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第2話

突然弟子入りを迫られたセレンシアト様は、肩をすくめて青年の言葉を無視した。

脳震盪を起こして倒れている強盗に駆け寄っていき、なにやら介抱しているようだ。

自分で倒しておいて、それでもさきほどからお酒の話で盛り上がっていたから、どうしても続きをしたいのだろう。

つれない態度をとるセレンシアト様を、青年は追いかけていって再び膝を着いた。

「本気です。俺を貴方の弟子にして下さい。」

セレンシアト様は振り向きもせず、呑気な笑い声をあげた。

「あはは~。だめだよ、僕なんて今すごく弱いから。」

「いえっ、そんなことないです!」

間髪入れずに答えた青年の大きすぎる声に、両替所の中が静まり返った。

さきほどまで人質にされていた、私たち以外の数人の声も動きもぴたりとやんだのだ。

そりゃそうよね。

二人は今強盗をやっつけたヒーローだし、ただでさえ注目が集まっているって言うのに、たった今起こした活劇なんてなかったかのように二人の世界に入っちゃってるんだから。

しかも二人とも180cmを越す大男。

いやでも目を引く。

まずいなぁ。

私はせっかくセレンシアト様と2人で旅をしてるんだから、余計な道連れができるのはいやだった。

「弱いなどと・・・・・・、そんなはずはない!相当の使い手とお見受けします!」

断ってくださいよね、セレンシアト様。

セレンシアト様は結構ぼんやりしてるって言うか、何も考えていないって言うか、ノリで行動するところがある。

青年の顔は真剣そのもので、どこをとっても冗談の破片も見えない。 

このまま押し流されてセレンシアト様が弟子を取ったりしないことを、私は本気で祈った。

「何がそんなに気に入ったのか知らないけど、だめなもんはだめ。」

セレンシアト様は 空気を読まないタイプの人でよかった・・・!

青年の真剣な眼差しなど軽く無視してしまえるセレンシアト様が好きです。

ええ、大好きですとも!

「そんな!」

弾かれたように顔をあげた青年が興奮気味に語りだした。

「さっき俺の剣撃を受け止めた体捌き、ただ者ではありませんでした。」

あー。確かにコップで剣撃を受け止めるのは、ただの人間のすることじゃないかも・・・。

もとは金属製のコップだったかもしれない何かは、今そこに倒れている脳震盪強盗さんの後頭部に深々と刺さっている。

ちょっと、これ死んでませんかセレンシアト様?

「たまたまだよー。」

セレンシアト様は視線も向けずに青年に応じる。応じるって言うか、受け流してる。

それでも青年は頑張って弟子入りしたいと繰り返した。

熱心なことだけど、この青年は既に充分強いと思う。

なにか更に強くなりたい理由でもあるのかしら?

しばらく青年の口上とセレンシアト様の受け流すユルイ声が交互に聞こえていたいけど、そのうちに青年が言った、次の一言で形勢が変わった。

「こいつを仕留めた投石ですら、何か神々しい力が纏ってました。」

「えっ」

私は思わず声をあげてしまった。

この青年は普通の人間よね?

私ですら目では追えなかったのに・・・。

「へぇー。あれが見えたんだ~。」

相変わらず視線も合わせないけど、セレンシアト様も感心してるみたい。

とぼけた笑顔の狭間に、にやりと悪そうな笑みを浮かべたセレンシアト様の横顔。

一瞬だけ、魔王の片鱗を覗かせた気がした。

「・・・・・よかろう、ついてまいれ。」

なんてセレンシアト様は言わなかったけど。

「いいよ、じゃあ宿に戻って荷物をまとめてくるから、次の街まで付き合ってよ。」

セレンシアト様がそう言って手を差し出すと、青年は目を輝かせた。

青年はその手をとり、恭しく口づけて忠誠を誓った。

私は溜め息をつくしかなかった。







宿屋に戻った私たち。

荷物をまとめるなんて言っても、着いたばかりで荷を開けてもいなかったから簡単なものだ。

「キル~キル~」

「はいはい、なんですか。セレンシアト様のお荷物でしたら私が持ってますよ。」

二人旅に邪魔者が増えることが決まって、私は少し不機嫌に答えた。

「あ、ありがとー。ねぇ、それ持って窓から行ける?」

「はっ?」

「キルが無理なら、僕が持つけど。」

セレンシアト様の言うことが飲み込めなくて、私はきょとんとした顔をしてしまった。

それを見たセレンシアト様が吹き出す。

そ、そんなに変な顔だったかな。

「だってさ、弟子なんて面倒じゃん。逃げようよ。」

そう言ってにっこり笑うセレンシアト様に、私の胸は喜びに満ちた。

「はい!逃げます!」

もちろんセレンシアト様が私との二人旅を願ってくれたなんてことはなく、本当に弟子をとるのが面倒だと思っているだけなんだろうけど。

わたしには充分だった。

「じゃ、行こー。」

セレンシアト様の背を追っていそいそと窓に向かおうとして、それから腕にかかる重みを思い出した。

「あ、あの、セレンシアト様。でも、両替がまだ・・・・・」

もともとこの街には両替に寄っただけだった。

と言うのは、我が国ウォルデスタートの通貨はこの街でしか両替できないからだ。

ウォルデスタートの通貨は基本的に、人間世界のどこへ行っても両替できない。

忌み嫌われている魔族の通貨など持っているだけで忌避の対象となるから、両替以前に所持することもままならない。

ただし、この街はイルディオの中でもウォルデスタートに隣接している地域だ。

正確には山を一つ越えた隣だけれど、土地が近いと言うことで、共通の産出物があった。

山の中で取れる天然の輝石だ。

これはときに人間世界でも通貨として使われるし、もちろん両替の対象にもなる。

ウォルデスタートで大量に買い入れておいた輝石をこの街で売り、イルディオの通貨を手に入れる予定だったのだが・・・・・。

「他にも両替所あるんじゃない?」

「わかりません。あるとは思いますけど。」

「じゃあ、とりあえず逃げてさ。明日こっそりまた来ようよ。」

「でも、両替しないと今夜の宿も食事も手に入りませんよ?」

「ふっふっふ。」

セレンシアト様は得意げな顔をして、懐から布の袋を取り出した。

「あ!」

それが財布だと気付いた私は、開いた口が塞がらなかった。

倒れ伏した強盗さんを介抱しているように見せて、そんなことしてたんですね。

「ま、あんまり入ってなかったけどね。」

「そりゃそうですよ。お金持ちは強盗する必要ないですもん。」

「あ、そっか~。」

私はとりあえずの財源の確保に安心して、セレンシアト様はたぶん小銭を拾ったことを自慢することができて、二人で顔を見合わせて笑った。


そのとき、部屋の扉がノックされた。

ドア越しにさっきの青年の声が聞こえる。

「荷造り、手伝いましょーか?」

「あと少しで終わるから、そこで待ってて~」

セレンシアト様は何のためらいもなく答えて、窓際に立って私を手招いた。



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