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4.上田先生は○○がお好き

 

 

「生活指導室に女子生徒連れ込んで、一体何してるんですか上田先生っ!」

「あはは、遠藤か。先生、恥ずかしいところを見られちゃったなぁ……でも、覗きなんて犯罪だぞ? そうそう、あの女子生徒が先生に振られたことは黙っててくれよ? 相手が誰でも、振られるというのは切ないものだからな」


 そう言って、上田先生は眉尻をへにゃりと下げた。

 幼女好きを公言したことについては何ら恥じ入るところは無いようだ。しかし、頭から湯気を噴き出す勢いのこはるは、上田先生に便所スリッパを突き付け、


「よっ、幼女好きなんてっ、考えているだけで犯罪ですっ!」

「思っただけで駄目なんて、遠藤は潔癖症だなぁ。人の心の中だけは、どこまでも自由であるべきだと先生は思うぞ。そんな頑なでは、ボーイフレンドもできな……あ、これはセクハラだな、すまんすまん、あっはっはっ!」


 謎の屈辱感にうち震え始めたこはるをよそに、


「なぁ、秋山。先生の判断自体は、おおむね正しいんじゃないの?」

「そうだな、生徒指導室で未来ある女子中学生を淫行から救ったんだからな、どんな形であれ。上田先生自身の将来も救ったよな。女子中学生と付きあってんのバレたら、さすがに懲戒免職だろ? 下手したら書類送検とか?」


 生活指導室の隅で囁き合う二人の男を、緑の便所スリッパは見逃さなかった。パンパパンッと腹いせのように叩かれ、二人は頭を抱えて蹲うずくまった。


 ちなみに上田先生は風紀委員会の担当教師なので、風紀委員の根城であるこの部屋で()()()()()()()()()()()()()自体は理に叶っている。

 小春は肩を怒らせ声を荒げながら、


「あーっ、どいつもこいつも幼女幼女って、頭おかしいんじゃないのっ!?」

「遠藤よ、勘違いするな。俺は女は三十過ぎてから派、だから」

「俺もノーマルだから、こはる」


 秋山と俺が浮気の言い訳みたいに弁明すると、こはるは秋山を得体のしれないモノを見る眼差しでスルーしてから、俺の方をチラ見してそっぽを向いた。


「……ノーマルだって言っても、別に私のこと口説いたりするわけじゃないし」

「おおっ、見たまえ石井君、長谷川さんがホースで水を撒いているぞっ!」

「ホントだっ、先生っ、これは行ってお手伝いしなければっ!」


 窓から校庭を見下ろしていた幼女好き師弟が喚き出したかと思いきや、そのまま生活指導室から飛び出して行った。なにやら、ドサクサに紛れてすごいことを言われたような気がすると思っていると、秋山は俺の肩をポンと叩いてから、引き戸を閉めて大人しく出ていってしまった。何故だ。どうして俺をひとりにする。


 騒がしい奴らが消え、こはると二人だけの進路指導室は奇妙なほど静かだった。


 沈黙に耐えられない俺は、幼女好き共の真似をして窓下の光景を見下ろす。

 あの師弟が言った通り、水道の蛇口から繋いだホースをずるずると引っ張っている、ちんまい長谷川さんの小柄な後ろ姿が見えた。こはるも隣にやって来て、俺と同じように黙ってその様子を見始める。

 ほどなくして、あの師弟が慌ただしく校庭に姿を現した。


 親指の力が足りないのだろう、長谷川さんはホースの先を十分押し潰すことができずにジタジタと水を垂らしてしまっている。そんな長谷川さんから、いいです俺達がやりますからと幼女好き師弟はホースを奪わんと取り囲む。


 けれど、長谷川さんにも矜持があるようで、仕事だから大丈夫ですー放っておいてくださいーと間延びした声を上げ、三人はホースを巡って揉み合った。


「あっ」


 こはるが思わず、小さな声を上げた。

 予測通りというかお約束というか、奪い合ってあらぬ方向に向かったホースの先からから溢れ出る水を、三人ともモロにかぶってしまったのだ。

 野郎二人はともかく、トレードマークの袖付きエプロンもびしょ濡れの長谷川さんはまるで、雨降る裏路地、ダンボール箱の隅で震えている子犬みたいに見えた。


 極めてノーマルな俺からみても実に愛らしく、男共が鼻血を噴くのも分からなくはない、なんて一瞬だけ思ってしまう。

 赤い首輪に付いた鈴が、震えに合わせてちりちり鳴る音まで聞こえるような気がして、俺は頭を振って不埒な幻聴を振り払った。


 すぐに、用務主事の井上さんが凶悪な植木バサミを握ったまま駆け付けてきた。

 部下である長谷川さんに着替えてくるよう指示し、頭をペコペコ下げている幼女好き師弟になんらかの苦言を呈しているようだ。内容は分からない。


「あーあ。人の仕事を奪っちゃならねぇって、誰か言ってなかったっけ?」


 思わず口に出してしまったが、見ればこはるも笑っていた。二人して顔を見合わせ、緊張が緩む。ひとしきり笑い終ったあとで、こはるがようやく口を開いた。


「うーんと、武君、あんまり元気がない気がして」

「そ、そうか? 別に普通じゃね? あいつらと毎日、面白おかしくやってるよ」

「んー。前に比べて、口数とかだいぶ減った気がするっていうか……」


 それは大丈夫だ、俺は心の中では超絶お喋りな男だから。

 けれど、俺の心の声など聞こえるはずもないこはるの整った顔には、なぜか途方に暮れたような色が浮かんでいて、


「ちまりちゃん、元気にしてるかな…………あ、ごめんっ」


 一瞬、俺は言葉に詰まった。なぜここで妹の名前が出てくるのだろうか。

 俺はことさら、なんでもないような顔をして、


「や、別に謝らなくても。ちまりなら元気でやってるんじゃないかな、最近は連絡もろくにしてないけどさ。あっちの方が、経済的にも恵まれてるだろうし」


 しかしこはるは何度もごめんなさいと繰り返し、窓ガラスにゴンゴンとぶつけた。それが予想外に大きな音がしたので、俺は慌ててこはるの肩を引き戻す。


「おいおい、頭突きで窓ガラスを破る気かよ? どんな風紀委員だよ」


 こはるは子供の頃から責任感が強いせいか、いささか自罰的なところがあるのだ。幼馴染みのよしみで、気持ちが落ち着くまで背でも擦るか。いや、でもそれってセクハラ? そう悩み始めたところで、良いのか悪いのか五時間目の予鈴が鳴った。まさにおジャン、なんとしたことか、落語落ちである。

  

 


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