでいく。


国つ神が自分の領域へ、引きずり込もうとしているのか?

それとも祟り神が、国つ神を黄泉の国へ引き込もうとしているのか?

見ているだけでは分からなかった。

 

祟り神たちは瘴気を網のように広げて伸ばし、先を尖らせ地面へ打ち込んでいた。

ぴんと張った瘴気は、引きずり込まれるのを防ぐアンカーなのだろうか?

それともキリキリと巻き取って、黄泉(よみ)の国へ引き込むための、ワイヤーなのだろうか?

楽市は激しく混乱する。

 

「いやああああっ、 兄さま!」

 

そんな楽市を放って両者が消えていく。

見た目に反して、沈み込むスピードが早い。


もう国つ神の肌が、一部地表に出ているのみだ。

それさえも見る間に消えていく。

 

「待ってっ、待ってっ、待って!」

 

楽市は狐火から人となり、転げるように沈む光点へ手を伸ばす。

しかし地面に爪が突き立つだけで、最後の光も地下へ吸い込まれてしまった。


「兄さまああああっ」





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