桂正範 その4
「それで、そのコンピュータウイルスは、消えたと考えてよいのですか!」
会場に集まった報道陣から、鋭く質問が飛んだ。
「はい、そのプログラムは不思議なことに、自己破壊するような挙動をとって、破損し、不活性化したとのことです。」
桂は、慣れない記者会見の席上で、マイクを持ちながら、慎重に言葉を選んだ。
「これは、本件を担当する技官のログ分析によるものですが、、、特定のユーザーがアクセスした後に、プログラムが『自らの意志でそれを望んだかのように』、内部から崩壊しているようです。」
「それって、ウイルスが自殺したってことですか? 単なるウイルスが?」
報道記者の一人が、少し冗談めかして質問した。
桂は、まじめな顔を崩さずに答えた。
「今のところ、明確な答えは出ていません。とにかく、前例のない話ですので、詳細については技術担当の方で分析を進めています。」
「被害者の状況について、もう一度教えてもらえますか。」
「プライバシーの観点もあるので、公開できる部分と、できない部分がありますが、、、数人いた被害者は、ウイルスとの接触を断って長期間休んだ結果、意識レベルが回復してきているとの報告を受けています。またこれは、ウイルス消滅と関連があるか不明ですが、記憶が少しずつ、よみがえってきているものが多いとのことです。おそらくは、ウイルスによって阻害されていた脳機能が、回復しているのでしょう。」
「すいません、私の方で質問が三つあるのですが、、、」
ニュース性のある内容だけに、会場には多くの記者が押しかけていた。いつ終わるともしれない質問を、一つ一つ丁寧にさばきながら、桂は、ちらと腕時計に目をやった。
今日は、早く家に帰って、子供をお風呂に入れるという任務を果たせそうもない。後で妻に、メールを入れておかないといけないな、と桂は思った。