第14話 鬼の気性
身を焦がす憤怒が、鬼の気性を叩き起こす。
漲る怒気が、鬼の手足を柔肌のまま鋼鉄と化し、激しく出血していた内臓が修復して、艶やかな色を取り戻した。
少女の内なる変化に気付けないダークエルフは、警戒もせずに次の一撃を繰り出そうとする。
指先で圧縮した大気を打ち出そうとしたとき、少女が強烈な踏み込みで、間合いを一気に詰めた。
そのまま鬼の爪で、ダークエルフの右手を吹き飛ばす。
制御を失った圧縮大気がその場で弾け、ダークエルフは至近距離から自分の魔法を受け吹き飛んだ。
外傷は余り無いけれど、内側は赤い煮汁のようになっているだろう。
少女も一緒に吹き飛ばされたが、無傷だった。
何事も無かったかのように起き上がる。
少女は自分の手を見る。
先ほどダークエルフの腕を切り飛ばしたとき、全く手応えが無かった。
黒く伸びた自分の爪が、水面をなでるよりも簡単に肉をないだのだ。
その感触のあっけなさに驚いてしまう。
もっと手応えのある物は無いのか?
遊び道具を探すように、少女は辺りをながめる。
――あった
「消えたぞどこだっ、こっちへ飛んだはずだっ」
「分からぬっ、何だあれはっ、一体どこから現れた!?」
突然、仲間を殺られて殺気立つダークエルフたち。
興奮した者が、手当たり次第に火球魔法を打ち込む。
「インフレイムッ」
「何をしている炎は使うなっ。
燃えた煙を吸うと、獣人兵どもが持たぬぞ!」
別の者が燃える木々を、慌てて魔法で消しにかかった。
そんなダークエルフたちの背後から、激しい打撃音が響く。
「なんだ!?」
振り返るとそこには、ストーンゴーレムに対峙する少女の姿があった。
ストーンゴーレムの振り下ろす巨大な足を難なくかわし、その足めがけて小さな拳を叩き付けている。
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ
有り得ない音だった。
少女の拳から、削岩機で岩を削るような音が聞こえる。
一突きで、確実に穴を穿っていた。
鬼の少女は、格好の獲物を見付けていた。
岩山の化け物から、期待通りの手応えが少女の拳に返ってくる。
柔らかい肉とは違い、しっかりと破壊の喜びを与えてくれた。
周りのダークエルフが、騒いでいるけれど気にしない。
少女は夢中で、ストーンゴーレムを破壊し続けた。
「サンディーナ!」
ダークエルフの放った魔法が、少女の背を打ち据える。
少女は驚いた。
大した痛みではなかったけれど、体の筋が強張り、体液が沸騰する。
本来ならば即死の一撃だった。
しかし鬼の少女の治癒力が、それを上回る。
それでも、立て続けに放たれるとキツイ。
眼球が煮立って、視力を奪われてしまった。
ダークエルフより、魔力を込めて貫通力の高まった矢が放たれる。
少女の体へ、何本もの矢が突き刺さった。
――じゃまだな
まだ言葉を持たない少女は、自分の気持ちを咆哮で表す。
「ああああああっ」
先ずは、小さな肉どもを破壊する。
視力は戻らないけれど問題なっかた。
額から突き出た角が大気の揺らぎを読み取り、周りの状況を教えてくれる。
鬼の少女は迷わず、一番近い肉に突っ込んだ。
懐に入られると、ダークエルフは魔法が使えない。
至近距離で放つと、自分もダメージを受けるからだ。
ダークエルフたちは慌てて腰の剣に手をかけるが、それよりも少女の爪が早かった。
少女の手足が閃き、ダークエルフたちの体を削り取っていった。
「精神魔法を仕かけろっ、巻き込みを気にするな!」
誰かが叫んでいるけれど、少女には意味不明だ。
少女は、ただ身体を動かすことに没頭した。
後ろ足を大きく振り上げるとき、ひらひら舞うスカートが鬱陶しい。
少女がそう強く思ったとき、その不快が体に伝わり、スカートが足へそうように形を変えた。
それに合わせてワンピース全体が、体にフィットしていく。
格闘戦における、最適な形へと変わっていくのだった。
固く握る拳が黒く染まり、手首まで覆う籠手状の物へと変わっていった。
自分の変化に驚きつつ満足した少女は、さらに蹴りと突きのスピードを上げる。
少女の手足が舞うたびに、ダークエルフや獣人兵が引き裂かれ、首が飛んだ。
まさに鬼の少女は無敵だった。
誰にも負ける気がしない。
少女は、初めて知る全能感に酔いしれる。
――しかし
耐性の無い者に、突然打ち込まれる麻薬は効き過ぎるものだ。
麻薬のように、鬼の気性が少女の体を駆けめぐる。
そのため、少女は去り際を失っていた。
引くことを知らない。
頃合いを見て、脱出する機会をとうに逃がしてしまう。
気付けば振り回す突きと蹴りが、相手に届かなくなっていた。
角が教える位置情報と、実際の位置がズレているのだ。
そこに気付けない少女は、当たらないのは速さが足りないからと思い、さらに速く振り抜こうとする。
しかし突然、足場がぬかるみバランスを崩した。
「睡眠っ」
「混乱っ」
「思考力低下っ」
「幻覚っ」
なにやらダークエルフたちが叫んでいるけれど、少女にはその意味が分からない。
吐き気がする。
突然体がだるくなり、眠くなってきた。
平行感覚が薄れて、うまく立てない。
思考に靄が掛かり、自分が何をしているのか、良く分からなかった。
そんな少女に容赦なく攻撃魔法が飛ぶ。
色とりどりの光が少女の表面で弾けて、その肌を凍らせ、引き裂き、溶かしていった。
その度に、少女の治癒力が体をおぎなう。
けれど段々と、ダメージ量の方が大きくなっていく。
聴覚や視覚は役に立たず、あるのは体中に走る痛みだけだった。
しかしその痛みさえ、朦朧とした意識はとらえていなかった。
「俺が、首を切り落としてやる」
そう言ったのは、最初に右腕を切り落とされたダークエルフだ。
仲間に支えられて近付いてくる。
どうやら治療魔法をかけてもらい、死ななかったらしい。
「くそっ、右腕が再生しない。何か呪詛を流し込まれている」
肩をかす仲間が今も魔法をかけているけれど、一向に再生しなかった。
辺りには胸や腹を裂かれた者が、治療魔法でヘタに死ねずうめいている。
右腕を失ったダークエルフが、憎々し気に少女をにらむ。
少女は攻撃を受け続けて、爛れた肉塊となり下がっていた。
しかし攻撃の手を緩めると、すぐさま鬼の治癒力で復活しようとする。
これは首を切り落とすしかない。
「何なんだこいつは!?」
誰かが「睡眠」の魔法を、怯えながらかけ続けていた。
ダークエルフが少女にとどめを刺そうとしたその時、天から一直線に降ってくるものがあった。
手の平に収まるほどの、小さな火球だ。
それが鬼の少女の周りを旋回し始め、形を転じ獣の少女となった。
夕凪だ。
夕凪は手を広げて、鬼の少女を背にかばい叫ぶ。
「だめーっ、あっちいけー!」