最終章
気が付くと、僕は病院のベッドで天井をながめていた。長い間、夢を見ていたみたいだった。ただ頭の中は、比較的すっきりとしていた。これまでの記憶も、すべて残っていた。しずくとの想い出。そして彼女が、最後に残した言葉も。
しばらく時間がたつと、桂と新崎という、例の刑事達が、僕の病室へとやってきた。僕は彼らの聞き込みに対し、ありのままを話したが、自分でもこんな話を、信じてもらえるとは思えなかった。
「ねえ、桂さん、僕はまるで、頭がおかしくなった人みたいに見えますかね。」
「いや、信じますよ。個人的な感想ですが、あなたの話は辻褄があっている。捜査上の重要な証言として、記録させて頂きます。」
桂という刑事は、誠実そうに見えた。その横顔は、地に足をつけて生きる、職業人の表情をしていた。
僕はちっぽけで、寂しい病室の窓を見ながら、つぶやくように言った。
「彼女は、もう、消えてしまった。」
「それは、どうでしょうね。」
僕はその言葉に少し驚いて、彼の方を振り向いた。桂は、何かを考え込むような表情で話し始めた。
「いや、これは私が、いつも考えていることなんですがね。人はいつも、誰かと関わりながら生きています。それは親子であったり、夫婦であったり、友人、知人――あるいは街で、ただすれ違うだけの他人かもしれませんが。とにかく、まったく誰にも関与しない人生は、存在しない。逆に言えば、誰かとの関わりがある限り、人はそこに存在している。つまり、『生きている』と言えます。」
桂は僕の目を見て、優しく励ますように続けた。
「もしも、あなたが、彼女のことを忘れずに、覚えているならば。」
次の瞬間、窓の外を小さな光が、さっと、横切った。
僕は無意識に、その光を目で追いかけた。
「彼女は――あなたの心の中で、生きているのではないですかね。」
そうかもしれない、と僕は思った。
さっき、窓の外を横切った光。
――あれは、きっと、ネオンテトラだろうな。
僕は、そんなことを考えていた。
(おわり)