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第1話 転生前夜

日付も変わろうかという深夜。

ひなびた神社の森がざわつきはじめた。


こんな夜更けに、石段を登る人影があるからだ。

影は全部で五つ。

月明りは無く、石段には外灯も無い。


人影の持つライトの光が闇夜に揺れていた。

その手には、それぞれ大型のハンマーが握られている。

解体用のハンマーだ。

 

胸まで届く長い柄の先に、武骨な鉄塊が付いていた。

それを引きずって登るので、石段へ当たるたびにギンという音が響く。


最初に気づいた白い狐が、耳をそばだて(いぶか)しむ。

狐は白狐(びゃっこ)と呼ばれる、鎮守の森に住む「あやかし」だった。

白狐は森に寝そべる他の仲間たちへ、知らせ回った。

めいめいに眠る狐たちが起き上がり、仲間が2匹いないことに気づく。


長篠(ながしの)楽市(らくいち)はどうした?」

「分からん、どこにもおらぬ」


五人の侵入者は鳥居をくぐると、迷わずに四方へ散った。

神社には分散して、幾つもの狐の石像が(まつ)られている。


それは過去、信心深き者たちが商いの大成を願い、あるいは病を克服した感謝に奉納したものだった。

けれどそれは(はる)か昔のことであり、今はもう長いこと石像を奉納する者はいない。


五人が各々ハンマーを振りかざし、石像を破壊して回る。

大きく弧を描いて遠心力が乗る鉄塊は、たやすく石像を砕いていった。

無駄のない動きに手慣れたものを感じる。

境内に集まった白狐たちは驚き、口々に叫んだ。

 

「何の考えで、このような事をする!」

「やめぬか!」

「貴様ら許さんぞ!」


しかし侵入者たちの耳にその声は届かなかった。

あやかしの白狐が見える者など、信仰心の薄れた今の世には居ないのだった。

人との関わり合いが薄くなると共に、あやかしの力は薄れたのだ。


声は聞こえない。

姿も見えない。

それでは何も居ないのと同じではないか。


白狐が一匹、少女の姿となって石像をかばい懇願(こんがん)する。

はっとするほどの美しい娘だったが、侵入者たちの目には映らない。 

力の衰えた狐は無力だった。


「やめてお願い、桔梗(ききょう)を壊さないで!」

 

その涙声はハンマーの一撃でかき消される。

少女のかばう石像が砕かれると、同時に少女の頭部も消失してしまう。

首の無い体は力なく崩れ落ち、溶けるように消えていった。


狐の石像が少女の本体だったのだ。

白狐たちの恐怖を感じ取り、微睡んでいた森の(せみ)が一斉に鳴き始める。

 

侵入者たちは狐の石像をあらかた破壊し終わり、ある者の受け持ちは残り一つとなった。

額の汗をぬぐいじっと石像をみる。

ある者は思う。


――神の形を模すなど愚かなり。


これを壊せば、次の機会は一年後か二年後か……

ほとぼりが冷めるまで、次の破壊は待たなくてはならないだろう。

簡単に一撃で終わらせるのは、惜しい気がした。


ある者は少し考える。 

そうさな、まずは左の前足。

次に右。

後ろの足を砕いた後は、背骨。

腹ときて、最後に頭を丁寧に砕いてやろう。


ある者はそう決めると、慣れた手つきでハンマーを振り下ろした。



    *

 


狐の長篠(ながしの)は、妹の楽市(らくいち)がとなりに居ないことに気づく。


客もまばらなカウンターで酒をちびちびやっていたら、いつの間にか消えていた。

長篠と楽市はうらぶれた神社を離れて、ガード下の安酒場で、人に取り憑き酒を飲んでいたのだった。


昔と比べて妖力はミジンコ並みに落ちたけれど、まだまだギリギリ、酔いつぶれた者になら取り憑くことができる。

体内に入り込み体を操る。

これはあやかしである白狐の得意技なのだった。


酒好きの兄妹は、こうして前後不覚の酔っぱらいを操って酒を楽しむ。

自分たちを忘れた信仰なき者たちへの仕返しとして、人間の財布を軽くするのがふたりの趣味だった。


楽市の取り憑いたヒゲ面の男は、長篠のとなりに座っている。

けれどその中に妹の気配が無いのだった。

さっきまで端末のゲームを、夢中になって遊んでいたはずである。

ヒゲ面の男は突っ伏して、いびきをかき始めた。

  

「楽市?」

 

妹は別の客に乗り換えたのだろうか?

そう思い店内を見回したとき、とつぜん左腕に衝撃が走る。


音は全くしなかった。

けれど腕を砕かれた感触がはっきりと残る。

長篠は全身がしびれて、椅子から転げ落ちてしまう。


他の客が何事かと振りかえった。

長篠はたまらず、取り憑いていた男の中から這いずり出る。


取り憑かれていた男の腕は無傷だ。

けれど長篠の左肩から先が無くなっていた。

 

「な!?」


一体何が起きたというのか?

焦る気持ちを抑えなければ。

そう長篠が考えたとき、今度は左腕が吹き飛んだ。


その衝撃と痛みに、歯を食いしばる。

長篠は伝わる衝撃から何が起きたのかを悟った。

 

「俺の憑代(よりしろ)を……壊す者が……いる……だと?」

   

続けて襲う右足の激痛で、言葉が詰まる。

 

「ぐうううううううっ」

 

あまりの痛みに倒れ伏し、動くことができない。

しかし眼だけは虚空をにらみ、その瞳に漆黒の憎悪を宿らせる。

 

「おのれ……許さぬ……ぞ……」

 

長篠は頭を砕かれるその瞬間まで、虚空をにらみ続けた。





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