第20話 楽市さわにいく
「らくーち?」
「どーした、らくーち?」
鬼の少女のぞばにいた霧乃と夕凪が、心配して駆けてきた。
楽市はふたりを抱きしめてから、髪をくしゃくしゃにしてやる。
ふたりはくすぐったがるけれど、嫌がりはしない。
楽市がそうやって、心配ないよと伝えてくれるからだ。
「ねえ……霧乃、夕凪。こいつら嫌いだよね」
「だいきらい」
「なー、きらい、なー」
楽市の問いに、ふたりは当然といった顔をする。
「でも悪いね。
もう少しだけ我慢してね」
楽市は腰に手を当てて、ナランシアに指示をだす。
「ここから少し移動するよ。
震えて歩けない者は、皆で支えて」
獣人兵たちは、異を唱えることもなく従った。
楽市は眠る鬼の少女を抱いて、先頭を歩く。
獣人兵に背を向けて歩くのは、警戒を解きすぎかなと思ったけれど、この際もういい。
楽市は取り憑いて分かった。
この獣人種の従順さは、犬のようだ。
別段それをけなすつもりはないけれど、感心すべき所でもなかった。
念のため霧乃と夕凪は、草カゴの中に入れてある。
何で自分たちだけ!?――とカゴから文句が聞こえてくるけれど、それは無視しておこう。
凄惨な場から森へ移っていく。
全く見ず知らずの山でも、地形というものは似たり寄ったりで、そう変わるものじゃない。
楽市は地形と植生、そして匂いを頼りに歩いた。
少し経って、ふと振り返る。
「ねえ、ここら辺に沢とかない? 多分こっちで合っていると思うけど」
「沢ですか?」
ナランシアは辺りを見回し、大気を深く吸った。
「それならば、この先にありそうですね」
「そっ……」
ナランシアの言葉に素っ気なく返すが、楽市は内心満足気である。
そのまま先頭を歩く。
水の匂いが強くなり、木々の間を流れる沢が見えた。
沢の幅は二メートルも無い。
そこに「この森」の中でも清らかな水が流れ、涼しげな音を立てていた。
森林で降った雨が土に染み込み、地下の岩盤に沿い、地上の様々な所で湧き出して沢を作る。
こればかりは、どこでも変わらないだろう。
森を知りつくす白狐としては、知らない土地でも、山の表情をみれば見当がつく。
自分の感が鈍っていないと、楽市は満足気だ。
数百年も藤見の森と飲み屋街を、行ったり来たりしてただけの白狐としては、合格ではないだろうか?
途中ナランシアに確認したけれど、それは良しとする。
沢に着いた楽市は、ナランシアに指示をだす。
「ナランシア、みんなに足を沢へ突っ込めと伝えて。
ちゃんと靴を脱ぐようにも言ってね。足湯みたいな感じで」
「あしゆ、ですか?」
ナランシアは、聞きなれない言葉に首を傾げるが、言われた通りにする。
沢は底が浅く足を浸けると言っても、脛までしか入らなかった。
十二人が仲良く並んで足を浸ける姿は、さっきまでの殺伐としたものとは違い、少しまぬけだ。
「本当はちゃんとした川が、良いんだけどねー」
楽市は獣人兵を見回して声を張る。
「あんたたち今から頭を空っぽにしなさいっ。
何も考えちゃ駄目。
それが出来ないなら、自分の信じるものを心に抱きなさい。
何でも良いから、心を穏やかにするのっ」
「うん」
「わかった」
返事をしたのは、霧乃と夕凪である。
獣人兵に混じって、足を沢に突っ込んでいた。
「あー、霧乃と夕凪まですること無いのっ。
あんたたちじゃ多分逆に……まあいいか。
この程度で、どうにかなるシロモノじゃないだろうし……」
そう言うと、楽市も履物を素足に転じて沢に浸す。
「うん……何ともないな」
ナランシアが楽市の足の変化を見ていたようで、目を丸くしているけれど放ってお
く。
いちいち説明する義理はない。
夏の前で、沢の流れは少し冷たくもあるけれど、山を歩いて火照った体には丁度いい。
獣人兵たちは各々目をつぶり、中には信仰する神の名をつぶやく者もいた。
そんな中で楽市は、神妙な顔つきで尻尾を念入りに手入れする。
伸ばした爪で丁寧に梳きながら、何やらブツブツつぶやいていた。
しばらく経つと、効き目の早い者から自分の変化に気付き、驚く姿がちらほらと見れた。
「ラクイチ様、これは一体!?」
ナランシアが、いつの間にか楽市を「様」付けで呼んでいた。
楽市は毛繕いする手を止めて、ナランシアを見る。
「ふーん、血色が良くなって来たね」
再び視線を落とし、尻尾をいじりながら語る。
「あんたたちが感じた、悪寒の正体は祟りっていうんだ……」
「たたり……ですか?」
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