飴玉、一つ。
今更だけどハロウィンのお話。
放課後の教室で、椅子に座って本を読んでいると、なんだかいつもより周りが賑やかなような気がした。
「茅野〜、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
背後から聞こえた声に振り向くと、クラスメイトの哀川が、雑な仮装で立っていた。
「なにそれ、オバケ?」
そういうことか、と納得しながら、読んでいた本を閉じた。冷めた声で私は言う。
「そ、そうだよ、オバケだよっ! ほら、早くお菓子!」
「はいはい。……もうちょっとクオリティー高くできなかったの?」
軽く文句を言いながら、私はポケットの中に入っていた飴玉を哀川に手渡した。
「余計なこと言うなよっ、これで限界だったんだよ……! 飴、ありがとな。茅野には、お菓子くれたから、イタズラはしないでおいてやるよ」
「……ちなみに、イタズラって何するつもりだったの?」
私は純粋な好奇心からそう聞いてみた。
「えっ、ええーと……なんか……アレだよ」
「何も考えてなかったんだ」
私は呆れたように肩を竦める。
「お、俺はお菓子が欲しいだけで、イタズラしたいとは思ってないからな……!」
「そうなの?」
「そうだよ! ……ところで、茅野は仮装とかしないのか?」
「私はそういうのノリあんまり好きじゃないし。似合わないから、しないよ」
「なんで似合わないって決めつけるんだよ! 猫耳とか、魔女っことか……茅野に似合いそうなの、色々あるだろ」
哀川に言われて、私がそういう格好をしているところを想像してみたが、おあいにく、私には似合うとは思えなかった。
「めんどくさいから、いいよ、そういうの」
「……俺は、茅野が仮装してるとこ、見たいんだけどな」
「え?」
「な、なんでもない!」
「なんでもないってことはないでしょ」
「いや、本当に、なんでもないから……!」
「哀川がそこまで言うなら、耳を付けるくらいはしてあげてもいいよ」
私はそこまで気乗りしなかったが、なんとなく興が乗ってそんなことを言ってみた。哀川が戸惑う様子を見るのが楽しかった、というのもある。
「本当にいいのか……?」
そう言って、哀川はどこからともなく猫耳カチューシャを取り出した。
「どこから出したの?!」
「え、いや、このオバケの仮装の下に……」
「……なんで持ってたの?」
「いや、その、……茅野に付けてもらいたくて……」
頬を赤らめながら言う哀川の様子から、哀川の気持ちが漏れ出ているように感じた。
「そっか、まあいいや。付けるから、ちょーだい」
「あ、うん」
哀川に猫耳カチューシャを手渡されて、私はそれを頭に装着してみる。自分では、どうなっているのかよくわからない。
「哀川から見て、どうかな?」
「あ、か、かわいいよ、茅野に似合ってるよ、やっぱり……」
「そっか。ならいいや。これ、貰ってもいい?」
「え? あ、あぁ、茅野が欲しいなら、いいよ。俺は使わないし」
「ありがと、哀川。案外ちょっと、気に入ったかも、これ」
私はそう言って、頭の上の猫耳を指でなぞった。
「茅野がそう言ってくれて、よかったよ。じゃ、じゃあ、俺は、他のやつからもお菓子を貰いに行くから……」
「そう? ふーん……。せっかく猫耳を付けたんだし、私もそれ参加していい?」
「え? ええーと……いいよ、いいけど、耳を付けただけで仮装なのかな?」
「哀川のオバケの方が雑だよ」
「そんな言い方はないだろ、茅野」
「事実だし」
「ま、いいや。じゃあ、一緒に回るか。まずは教室に残ってるクラスメイトな。あとは学校の中に残ってる帰宅部のやつらとか、狙っていこう」
「はいはい。じゃあどんどん行こう〜」
私はそう言って椅子から立ち上がった。哀川と二人で、たくさんお菓子を貰った。みんな快くお菓子をくれる人ばかりだった。
「けっこう集まったねぇ」
哀川がお菓子を入れているカゴを見ながら、私は言う。
「そうだな。……ぼちぼち、これくらいにしとくか?」
「えー、せっかくのハロウィン、とことんやろうよ。職員室とか行ってみない?」
「職員室はさすがによくないだろ……」
「そうかなぁ」
「……茅野は、そんなにお菓子が欲しいのか?」
「んー? いや、ハロウィンの雰囲気を楽しみたいだけ」
「そうなのか……。じゃあ、まあ、もうちょっと範囲を広げて声かけてみるか」
「そうしよー!」
私は言って、ズンズンと前に進んでいった。
しばらく色んな人に声をかけて、お菓子を貰って楽しんだ。ただ、イタズラを選ぶ人は一人もいなかった。みんな喜んでお菓子を与えてくれる。
「……ねぇ、イタズラ、してなくない?」
「……茅野は、イタズラしたいのか?」
「だってハロウィンって、イタズラかお菓子か、選ぶんでしょ? イタズラを選ぶ人がいてもいいじゃん」
「イタズラされたい人なんていないからな。みんなお菓子をくれるに決まってる」
「決まってたらつまんないじゃん!」
「茅野だってイタズラされるのは嫌だろ?」
「ん? んんー。イタズラの程度によるかな? おもしろければオッケーって思っちゃうかも」
「おもしろいイタズラって、どんなだよ?」
「どんなだろうねー?」
「わかんないなら、イタズラしたいとか言うなよ」
「そっかー、そうだねー……。まあ、でも、けっこう楽しめたかなぁ、ハロウィン」
「茅野が楽しめたなら、よかったよ」
「哀川が猫耳をくれたおかげだよー、ありがとね」
「どういたしまして。……ところで、この集まったお菓子、俺と茅野で分けるでいいんだよな?」
「あぁ、そうだね。分けよ分けよー。……私、入れる物を持ってないや。カバンを取りに、一旦ちょっと教室に戻ろうか?」
「あ、ああ、そうだな」
そうして、二人で教室に戻ると、教室の中はまだ賑わっていた。私は自分のカバンを取って、哀川が持っていたカゴの中から、お菓子をざっくりと手で持てるだけ持って分けていった。
「雑に取りすぎるなよー」
「わかってるよ、哀川の分はちゃんと残しておくって」
そう言って、私は、これくらいかなと、目分量でざっくり判断して、哀川にカゴを返した。猫耳ももういいか、と思って、猫耳カチューシャは外した。
「……茅野は、もう帰るのか?」
「あぁ、そうだね、そろそろ帰った方がいい時間かも」
「じゃあ、また明日な、茅野」
「ん、また明日」
哀川に手を振って、他のクラスメイトにも、挨拶をして手を振って回ってから、私は教室を出た。
帰り道、カバンの中から、飴玉を一粒、取り出した。誰に貰ったものなのかも覚えていないそれを見ながら、今日は楽しかったなと、思い出す。
また、こんなくだらない遊びができたらいいな、なんて思いながら。私は帰り道を歩いていく。
〈了〉
なんかテキトーに短文を書きたい気持ちだった。




