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2.長谷川さんの正体に迫る!?

本日2度目の投稿です。前回お読みになられてない方は、そちらを先にお読み下さいませ。

 

 

     * * *



「――思うに、長谷川さんの正体は猫だと思うんだ!」

「へー、なんでまた?」


 自分の席に座って一時間目の国語の準備をしていた俺は、テッシュを鼻の穴に突っ込んだまま握りこぶしで力説する坊主頭に、まったく気のない相槌を打った。


 朝のホームルーム開始五分前、二年一組の教室である。クラス替えからはやひと月、ようやく落ち着いてきた雰囲気も来月のゴールデンウィーク明けにはまた、最初の騒々しさに戻ってしまうだろう。そんなつかの間の穏やかさだ。


「だって赤い首輪に銀の鈴って、いかにもそれっぽいじゃん」

「それは単に、パンクロックとかビジュアル系の趣味とかそういうのなんじゃ?」


 もちろん石井に他人の話を聞く耳などあるわけもなく、


「んで、井上のじーさんに飼われていた老猫かなんかでさ、じーさんの仕事が大変そうだからって人間に化けて、草毟ったり水撒いたりして手伝ってるんだよ!」

「……わざわざ、幼女の姿になって、か?」

「そうそう、それが重要なポイントなのだよ、大内君」


 与太話はいいから、はよ自分の席に戻れ。

 ってか、その目的だったらむしろ働き盛りの青年とか、あるいは妙齢の美女とかに化けるんじゃねと突っ込んでやろうとしたところ、


「長谷川さんってむしろ、子犬ちゃんじゃね?」 


 そう言って俺の後ろの席に座った背の高い男は、石井と同じで小学校から腐れ縁の秋山だった。この甘い顔の男は、いつもギリギリで教室に入ってくるのだ。ちなみに俺達三人並べると、チビの坊主とのっぽの優男の間に中背の俺、となる。


「おはよう、秋山……って、指摘はそこかよ」

「ああー、猫よりも犬か。言われてみればそうだなー」


 腕を組んだ石井が、さも納得したように頷いている。

 いや、だから問題はそこじゃねぇだろ。長谷川さんはたとえ見た目がああでも、れっきとした成人女性のはずで……たぶん? 俺は頭をこてりと傾けた。


「俺はさっぱり興味ないけどなー。おめーらいちいち騒ぎ過ぎなんだよ、長谷川さん、長谷川さんってさー。あんなちんまいだけの女のどこがいいってんだ?」


 そうばっさり切り捨て、秋山は大げさに肩を竦めて見せる。


「やっぱ女は三十超えてからだろ、常識的に考えて」


 石井がロリ好きなら、秋山は年増好きの男子中学生であった。人の性癖にケチを付ける気はないが、石井と一緒にされたとあっては末代までの恥だ。俺は慌てて、


「おっ、おめーらってなんだよ、俺は石井と違って、べっ、別になんとも」

「人の性癖にケチ付けなさんな。秋山君だって、おばさん好きの癖に」

「石井よ、世の中には『おばさん』などというイキモノはいない」

 

 どんな女性にも名前があり、それを十把一絡げでおばさんなどと呼ぶお前は何様だと、秋山は蕩々と語り出す。石井は塩っぱい顔で眉を顰めている。

 そして二人はロリ好き年増好きと罵り合い、不毛な争いを発展させていった。


 勝手にやってくれ、俺は関係ないとばかりに他人の素振りで前に向き直る。


 そのタイミングでチャイムが鳴り、前の引き戸から勢いよく入ってきたのは出席簿を抱えた担任の上田だ。二十代後半、ジャージよりスーツを好む国語教師である。黙って立てば体育教師のような逞しいガタイに、女子生徒らをときめかせた爽やかなマスクだが、それもこの間までの儚い命だった。


 その証拠に、おはようと言ってぐるりとクラスを見廻す上田先生の鼻には、かの坊主頭と同じく白い物体が二本突き刺さっている。


「おっ、石井よ、お前もかっ」

「先生もですかっ! いやー、今日の長谷川さんも素敵でしたよねー」


 親指を立てた二人は歯をキラリとさせて笑み交わし、それ以外のクラス一同は見て見ぬ振りを決め込んだ。




 遡ること半月前、年度初の始業式でのことだ。


 体育館で女子生徒が三人ばかり倒れた校長の長話のあと、赴任してきた教師達の紹介が行われた。その時に、かの長谷川さんが壇上へと姿を現したのである。

 どの教師が学校に子供を連れてきたのかと噂する生徒達の戸惑いをよそに、長谷川さんは殺人的に似合う白のワンピース姿でぴょこんと頭を下げた。


「ええっと、非常勤嘱託職員として用務員のお仕事をさせて頂きます、長谷川樹里と申します! 若輩者ですが一生懸命頑張りますので宜しくお願い致します!」


 緊張に頬を染めた長谷川さんがおずおずと顔を上げた時、数十人の野太いどよめきと女子生徒達の甲高い悲鳴が体育館に響き渡った。そのタイミングで新担任の上田と腐れ縁の石井が、ほぼ同時に鼻血を噴いてぶっ倒れたのである。

 血の海になるほど流血したわけではないが、体育館にできた血の海に浮かぶ教師と生徒という、新たなる新学校の七不思議が出来上がった瞬間だった。

 俺はそんなものに立ち会いたくはなかった。


 その時の俺はティッシュを探してポケットを引っ掻き回していたが、なぜか意識だけは壇上で不思議そうに小首を傾げている長谷川さんから引き剥がせない。


 初めて見たはずの長谷川さんに、説明不能な既視感(デジャビュ)を覚えてしまったのだ。


 だが、何度でも言わせて貰うが、俺個人は極めてノーマルである。

 幼女とか年増とか妹だとか、そんな属性に興味は無い。好きになった相手が、きっと自分の好みになるのだろう。それに、別のクラスとはいえお約束の幼馴染みだってちゃんといるのだ。もちろん、そんな関係ではまったく無かったが。


 そんなことをつらつらと考えていた俺が気付いた時には、鼻血教師と鼻血坊主が互いに歩み寄っていた。それに呼応するかのように、鼻にテッシュを詰めた貧血で青白い顔をした野郎共がひとり、またひとりとふらふら立ちあがる。

 さながらゾンビの総決起集会の様相を呈してきた。誰か早く止めて、マジで。


「「「我々の血がどれだけ流されようとっ!」」」

「「「長谷川さんの愛らしさは不滅ですっ!」」」


 そう雄叫びを上げ、がっしと互いの腕を交差させた。後ろから秋山の舌打ちが聞こえる。教え子が教え子なら師も師、ここは幼女好きの巣窟(そうくつ)だったらしい。

 

 

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