第104話 ベイルフをおおう闇が落ちてきた
ガコオオオオンッ
あごの外れた四足獣が、地面に頭を打ち付けて器用にはめ直す。
重い一撃をくらったけれど、闘志は消えていない。
頭を振り威嚇してくる。
眼窩に灯る炎を燃え上がらせて、朱儀をねめつけてきた。
朱儀は嬉しくなってしまう。
そうこなくては。
(あはは)
四足獣たちの連携は完璧だった。
一体が朱儀の足を嚙み砕こうとすれば、もう一体が上段から攻めてくる。
一体が右に回り込もうとすれば、もう一体は左から回り込む。
常に朱儀の視点を定まらせないように、動き回っていた。
その連携には朱儀も感心してしまった。
松永もそうだけれど、四足獣のしなやかな反転や切り返しは見事なものだった。
二本の足で移動する朱儀には、とても真似できないものがある。
けれど朱儀は褒めたたえながら、四足獣の連携攻撃をことごとく打ち返していくのだった。
(ふふんっ)
四足獣を殺し――アンデッドでも朱儀たちは殺すと言う――はしない。
けれど動けなくはなってもらう。
朱儀は腰を入れた重い突きを、関節へ的確に打ち込んでいった。
(えいっ)
ガコオオオオンッ
四足獣は何度もあごが外れ、肩が外れ、骨盤を外される。
しかしその度に四足獣は、器用に体を地面へ打ちつけて関節をはめ直すのだ。
(うわーっ)
外された関節を器用にはめる四足獣たちに、朱儀は手を叩いた。
(すごい、すごい、すごい!)
朱儀は四足獣とのトリクミにご満悦だ。
けれど何十回と繰り返される攻防に、楽市が悲鳴を上げた。
(なんなのっ、おかしいでしょ!
とっくに参ったしても、いいんじゃないの!?)
(んー?)
四足獣はまったく諦めようとはしない。
それどころか、さらに殺意を燃え上がらせて挑んでくる。
巨大な牙をガチガチと鳴らしていた。
霧乃と夕凪が、不安げに顔を見合わせる。
(うーなぎ、あっち、ほんきで、ころしにきてる)
(なー、あいつら、ガチガチ、しすぎっ)
楽市もみぶるいした。
(そうだよね、やばいよね何だかっ)
(んー?)
朱儀だけがぴんとこない。
朱儀は初めから殺意を感じていたけれど、朱儀も殺意を出しているので、おあいこだと思っていた。
むしろ諦めない心が、けなげで可愛いと思っている。
(えー、ガチガチ、かわいい……)
(はー、朱儀あんた、本当に好きだね)
(ん?)
あきれる楽市に、朱儀は首をかしげてしまう。
霧乃が楽市に声をかけた。
(らくーち、やっぱ、あのひも、あやしい……)
霧乃が言うのは、四足獣の首に巻き付いている、黒い紐のことだ。
(うん、あれで獣のがしゃを操ってるぽいね)
(えっ、そんなこと、できんの!?)
夕凪がおどろき、楽市がゆるく目を細めた。
(夕凪、あんたも今がしゃを操ってるじゃない)
(あっ、そうだった!)
首に巻きつく紐は、朱儀が四足獣を殴り倒すたびに、その勢いで引き千切れていた。
けれどいつの間にやら、四足獣の首に戻っているのだ。
楽市は首につながる紐の先をみる。
その先は、空にのぼり暗闇に消えていた。
おそらくベイルフに覆いかぶさる幽鬼にまで、つながっているのだろう。
(幽鬼っていうのはどっちかって言うと、あたしたちに近いんだ。
取り憑くのが得意なんだよ)
(へー、らくーち、いろいろ、しってるね)
(ふふん)
夕凪の尊敬をチョットだけ得た楽市は、みんなに声をかける。
(みんなっ、獣の方は放っておいて上の奴やるよ。
炎であぶっちゃえっ)
((((おーー!))))
角つきがしゃが大きくアゴを開く。
筋繊維の束縛を受けない下アゴは、角つきが上を向くことにより、ほぼ一八〇度近く開いた。
その口から三本の青白い炎がほとばしる。
虚ろな眼窩からは、右から血のように朱い炎が、左からは黄緑色の熱線が放射された。
それらが夜空を照らすサーチライトのように、大きくスイングして黒い天幕をあぶっていく。
あぶられた箇所は縮むように穴が空いていき、そこから照りつける夏の日が差し込んできた。
ベイルフを覆い隠す天幕が、小刻みに震えだす。
体に穴を空けられて、悶え苦しんでいるようだ。
(やった、くるしんでるっ)
(いけいけ、ぜんぶ、もやしちゃえ!)
(あー、まえが、みえないー)
(ふーふーっ)
楽市が叫ぶ。
(ぜんぶ燃やしちゃ駄目、死んじゃうからっ)
(えっ、だめなの!?)
夕凪がビックリする。
(あいつも、はかばーの子だからできれば殺したくない)
(えー、あっちは、ころしに、来てるのにー)
(いいから殺しちゃ駄目)
(わかったよ、もー)
ふたりの横で霧乃が叫んだ。
(らくーち、見て、そらがっ)
(あっ)
ベイルフを覆う闇が、そのままの姿で街全体に落ちてきた