表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/141

第2話 楽市、嵐に合う

ただ茫洋(ぼうよう)たる(かすみ)の中に、白い狐の少女楽市(らくいち)は漂っていた。


とても眠い……

さっきまで酒を飲み、酔いが回っているのだからゆっくり寝かせて欲しい。

 

けれど安眠を邪魔するように、幾つもの黒い影が何やらわめき、楽市のかたわらを駆けぬけ飛び去っていく。

楽市は切れ長の目を薄くあける。

けれどその金色の瞳は何も映さず、すぐ閉じられてしまった。

キツネ耳を(わずら)わしげに動かし、自慢のふさふさ尻尾を抱いて丸くなる。


楽市の意識は霞そのものだった。

気まぐれに漂い、淡く凝っては次の瞬間に霧散してしまう。


だから邪魔しないでほしい。

今の楽市は、ゆっくりと眠りたいのだから。

そんな楽市の意識が少しづつ浮上していく。


楽市はそれを嫌がりむずがるけれど、どうやら無理なようだ。



    *



楽市は耳を叩く轟音で、目を覚ました。

急な覚醒で、思考がまだおぼつかない。

 

「なに、なに、なに!?」


楽市は人の姿で、半ば土砂に埋もれ倒れていた。

起き上がろうとして、長い銀髪と着物のそでが暴風ではためき、吹き飛びそうになってしまう。


楽市は伏せたまま、何とか顔を上げて辺りを見回す。

なぜだか分からないけれど、楽市は荒れ狂う嵐の中に居るのだった。

 

「一体どうなってんのっ、噓でしょ!?」

 

楽市は絶え間なく吹きすさぶ嵐の中で、わけも分からず這いつくばり耐え続ける。

頭の中で幾つもの?マークが飛び交っていた。


これは夢か?

そうでなければ、なんなの!?

 

楽市は風で飛ばされぬように、しがみ付く自分の手を凝視した。

指がしっかりと、土に食い込んでいる。

 

「どういうことなの!?」


妖力がすっかり衰えて、モノに触れられないはずの楽市が、直接モノへ干渉している。

指を食い込ませている。

この状態で場違いとかもしれないけれど、楽市にとっては嵐と同じぐらい驚くべきことだった。

 

じっくり考えたいけれど、嵐がそれを許してくれない。

楽市が必死に耐えていると、どこからか獣の咆哮が聞こえた。


一匹や二匹ではない。

数十匹もの獣が叫んでいる。

その咆哮に、楽市は聞き覚えがあり絶句した。

 

「うっ……みんな!?」

 

仲間たちの声だった。

楽市が聞き間違えるわけがない。

それは藤見神社に仕える、白狐たちの声だった。

 

楽市は精一杯に狐耳を立たせて、方向を確認する。

横殴りの風に掻き消されることなく届くそれは、殺意に満ちあふれていた。

楽市の血の気が引いていく。

 

「何が起きているの!?」

 

楽市は必死に声のする方向へ這いずった。

かなりの勾配がある。

巻き上がる土砂で何も見えないけれど、土の匂いからして、ここがどこかの山であることは間違いない。


しかしここがどこかなど考える余裕もなく、楽市は必死に這い進んだ。

気流の乱れから、土煙にわずかな切れ目が生まれる。

楽市はそこから、ここで何が起きているのかを知った。

 

「そんなっ……」


嵐の中心。

そこは獣たちの戦場だった。

 

金の蛇と、数十体もの黒い獣が殺し合いをしている。

両者の力がぶつかり合い、全てが吹き飛び、荒れ狂う風を生んでいた。


楽市からの距離はまだ遠く、一キロ以上離れているはずだ。

けれど間近に見えてしまう。


まるで距離感が機能していない。

金の蛇が大き過ぎるのだ。

 

「あれはっ、まさか国つ神様?……ええええ!?」

 

否定したくても見間違えるわけがない。

それは楽市たち白狐の主であり、藤見の社に(まつ)られている方と同族であった。


国つ神。

地母神。

地の脈。


土地によって呼ばれ方は様々だが、同じ種族であり、その土地一帯を守護する神である。

うねる姿から、よく蛇と例えられるが実際は違う。


別の表現を借りれば。

大地の生命エネルギーを束ねた、地表のオーロラ。

大きな川を何本も束ねたような、金の帯である。


帯の両端は、地下に埋もれて見えない。

恐らく頭や尻尾といったものは、存在しないのだろう。

胴だけを地表に現し、うねり、そして猛るのだ。

 

対する黒き獣は、国つ神と比べて豆粒のように見える。

しかし楽市の位置からハッキリ見えるので、こちらも決して小さくはない。


全身からどす黒い瘴気を放ち、国つ神の周りを飛び回る。

瘴気が長く尾を引き、幾つもの黒い筋が見えた。

 

楽市の顔が青ざめる。

楽市は、その撒き散らされる瘴気を知っている。

国つ神に使える白狐として、長く存在する楽市が何度も見てきたものだ。

 

「みんなが、祟り神に堕ちてるの?

……まさか……そんな」

 

黒い獣の出す咆哮は、間違いなく仲間たちの声だった。

神社の仲間たちが、祟り神と化している。

目の前で見せられても、楽市には理解できなかった。

 

「何で……うそだ……」

 

楽市の葛藤など構わずに、両者の殺し合いは続く。

突然、国つ神の輝きが増す。


一瞬ふくれたかと思うと、体表面から数百もの熱戦を放射した。

黒き獣が射抜かれて、何体も撃ち落されていった。

 

「いやあああああああっ」

 

楽市の悲鳴など、荒れ狂う風が掻き消してしまう。

撃ち落された一体が、楽市の方へ吹き飛ばされ、すぐかたわらに墜落する。

衝撃で飛び散る土砂が、うずくまる楽市へ大量に降り注いだ。

 

土煙は暴風ですぐ流にされ、そこには見上げるほど大きな獣の姿があった。

片ひざを付き、飛ばされて来た方角を赤く濁った眼でにらんでいる。

 

それは楽市と同じ、人の身を模した姿。

背丈は片ひざを付きながらも、優に十メートルは超えていた。


楽市からは顔が見えない。

けれど馴染みのある匂いで、直ぐに分かった。


「兄さま!」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ