**異世界のおいなり様は、ぶっ壊れスキル『祟り』を隠したい

第２章 幼い眷族たち

第10話 楽市、山をおりる

日が昇り、また一日が始まる。

楽市は穴のフチに座り、鼻歌まじりで手を動かしていた。

そこら中に生える長い草を千切っては、何やら編み物をしていた。

とても器用に編み込んでいき、所々に自分の息を吹きかけていく。

少し離れた所で遊んでいた二匹が、何をやっているのか興味が湧いたらしい。

こちらにやって来て、楽市の手元をのぞき込む。

「んー？」

「なんだー？」と話しかけてきた。

まだ舌足らずだけれど、もう話せるようになっている。

「ふふん、何をしているんでしょーねー」

楽市は得意げになって微笑み、二匹の顔をまじまじと見つめた。

話せるようになる。

子育てしていれば、それだけで子の成長を感じて大喜びするはずだ。

けれど楽市は、それよりもっと大きな変化に驚かされる。

楽市の手をのぞき込む二匹の姿は、完全に「少女」の姿をしていた。

もう二匹ではなく、二人だ。

半透明のぶよぶよした、何かじゃない。

人の年齢で言えば、五歳ぐらいだろうか。

その姿は、楽市と同じ銀髪の獣耳で、瞳は金。

尻尾もふさふさで、紛れもない白狐だった。

すっきりした目元の、美人姉妹さんである。

着ているものは、袖なしの黒いワンピース。

下は素足だ。

――成長が、早すぎる。

まず楽市が感じたのは、そこだった。

まだ二ヶ月ほどしか、経っていないはずだ。

楽市はヒノモトと比べて、ここは世界を構成する質が違うと感じる。

大気を吸い込めば、森の匂いがヒノモトより強かった。

草を食(は)めば、苦みと共にこれまで感じたことのない、強い滋味があふれてくる。

降り注ぐ雨をなめれば甘かった。

改めて大変な所へ来たものだと、楽市は思う。

ふたりの姿は、この地に消えた兄や、仲間の存在に強く影響を受けていた。

ならふたりは、新しく生まれた藤見の森の仲間。

そう考えて、良いんじゃないだろうか？

「よーしできたっ」

楽市の弾む声に、ふたりは首を傾げる。

何が出来たのだろうか？

楽市の手にあったものは、草で編まれた小さな籠(かご)だった。

草で作った長い紐(ひも)が取り付けてあり、肩へ掛けられるようになっている。

楽市はそれを斜めがけにし、籠をお腹の前に持ってきた。

「霧乃(きりの)、夕凪(ゆうなぎ)。

ほーらこの前、教えたやつ、まーるくなれる？　

丸くてフワフワしたやつ」

楽市は、ふたりに名前を付けていた。

ふたりはとても似ているけれど、少し違う。

ひとりは肩までの銀髪をお下げにして、前髪が切りそろっている。

もうひとりは、ロングの銀髪をゆるふわお下げにしていた。

髪型の違いがどうして現れるのか、楽市にはよく分からない。

そうなるとしか言えない。

楽市は、前髪が切りそろっている方を「霧乃」。

ゆるふわお下げの方を「夕凪」と名付けた。

名の由来に深い意味はない。

しいて言えば、どちらも楽市が好きな酒の銘柄だった。

楽市の「丸くなれ」と言う指示に、霧乃と夕凪はすなおに従う。

ふたりの形がくにゃりと歪み、ふたつの青白い狐火となった。

「くふふっ」

「うひひっ」

ふたりは形が変わるとき、まだ慣れないので、くすぐったいらしい。

大きさは、子供の握りこぶしぐらいである。

楽市はそれを一つ一つ摘まむと、籠の中へ放り込んだ。

楽市の尻尾が、千切れんばかりに振られている。

「さあっ、いきましょーか！」

楽市が赤子の成長を見守りながら、なにを思い、何を考えていたのか？

それは――あれ？　ひょっとして他にも、白狐として生まれた子が、いるんじゃないの？――というものだった。

この考えは、楽市の心を鷲掴(わしづか)みにする。

ただその子たちが厳密に、白狐と言えるのかは疑わしかった。

異なる世界で生まれたあやかしが、藤見の白狐と言えるのだろうか？

そこで楽市は、頭をぷるぷると振る

「あーまた、余計なこと考えた……」

厳密とか、何とかはどうでもいい。

楽市には霧乃と夕凪が、どうしても白狐に見えるのだから。

楽市は兄と仲間を失い、心にぽっかりと穴が空いていた。

その埋め合わせ。

慰(なぐさ)め。

勝手な思い込みだろうと、何だろうとそれが欲しい。

昼間に気を張っていても、夜がくると兄を想う。

その喪失感に心がかきむしられる。

そんなとき新しく生まれた仲間たちに、囲まれる自分を思い浮かべてみた。

それだけで、どれだけ気持ちが救われたことか。

すぐにでも探しに行きたい。

けれど霧乃と夕凪の形が定まるまでは、決してここを動くわけにはいかなかった。

ふたりの形態定着を、決して狂わせてはいけない。

だからこそ、楽市はこの日が来るのを待ちわびていたのだった。

そして、もうふたり大丈夫。

「んーっ」

楽市は背伸びをして、深呼吸をする。

やっと山を下りられる日がきた。

「あ……」

楽市は、ふとやるべき事を思い出す。

もう久しくしていないので、忘れてしまう所だった。

一旦ふたりを籠から降ろし、森で適当な枝を探す。

「うーん、やっぱり榊(さかき)は、無いよねぇ」

楽市は手頃な枝を取り、穴の所へ戻っていった。

本当は塩や米なども欲しいけれど、仕方がない。

「でも大丈夫、要は伝わればいいから」

楽市は穴のそばに小さな盛り土を作り、その場に立ち姿勢を正した。

霧乃と夕凪が、興味深げにのぞき込む。

「らくーちー？」

「なー？」

「うん、あんたたちも見ときなさい。

藤見の森の白狐として、大切なことなのですよ。

これから、この地の神様に旅の無事をお願いします」

そう言って、楽市は枝を振る。

風の中に、楽市の声が響き始めた。

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