終焉の大地1
世界が終わって、三年が経った。
かつて都市だった場所は、すでに街と呼べるものではなくなっていた。無数のビルが崩れ、地面はひび割れ、アスファルトの隙間から雑草が生い茂る。車は横倒しになり、錆びついて動かない。信号機は今も首を折ったまま、もう誰もいない交差点を照らし続けている。
空はくすんだ灰色で、かつてのような青さを取り戻すことはなかった。かろうじて燃え残った建物の上に、カラスの群れが止まり、死んだような声で鳴いている。風が吹くたび、砂埃とともに焦げた鉄の匂いが鼻をついた。
ここは「灯火の街」。
俺たち生存者が身を寄せ合う、最後の砦。
かつては数万人が暮らしていた都市の一角。だが、今この場所にいるのは、せいぜい百人ほどの生存者だけだった。
中心にあるのは、巨大な廃ビル。壁には鉄板やコンクリートの塊が無理やり繋ぎ合わされ、巨神の侵入を防ぐためのバリケードが作られている。壊れかけのエレベーターシャフトにはロープが張られ、人々はそれを使って上階へと移動する。ビルの外壁には見張り台が設置され、何人もの武装した警備員が周囲を監視していた。
ビルの下層階は、市場になっている。かつては高級ブティックやカフェが並んでいた場所だが、今では食料や武器を並べる露店が立ち並び、人々が物々交換を行っていた。
缶詰、乾燥肉、貴重な水。手製のナイフ、修理された銃、ボロボロの防具。
「これで最後だ。今度の補給があるまで、あと一週間は待たなきゃならない」
売人が男に向かってぼやく。男は汚れたジャケットを羽織り、疲れた顔をしていた。彼はわずかに残った弾薬を手に取り、無言で頷いた。
「巨神は西の方に出たって噂だ。こっちに来ないといいがな……」
市場の隅では、廃材で作られたテーブルに数人の男たちが集まり、酒を飲んでいた。酒といっても、どこかで見つけた粗悪な蒸留酒だ。鼻をつくアルコール臭が漂い、彼らは虚ろな目をしていた。
「もう終わりだよ、この世界は……」
誰かがぼそりと呟く。
「今さら何を。とっくに終わってる」
俺はそれを聞きながら、静かに通り過ぎた。
この街には、希望なんてものはない。あるのはただ、今日を生き延びるための努力だけだ。
階段を上がり、少し開けた場所に出る。ここは「広場」と呼ばれる場所で、ビルの崩落した一部を補強し、簡易的な集会所として使っている。真ん中にはドラム缶が置かれ、燃料をくべて火を焚いていた。
火のそばでは、十代の少年少女たちが身を寄せ合っていた。彼らはみな、戦士だった。
灯火の街を守るために武器を持ち、パトロールや探索に出る者たち。俺もその一人だった。
「カイ、またぼんやりしてる」
声がして、振り向くとイオがいた。
肩まで伸びた銀髪、琥珀色の瞳。白い肌にはところどころ古傷があり、彼女がこれまでどれほど戦ってきたのかを物語っていた。
「今日のパトロールの時間、覚えてる?」
「ああ」
イオは呆れたようにため息をついた。
「まあいいや、準備して。もうすぐ日没だよ」
俺たちは毎日、街の周囲を巡回する。巨神が近づいていないか、何か異変はないか、それを確認するのが仕事だ。
太陽が地平線の向こうへ沈み、空が紫色に染まり始める。夜が来る。
そして、夜は危険を連れてくる。
俺たちは装備を整え、街を出る準備をした。
その時だった。
遠くで、低くうねるような音が響いた。
俺たちは同時に振り向いた。
音の正体を知っている。何度も聞いたことがある。
それは――巨神の唸り声だった。
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