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第101話 その笑顔は一点の曇りなく輝く

シノとキキュールが見つめ合っているそのころ――


楽市(らくいち)たちは、がしゃに近付いていく。

けれどがしゃ同士のトリクミに近付くほど、辺りに突風が吹き荒れ、空からは建物の瓦礫(がれき)が雨のように降り注ぐのだった。

さらにゴオンゴオンと五月蠅(うるさ)いったらない。


たったいま、角つきがしゃの左フックが空を切った。

突進しては飛びのく攻撃を繰りかえす四足獣アンデッドへ、まともに当てられないでいた。


空を切った軌道から、突風がうまれ荒れ狂う。

この風が厄介だった。

近づこうとする楽市たちの邪魔をするのだ。


楽市のミニ小袖(こそで)と、霧乃(きりの)たちのワンピースのすそを巻き上げてしまう。

みんなで慌ててすそを抑える。


抑えるのが遅れた夕凪(ゆうなぎ)は、豪快にめくれ上がって顔に張り付き、「まえが、みえないっ」と腹を立てていた。

楽市が顔をしかめながら叫ぶ。


「なにかあたしの知ってるトリクミと、全然違うんだけどっ。

のんびり押し合いっこじゃないの!?」


「だから、きりが、ちがうって、言ったでしょーっ」

「どーすんだ、らくーちっ」

「う゛わーっ、らくーちーっ」

「ぶああああ、らくーちっ」


みんな大声で叫び合っていた。

叫ばないと声が聞こえないのだ。

そこへさらに、角つきが右アッパーを空振りした。


叩き付けてくる突風が、楽市たちの叫ぶ口の中に思い切り入り込む。

みんなの歯茎が見えて、(ほほ)がブルブルと膨らんでしまう。

夕凪が頬を膨らましながら叫ぶ。


ほうだ(そうだ)らふーひ(らくーち)ひっほら(しっぽだ)

ひっほれ(しっぽで)やっすけ(やっつけ)ひゃえっ(ちゃえっ)


らめっ(だめっ)ひっほすはっはら(しっぽつかったら)ひのはんら(シノさんや)まひのひほがひぬ(まちのひとがしぬ)


突風が弱まり、楽市が荒い息を吐いて叫ぶ。


「それにあたし、まだ出し方が分からないものっ」

「えーっ、らくーち、しっぽないと、すごい、弱いのにっ」


夕凪のダイレクトな意見に、楽市が傷ついた。

楽市が言いかえすとき、また角つきが空振りする。


ふぁっきりいふなーっ(はっきりいうなーっ)ひぐくくはろーっ(きずつくだろーっ)


とりあえず楽市たちは、瓦礫の山に隠れた。

そこで楽市が力強く言うのである。


「でもまかせて、あたしには奥の手があるっ」

「なになにっ」


霧乃が先をうながした。


「どっちかに取り憑いて、体を乗っ取る。

そして相手をぶん殴って、相手の体に分からせるのさっ」

「らくーち、あんなでっかいの、動かせんの!?」


怪訝な顔をする霧乃に、楽市がくいっとあごを上げた。


「だから、あんたたちもやるのっ。

みんなで取り憑いて、みんなで動かすんだよっ」


「わっ、そうか。らくーち、弱いけど、すごいっ」

「ふふふ、そうでしょう!」


霧乃の言葉も突き刺さるけれど、トータルで褒めているので楽市は良しとする。

ほかの三人も褒めてくれる。


「弱いのに、すごいっ」

「すごいっ! よわい!」

「よわい、ぶあああっ」


「ふふふ……ちゃんと褒めて」


霧乃がもう一度確認してきた。

霧乃はいつも楽市の話を、ちゃんと聞こうとしてくれる優しい子なのだ。


「じゃあ、どっちかに、くっついて、ぶんなぐって、かつの?」

「うんそう良いでしょ!」


「うんでも、らくーちじゃ、かてない」

「霧乃もはっきり言うよなー」


楽市が膨れる横で、夕凪が真剣な顔をした。


「きり、どーする?」

「うん、うーなぎ、これも、かりだよ」

「そうだな」


楽市そっちのけで、霧乃と夕凪がまとめ始めた。

夕凪がびしっと妹を指さす。


「ぶんなぐるなら、あーぎだろっ」

「うん、あーぎが、くっついたら、動かす、やくね」


「やった!」


「あたしたちは、動かす、おてつだいと、まわりをみる」

「うん」

 

「まめも、いっしょに、見るんだよ。できる?」

「ぶああっ、できるーっ」


「らくーちは、みんなが、げんき出るやつ、いっぱい、だして」

「分かったっ」


悲しいかな、楽市が霧乃へ素直に返事する姿がしっくりきてしまう。

けれど楽市がいなければ、ここまで前向きに考えられないのも、また事実だった。

少し前までしょんぼりしていた目が、みんな生き生きとしている。


楽市は弱いが頼りになる。

これが霧乃たちの、共通した認識なのだった。

楽市があごに指をあてる。


「よしそれじゃあ、どっちに取り憑くかだけど……」

「はいはいっ、はーい!」


朱儀(あけぎ)が両手を上げて、ぴょんと飛んだ。


「あっち、あっちがいいーっ」


朱儀が元気よく指さしたのは、角つきの方である。

楽市がちょっと不思議そうな顔をした。


「ふーん……三対一で獣型に憑いた方が、早く終わりそうだけど……

何かあるんだね。

朱儀ならではの戦いの感ってやつかな?」


そう言われた朱儀がちょっとポカンとする。

しかし直ぐに笑顔で答えた。


「うん?、それ! うん?、そう!」


朱儀の笑顔は、一点の曇りなく輝くのだった。







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