抗う者たち2
「さて……お前たちは、俺たちをどうする?」
ディランの言葉が、静かに響いた。
俺たちの選択を問う言葉だった。
"灰翼"と共に戦うか。
それとも、人間であり続けるために、彼らを拒絶するか。
沈黙が、トンネルの奥深くまで伸びていく。誰もすぐには答えられなかった。
レオンは険しい表情のまま、鋭い視線でディランを睨んでいる。
「……お前たちが"人類最後の戦士"だと言うなら、一つ聞かせろ」
ディランは静かに目を細めた。
「何を知りたい?」
レオンは一歩前に出る。
「……お前たちは、何のために戦っている?」
静寂が落ちた。
それは、レオンが最も知りたかったことだったのかもしれない。俺たちは今、ただ生き延びるために戦っている。でも、"灰翼"たちは違う。
彼らは自ら人間を捨て、異形の力を手に入れた。ならば、そこに何か目的があるはずだった。
ディランは一瞬だけ目を伏せた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……生きるためさ」
レオンは眉をひそめる。
「それだけか?」
ディランはかすかに笑った。
「お前たちと、俺たちの違いは何だと思う?」
「……異形の力を持っていることだろ」
「違う」
ディランは首を振った。
「違うのさ……俺たちとお前たちの一番の違いは、"生きるための手段を選んだかどうか"だ」
その言葉に、レオンは目を細めた。
「……手段を選んだ、だと?」
ディランは俺たちをゆっくりと見渡した。
「お前たちは、"人間のまま"生きようとした。たとえ巨神に滅ぼされるとしても、人間であることを捨てなかった」
俺は、無意識に拳を握りしめた。
「でも、俺たちは違う。俺たちは、人間であり続けることを捨てたんだ」
ディランは淡々と言った。
「人類がこのままでは滅びることは分かっていた。巨神は日に日に進化し、俺たちが築く拠点を簡単に踏み潰していく。戦うには力が足りない。だったら――"変わる"しかなかった」
ディランの背に生えた突起が、かすかに蠢いた。
「俺たちは"適応"した。人類が生き残るために、俺たちは巨神の細胞を取り込み、変異した。今、お前たちの目には、俺が"化け物"に見えるだろう?」
誰も言葉を返せなかった。
確かに――俺たちは、彼を"化け物"だと思っていた。
でも、それは違うのかもしれない。
彼らは化け物になりたくてなったわけじゃない。
"生き延びるために"、変わるしかなかっただけだ。
「だがな……」
ディランの声が少し低くなる。
「俺たちが変異した結果、"人間"たちは俺たちを恐れ、拒絶した。俺たちは人類のために戦おうとしたのに、人類は俺たちを"人間ではないもの"と見なした。挙句の果てに、俺たちは"追われる側"になったんだ」
イオが、小さく息をのむ。
彼女にとって、これは他人事ではない話だった。
イオもまた、巨神の細胞を体に宿している。まだ完全に変異していないとはいえ、彼女は"灰翼"になりかけている。
「……カイ」
俺はイオの方を見た。
「私、少しだけ分かるよ……この人たちの気持ち」
イオは小さく笑った。
でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「だって、私も……"いつか拒絶されるんじゃないか"って、ずっと思ってたから」
俺は息を呑んだ。
そう――俺たちは、イオの力を"当たり前"のように受け入れていた。彼女が巨神の力を持っていることも、それを戦いに利用できることも、無意識に"都合よく"解釈していた。
でも、イオ自身は違った。
彼女は、自分が"いつか人間でなくなるかもしれない"ことを、ずっと恐れていたのかもしれない。
俺は言葉を探した。でも、うまく見つからなかった。
そのとき――レオンが静かに口を開いた。
「……お前たちは、これからどうするつもりだ?」
ディランは、ゆっくりと目を細めた。
「俺たちは"研究施設"を目指している」
その言葉に、俺たちは一斉に顔を上げた。
研究施設――それは、巨神が生まれた"始まりの地"。
「……お前たちは、巨神の起源を知っているのか?」
レオンが低く問いかける。
ディランは短く頷いた。
「そこに、巨神を生み出した"鍵"がある」
俺の心臓が、どくんと鳴る。
「……それが分かれば、俺たちは巨神に勝てるのか?」
ディランはわずかに笑った。
「さあな……だが、"答え"はそこにあるはずだ」
俺たちは顔を見合わせた。
そして、ゆっくりと覚悟を決めた。
俺たちの戦いは――ここからが本番だ。
人間であり続けるのか、それとも"変わる"のか。
俺たちは、その答えを見つけなければならない。
それが、生き延びるために必要な"選択"なのだから。
「俺たちは、研究施設を目指している」
ディランの言葉が、トンネルの静寂に響いた。
俺たちは言葉を失い、互いに顔を見合わせた。
研究施設――。
それは、人類が崩壊する前、巨神の存在が確認される以前からあった場所。もしそこに"答え"があるなら、俺たちはそれを見つけなければならない。だが、"灰翼"と共に行くべきなのか?
イオは俯き、レオンは腕を組んだまま黙り込んでいる。
「……研究施設が、どこにあるか知っているのか?」
沈黙を破ったのはレオンだった。
ディランはゆっくりと頷く。
「北の荒野を抜けた先、"第三区域"と呼ばれていた場所だ」
「第三区域……」
レオンが眉をひそめる。
「そこは……十年以上前に封鎖されたはずだ。戦争の影響で、都市機能が停止したって記録がある」
「そうだな。だが、施設自体はまだ残っている」
ディランの言葉に、俺たちは息を呑んだ。
「……お前たち"灰翼"は、そこに何を求めている?」
レオンの問いに、ディランは静かに目を閉じた。
「"救済"だ」
「救済?」
「俺たちが"化け物"にならずに済む方法……それが、そこにあるかもしれない」
イオがわずかに肩を震わせた。
「……つまり、あなたたちも"元に戻れる可能性"を探しているってこと?」
ディランは微笑んだ。
「俺たちは、巨神の細胞を取り込み、変異した。だが、それは"完全に不可逆なもの"だとは限らない」
俺はイオの横顔を盗み見た。
彼女は、拳を握りしめていた。
「……行くべきだ」
イオが言った。
レオンが彼女を見た。
「イオ……」
「私……"灰翼"になりかけている。このままじゃ、私は……」
イオの声は震えていた。
彼女はずっと恐れていたのだ。
自分が、完全に"人間"でなくなることを。
「……可能性があるなら、私はそれに賭けたい」
俺は息を呑む。
"可能性"。
それは、あまりにも頼りない希望だった。でも、今の俺たちはそれにすがるしかない。
レオンはしばらく黙った後、深く息を吐いた。
「……カイ、お前はどう思う?」
レオンの問いに、俺は一瞬だけ迷った。
だが、すぐに答えた。
「行くべきだ」
俺の言葉に、レオンはわずかに目を細めた。
「そうか……なら、決まりだ」
彼はディランに向き直る。
「俺たちも、お前たちと行く」
ディランは、それを聞いて何かを考えているようだったが、やがて微かに笑った。
「……賢明な判断だ」
そうして、俺たちは"灰翼"と共に旅立つことになった。
新たな戦いの始まりだった――。
トンネルを抜けた先に広がるのは、荒野だった。
夜が明け、東の空がうっすらと白み始めている。
だが、陽が昇ったところで、世界の荒廃が変わるわけではない。
地面はひび割れ、枯れた大地が果てしなく続いている。かつて街があったであろう場所には、崩れたビルの残骸が転がり、車の骨組みが錆びついていた。
「……最悪の景色だな」
レオンが苦々しく呟く。
ディランは何も言わず、ただ前を見つめていた。
「研究施設まで、どれくらいかかる?」
俺が尋ねると、ディランは静かに答えた。
「ここからなら、徒歩で二日だ」
「二日……」
生存者たちは疲弊していた。
俺たちは四十人ほどの生存者を連れている。その中には負傷者も多い。二日の行軍は、かなり厳しいものになるだろう。
「……食料と水は?」
レオンが尋ねる。
ディランはわずかに考え、答えた。
「施設の近くに、"旧地下都市"がある。そこには、まだ使える物資が残っている可能性がある」
「地下都市?」
「そうだ。戦争の前、人類は地下にもう一つの都市を作っていた。地上の汚染が進んだ場合に備えた"シェルター都市"だ」
俺は目を見開いた。
「そんな場所が……?」
「ほとんどの地下都市は崩壊したが、一部はまだ残っている。そこに生き残りがいる可能性もある」
生き残り――。
俺たち以外にも、この世界でまだ人がいるのか?
それを確かめるためにも、行く価値はあった。
「……分かった。まずはそこを目指そう」
レオンが決断を下す。
そして、俺たちは歩き出した。
終わった世界を、それでも生き延びるために。
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