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見栄っ張りスパイは今日も空回る

作者: 雨足怜

「……この任務は君にしか頼めないんだよ」

 上司の言葉に、優越感が心を満たす。

 ああ、その通りだ。僕は優れたスパイだ。あらゆる潜入、侵入をこなす、組織一の実力者。

 禿を「剃ってるんだ」と繰り返すしか能のない上司だけれど、今日はその曇り切った目を取り出してきれいに洗浄したらしい。

「よろしく頼むよ、レイン」

 コードネーム・レイン。

 僕の新たな任務は、こうして始まった。


「……それで、受験なぁ?」

「ああ、この学校を調べてほしいんだよ。ついでに、試験の解答もよろしく」

 長身、禿面の男――この組織には禿しかいないのだろうかと思ったけれど、僕はふさふさ。

 だが、目の前のこいつは、上司とは違って実力のある禿だ。

 禿だけど。

「照星学園……って調べるまでもないだろ」

「知ってるの?」

「いや、お前が知らねぇのが不思議なくらいだよ」

 カタカタとキーボードがリズムを刻む。プロンプトに記入されたコードが実行され、そして、多数のページが開かれる。

「……いつも思うけれど、無駄に凝ってるよね」

「無駄じゃねぇよ。俺の格好良さがわかるだろ!?」

「はいはい。で、内容は?」

「……照星学園。小中一貫校で、全国トップクラス。受験問題は……無理だ。過去問さえ出回ってない。情報もすべて削除の上、漏洩した者は裁判沙汰になってやがる」

「……小中一貫校?」

「おう。ってお前まさか、依頼の具体的な内容も聞かずに請け負ったのか?」

「だって、僕しかできないっていうからさ」

 本当、たまには上司もいいことを言うよね。組織トップの成績を出しているのに、普段は全く評価しないんだから。都合がいいともいえるけれど――

「相変わらずお前って便利に扱われてるな」

「何か言った?」

「いんや。お前の指令なら俺のところに話が来てるぞ。小学受験とはなかなか大変だな」

「高校受験か大学受験でなく?」

「小学受験だ」

「…………いやいや。中学受験だよね?」

「現実から目を背けるのをやめろよ。……お前は、うちの組織一の童顔子ども体系だろうが」

「あのクソ上司がッ」

「俺はお前の上司じゃ――ゲプェラ!?」

 イライラする禿を叩き潰して、食いつくようにパソコンをにらむ。

 表示された情報を食い入るように見ても、小中一貫校の文字は揺らがない。

「いや、まだだ。まだ僕は依頼をちゃんと自分の耳で聞いていない!」

 震える手で上司に秘匿回線で連絡する。このごついスマホにもずいぶん慣れたものだと耳に宛てて。

「小学校受験、がんばれよ」

「くそったれ!」

 コール音一回、ご丁寧に合成音で聞こえてきた声の相手に罵声を浴びせて叩き切る。

 くそ、耳元で叫びすぎたせいで上司が学習しやがった。

「……小学校受験なんて、僕じゃなくても行けるだろ!」

「お前以外の誰が小学生に変装できるんだ――」

「黙ってろ」

 ああ、また汚物を生産してしまった。

「……僕は、小さくなんてないんだ。僕は大人の男だ」

 たとえ慎重が百センチでも。誰もが僕を童顔だ、子どもだといっても。

 僕は立派な大人なんだよ。


 ……落ち着け、落ち着け。

「小学受験?そんなの息を吸うように合格できて当たり前だろ」

 何せ僕は【ピー】歳なんだから、っておい。

「うるさいよ禿!」

「黙ってろ。ボスの命令じゃなけりゃ誰がお前に協力するかよ」

「協力って、僕の思考を邪魔するのが協力!?へぇ、僕は協力って日本語の意味を間違えて覚えていたよ。つまりこれが協力なんだよね?」

 電子音を鳴らして僕の熟考を妨げるプログラム禿を成敗して、改めて考える。

 僕は大人だ。小学受験なんて余裕で通過して当たり前。

「……だとしたら、早く依頼の詳細を聞かないとね。僕にしかできないってことは、相当の難題なんでしょ?」

「いや、だからお前の――」

「ああ゛ん?」

「……いや、やっぱ何でもねぇわ」

「よし。それじゃあ情報収集を頼むよ。僕は別の依頼を終わらせてくるから」

 全く。複数の難易度の高い依頼を同時並行で進めさせるなんて鬼上司だよね。

 まあ大丈夫。とりあえず受験の方はどうにでもなるし――


 ……待って、何この問題。

 間違い探しって試験問題なの!?っていうか見つからない。誰だよこんな巧妙に間違いを隠したのは!?

 あ、制限時間が待って。まだ一つも――

 は?三十秒で絵を覚えろ?

 はいはい。格子模様の中におもちゃが――え、三十秒って意外と早、じゃない。

 スーパーシューターとスマプラはどこにあったか?いや、スーパーシューターって何?スマプラ?どれ?

 ああ、記憶が薄れてく。待って、まずはシューターでしょ?シュートをするようなや――

 画面が切り替わる。

 画面が移り変わり、そのたびに内容に翻弄されて。

 試験が終わるころには、僕は真っ白に燃えて尽きていた。


 大丈夫。大丈夫だって。

 僕は大人なんだよ?それに後半でコツをつかんで、そこからは全問正解のはず。頭の中で余計なノリツッコミをしていたのが前半のミスの原因だよね。だから大丈夫――

「……なぁ、どうして俺はここにいるんだよ?」

「父母役でしょ」

「めっちゃ遠巻きにされてるぞ」

「僕だってお前みたいな禿が父親だと思われるのは不快だよ。大体僕の方が【ピ―――】何するんだよ!?」

「黙ってろ。ほら、発表されるぞ。番号は?」

 僕たちに向いていた視線も、現れた教員たちが持つ張り紙へと移る。

「1021番」

「素数かよ」

「は?」

「……お、ネットの方が先に発表されてやがる」

 スマホを開いていた禿が告げたのと同時に、前方でどよめきが広がる。

 張り出された掲示を前に、悲喜こもごものドラマがあって。

 僕は余裕で、自分の番号のあたりを見て。

 1016、1019、1022……

「……は?」

 待って。1021は?どこへ行ったのさ。まさかこの僕が――

「落ちたな」

「嘘だろ!?」

「現実を見ろよ。……小学受験に失敗しましたって、お前が報告しろよ」

 音が、視界が消える。

 僕が、落ちた?小学受験に?この、最高のスパイ、レインが?

 待て、待つんだ。僕は最高の男だ。組織で最も優れた男だ。

 この僕が、「保育園児や幼稚園児に負けました」だぁ?そんな報告できるわけないだろ!

「おい禿。」

「だから俺は禿じゃなくて――」

「サイトを弄れ。今すぐに」

「んな無茶な――」

 これ以上泣き言を聞いている余裕はない。

 僕は任務達成のために動かないといけない。

 親子の波を潜り抜け、前へ。

 ポケットに入れていたペンを取り出す。

 いざというときのためのキットの一つ。あらゆるインクを取り込み、そのインクを元のように使うことのできる、特殊な薬液のついたペン。

 禿研究者から高く買ったこれをこんなしょうもない偽造で使うのは惜しいけれど、背に腹は代えられない。

 高速で列の前に滑り出す。誰も、僕にはついてこられない。僕には気づかない。

 ペンでざっと1022の最後の一文字を消し、1に上書きする。

「……っし!」

 違和感なく文字をかけた。

 全力で後退して、僕は波にまぎれて、禿のもとに帰還する。

「……どう?」

「やってやったよ。ただ、高くつくからな」

「それはあきらめるよ……ちゃんとあるね」

 ネットの結果報告の一覧。そこには確かに1021の番号がある。

「これで学校側の不手際だ。あとは、ぬか喜びさせやがってと言いふらすと脅せば入学できるでしょ」

「……ひっでぇやつだな。それに、目を付けられるぞ」

「この僕が?」

「ああ、お前はただの小学生にしか――グボッ!?」

 一言多いんだよ。だから君はしばかれるんだ。

 どうと倒れ伏した禿を捨て置き、僕はその場を後にする。


「……次の君の任務だけど、とある大物政治家の養子になってもらうから」

「……養子?」

「そう、君にしか頼めないことなんだ」

「やっと僕の実力を評価したか、この禿が」

「……寛大に許してやるよ。ただ、任務に失敗したときは、わかっているだろうな?」

 当たり前だろ。僕を誰だと思っているんだ。

 最高のスパイ、レインだぞ?

 組織トップ、そして世界トップの実力の僕にで着ないことなんて無いんだよ――







「またいい様に使われてやがるのかよ、あの見た目も頭もガキのレインは」

 ぼそりと、禿はつぶやいた。

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