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ゼロワールド  作者: kaito
四章 悪逆の兄妹編
41/43

兄と妹

 牙悪から感じる悪の魔力、その禍々しさに恐れを感じてしまう。平然を装うとも、心臓の高鳴りは止まることが無い。

 しかし、ここにいるのは自分一人ではない。共に平和を取り戻すと誓った仲間、イゼがいる。彼女に何度も危機を救われ、今ここにいるのだ。だから…


「俺とイゼはテメェに殺されたりしねぇよ…俺達はテメェを殺して、この旅を終わらせる。共に生きて、平和を取り戻すに決まってんだろうが!」


 紅い輝きを放つ龍刀を創り出し、牙悪に刃を向けると、ゼロは宣言する。

 ファングは獅子の牙の如く鋭い剣を構え、獲物を狩る獅子の眼でゼロとイゼに対し視線を向ける。


「─ッ!」


 瞬きすらする間も無い一瞬。剣はゼロの心臓を貫こうとする瞬間まで迫っていた。イゼですら肉眼で視認ができなかった速さであり、ファングはゼロの反撃の間もなく、この死闘に決着を─


「─俺を簡単に殺せると思うなよ。牙悪ッ!」


 剣がゼロを貫くよりも先に、龍の腕は剣を強く握り止める。ゼロは思考するよりも先に、身体が本能的に生きるための行動を行っていた。龍と獅子はお互いに睨み合う。お互いに、目の前の相手に対する殺意を抱きながら。


「退け。」

「退いたらテメェに…反撃カウンター叩き込めねぇだろうが。」


 龍の脚に激を放てるほどの魔力を溜め込み、牙悪に回し蹴りを叩き込もうとするゼロに対し、牙悪は剣から手を離す。そして、魔力の込められた拳をゼロの回し蹴りを相殺するかのように放つ。

 龍の脚と牙悪の拳が衝突すると同時に、お互いの激が放たれる。激と激の衝突により、強烈な魔力衝撃波のぶつかり合いが発生。周辺の瓦礫の地面は更に砕かれていき、イゼも魔力衝撃波により体勢を崩す。直ぐ様立ち上がろうとするが、魔力衝撃波の圧に押さえつけられているのか膝を上げることすらできない。イゼは、自身の身体が地面と強く同化した岩になったかのように感じていた。


「っ…!加勢したいのに…!身体が上がらない…!」


 ゼロが少しずつ牙悪の拳を押し返していくと同時に、龍の脚に激の追撃を準備するかのように魔力が再度溜められていく。

 牙悪はその事に気づいていた。だが、恐れることは無い。むしろ好機とすら考えていた。余裕の表情を浮かべ、あの言葉を口にする。


【ワープ】


「えっ…」

「ッ…!」


 牙悪がいた場所には、立ち上がる寸前のイゼの姿。

 ゼロが次に目にするのは己の龍の脚により吹き飛ばされたイゼの顔面…仲間殺しを行い、その真実に絶望し、精神を破壊した上で殺す。これが、この死闘の結末。

 だが、ゼロとイゼが素直にその結末へと進むかは別の話だ。


「はいっ…!」

「…何?」

「ワープって言い出した時から身構えてたのよ!」


 想定外の誤算だ。しかしあの速度を立ち上がる寸前の状態から瞬時にしゃがんで避けるのは身構えていても不可能に近い。相当な経験を積んでないと間違いなく直撃する。あの女…ゼロ以上の脅威の可能性があるな。


 ゼロとイゼは体勢を立て直すと、牙悪を睨むように見つめ、身構える。


「すまない…あと一瞬でも遅れていれば、俺は大切な仲間のイゼのこと……」

「無事だったからOKOK〜!それに故意じゃないのはわかってるもん!それより、牙悪を倒すことに集中よ!」

「あぁ…わかった。」


 ゼロは故意では無いにしろ、イゼに攻撃する寸前だったことを深く謝罪しており、イゼはそれに対して怒りの一つすら表には出さなかった。


 いいや、怒りなんて無いのだろう。仮にも自身の命を奪う寸前だった相手を前に、そこまで寛大にいられるのは理由は何だ?

 不快だ。他者の良好な関係を目の前で見せつけられる行為がここまで不快に思えたことは初めてだろう。それに加えコイツらは妹を殺した者達…生きているという現実だけで反吐が出る。


「……俺の妹は、平穏と幸せを得たかっただけだ。妹の望むように弱者の命を奪いながら、生き続けただけだ。お前にとっても弱者の命などどうでもいい価値でしか無いと思えるはずだろう?己が大切に想う存在が幸せでいればそれでいいと思うだろう?何故弱者のために俺達を探った?何故弱者のために死の間際になるまで戦おうとする?お前達は強者側のはずだ!弱者を救うのは何故だ!?そこまでして弱者を助ける理由は!?弱者の進む道を自由に決めれるほどの力を持ち、俺たちのように弱者の命を奪っても許される強者となり生きる資格すらあるお前達が、何故わざわざ強者に敵対する道を選んだ!?答えろゼロ!」


 牙悪の怒りと疑念を吐き出すような問いに対し、ゼロは怒りと同時に呆れを抱いていた。そして、問いに対し自身の回答を突きつける。


「……強者だけではこの世界は生きていけない。お前が価値の無いと考える弱者は、強者には成し得ない力を秘めている者もいる。強者には強者にしか成し得ないことを、弱者には弱者にしか成し得ないことを、互いの欠点を補い合い生きることで、今のこの世界が存在する。この世界がお前の言うように弱肉強食で生きるしかない世界だとするなら、今頃お前達兄妹は、既に死んでいるか生きてすらいないだろうよ。仮に強者として生きれたとしても、いずれ狩られる弱者側に回るだけだ。いいや…むしろ根本から間違っている。この世界に強者も弱者もいない。誰もがこの世界で平穏に、そして幸せに生きるための欠けてはいけない者として存在している。逆に、欠けてはいけない存在を殺すお前達のような存在は…この世界の毒だ。妹は命を奪うことを望んだって言ってたな?最初っからそんな悪逆しか望まないようなヤツだったか?兄ならしっかり覚えているだろ?妹が本当に望むことを!」


 妹の…記憶……本当に妹が望むこと……何故だ。思い出せない。ノイズだけが走り続けている!クソッ!妹が本当に望むのは…!?俺が本当に叶えるべきだった望み…!


「ッ…!わからない…!本当の望み…!いいや、妹が望むことは全て本当に望むことだ…!お前達を殺すことも…妹の望むことだッ!」


 視線に映るはゼロに奪われた剣。自身の懐から小石を取り出し、一言…口にはせず。


「ッ…!?ワープを口にせず剣と小石を入れ替えたのか!?」

「ゼロ!牙悪の能力はまだ、不完全の状態なのかも!そして今、完全に一歩ずつ近づき始めているわ!」


 イゼの考え通りだ。牙悪の能力は未だ不完全であり、完全になるまでの道中にしか過ぎなかった。

 故に、完全になるまでの制限時間内に殺すか、完全になるまでの制限時間内に死を回避し続けるか。死闘の決着は、短期戦となるか長期戦となるかで決められる。


「なら、完全になる前に…」

「俺は、死を回避し続け…」


 ゼロは龍の拳を構え、牙悪は剣を構えた。そして、死闘の再開を告げるかのように、互いに殺意を込め口にする。


「「お前を殺すッ"!」」


 牙悪は剣をゼロに突きつけるように向け、獲物を狩る獅子の如く急接近する。剣がゼロを貫く寸前、ゼロは龍刀を創り出し、剣を弾き返す。


「クッ…」

「私もいるの忘れないでよ…!」


 剣を弾いた直後、体勢を一瞬崩す牙悪に対しイゼは火の縄で強く拘束を行う。火の縄は獲物を逃さない蛇のように牙悪の身体を締めつけ、ゼロはその隙を生じて龍の拳を放つ。


「ッ…ワー─」

「させるわけねぇだろ…!」


 ワープを口にするよりも速く、ゼロの龍の拳は激を牙悪に叩き込む。魂に龍の魔力が衝撃波となり直接響いていき、今まで感じたこともない激痛が牙悪の全身を襲う。


「ガッ…!?痛みなど…!」


 だが、牙悪は魂にまで響くこの痛みを一瞬のうちに慣れさせ、反撃を行うかのように瓦礫の地面を強く脚で踏みにじる。周辺の瓦礫の地面は一斉に崩れ始め、ゼロとイゼを囲うように大量の瓦礫の破片が舞う。


「破片…まさか!?」

「ゼロ!早く追撃を─」


【ワープ】


 その一言と同時に、イゼと全ての瓦礫の破片、そして牙悪が転移。ゼロのみが転移に除外され、ゼロの周りの全てが位置を入れ替えるという状況を発生させる。

 だが、牙悪の転移は一度では終わらず、瓦礫の破片が地に落ちるよりも先に位置を入れ替えることにより、イゼ、牙悪、全ての瓦礫の破片が転移による位置の入れ替えを連続で発生させる。


「ッ!?」

「何これ…!視界がどんどん変わって気持ち悪い…!」


 瞬きの一瞬で3回の位置入れ替えが可能なほどの速度で発生する連続の転移。牙悪はこれにより、イゼを下手に行動できない状態にさせ、ゼロに奇襲を仕掛けるには万全の状況を創り出す。


「牙悪の転移が…進化してやがる…!」


 いつ何処から来るんだ!?牙悪の姿を見つけ出そうとも、即座に転移する影響で意味がない…!いつどの瞬間、俺に攻撃が可能な距離まで転移してくる…!?


「………」

「……グッ!?」


 背後から左肩を一瞬貫いた…!?まさか、俺の側まで転移する前に剣で突き刺す寸前までの動作を行うことで、あの連続転移の速さを中断させること無く持続させたのか…!?一瞬の反撃の隙も与えねぇつもりか…!


 ゼロを囲む瓦礫の破片の渦から、牙悪の声が聞こえてくる。剣でゼロを貫いた今、獅子はようやく牙を向けることが可能となったのだ。


「牙、噛め。」


 幻影の獅子は瓦礫の破片の渦を通り抜け、ゼロの左肩に牙を突き立て噛み締める。獅子の500kgは越える咬合力の噛み締めと同時に獅子の巨体が伸し掛かる。ゼロは今、増し続ける左肩の痛みと200kgを越える獅子の重さをその一身に受けていた。


「ッ"…!?あの時の攻撃か…?体重も掛けてきやがって…グッ"!?」


 前回よりはマシな場所を噛み締められてるが…それでもこの状態じゃ、追撃を避けるなんて到底不可能だ…!牙悪が仕掛けてくるタイミングを知ることさえできれば、反撃の余地はある…だが、いくら周囲を警戒しても気配すら感じさせず奇襲を仕掛けてくる…クソッ…噛み締められる痛み、この巨体の体重、見てるだけで気分が悪くなる全方位連続転移…脳が混乱してきたぞ…


「ゼロォ〜!目を瞑って!瞑想ッ〜!」


 何処からかイゼが俺に助言する。助言の内容に、俺は疑問を持つことはなかった。窮地の状況にあったからヤケクソになったのでは無い。俺は、イゼを仲間として信頼している。だからこの助言を信じる選択をした。それが、反撃の兆しになると。


 目を瞑り、心を無に。辺りの雑音も、身体の痛みも、全て意識する必要は無い。本当に感じ取るべきモノを探り出せ。


「………」


 目を瞑り、視界を闇に染め、心を無にすることでゼロは一瞬一瞬が数秒以上長く感じていた。同時に、そのような状況下になることで、ゼロは真に感じ取るべきモノを探り出すまでに至っていた。


 右斜め上の方角から牙悪の悪の魔力…左の方角からは微力ながら牙悪の悪の魔力も感じる。

 右斜め上の方角から感じた悪の魔力と左の方角から感じた微力な悪の魔力が消えた…次は左の方角に悪の魔力…そして右下からは微力な悪の魔力を感じる。

 悪の魔力が微力な悪の魔力を感じた先に移動している…右下…左上…左下…右…まさか、牙悪の転移先を示唆しているのか?あの数の瓦礫の破片とイゼの転移による位置入れ替え先をあの一瞬のうちに決めるのは不可能に近い。だが、自身の転移先を決められるとしたら?そして、自身の転移による位置入れ替えの対象を決める場合、魔力を微力ながら対象に与え、自身も魔力を出さなければならない必要があるとするならば…


「……反撃の時だ。牙悪」


 龍の腕に自身の魔力を溜め、構えの体勢を取る。そして再度、微力な悪の魔力と牙悪の悪の魔力を感じ取ることだけに意識する。


 左上50m先に牙悪、右30m先は微力な悪の魔力…牙悪が右30m先まで転移。

 左下23m先に微力な悪の魔力…牙悪が左下23m先に転移。

 左13m先に微力な悪の魔力…牙悪が左13m先に転移。


 正面1m先、微力な悪の魔力─


「─ここだッ"!」


 牙悪が転移するよりも先に、微力な悪の魔力の感じる真正面に向かって龍の拳を叩き込む。その結果─


「─グハッ"!?」


 牙悪が転移した直後、身体の中心部に激を叩き込まれる。魔力衝撃波による全身に流れ込む激痛に耐えることは可能だ。だが、魂は明確に激による負荷が掛かっていた。直接魂を攻撃する激を2回叩き込まれたことにより、魂は弱体し具現化する。進化する転移の能力の打開策を打たれた牙悪は、七大悪となり初めての焦りを感じていた。

 無限に続く転移の渦は、反撃の一撃により終わりを迎える。それと同時に、ゼロを噛み締めていた獅子の幻影も消え去っていく。


「……左肩が軽くなったな。今の一撃で、牙の能力を強制解除されたか。」

「うぅっ…やっと解放されたよぉ…」


 牙悪は剣を杖のように握りながら、静かに立ち上がる。ゼロは左肩が幻影の獅子の噛み締めによる影響か動かず、左腕を垂らしたまま竜の腕(右腕)を構え、イゼは軽い目眩を感じながらも体勢を整える。


「…まだだ…転移を更に成長させろ…俺は─」


 再度、地面を強く踏み潰し瓦礫の破片を周囲に散らす…が、二度も同じ危機を与えるほど二人は油断をしていなかった。


「二度も連続転移をされて…たまるもんですかぁ!」


 イゼがゼロを側まで引き寄せると、牙悪がワープを口にするよりも先に、イゼの炎が周辺に放たれる。牙悪は高く跳躍し、イゼの炎を避けるが、瓦礫の破片は全て焼き溶かされ、転移先を失ってしまう。


「クソ…余計な足掻きを─」


 牙悪は龍の魔力を自身の真上から感じ取り、天を見上げる。龍のような眼差しを向け、紅きイゼの炎を纏いし龍刀を振りかざすゼロの姿。牙悪には転移という逃げ道が絶たれている。彼は…ゼロを迎え討つしか道は無かった。


「ッ…!」


 ゼロは左腕の傷口を再生し切れず不完全の状態だ。片腕状態の振りかざしならば、弾き返せばいいだけだ。そして、最後は俺の剣がゼロの心臓を…貫く。


 剣を構え、ゼロの龍刀を弾き返すには十分すぎるほどの魔力を身体に掛け巡らせる。


「………」


 魔力を一点に集中させろ。この刃は、己の魂だと思え。そしてこの刃が、この悪を断ち斬ると…確信させろ。


「……龍刀【激】」


 振り下ろされた龍刀は、牙悪の剣と交わると同時に激を発生させる。紅く燃える龍刀から放たれる魔力衝撃波は、牙悪の剣を砕く。そして、龍刀は激を放ったまま、牙悪の魂を断ち斬った。


「……なに?」


 武器に激を放たされる。本来激とは、全力を越えた全力を解放した者の身体でしか放つことはできない。身体とは別の個として存在する武器に、自身の激を放たせるのは不可能だ。ならゼロは何故武器を通じて激を放ったのか?武器と一つと成ったからだ。自身の武器を己自身とし、自身の魔力を注ぎ込むことにより、武器は己自身となり、激を放つことを可能とさせたのだ。


「………」

「終わりだ。牙悪」


 身体が塵となっていき、時期に死を迎えることを理解するが、死に対する恐れはなかった。あるのは一つの後悔のみ。妹の望む未来を与えられなかった兄としての…


「ただ、妹の幸を願っただけだ…それなのに、何故こんな末路を迎えたのか。望みは全て叶えてきた。強者としての戦い方も教えた。それなのに…それなのに…何故、死の道に進んだのだろうか。」


 ゼロは重い足取りで近づき、牙悪の前で立ち止まる。そして、憐れむような眼差しを向けると、牙悪の後悔の問いに対しての自身の答えを伝え始める。


「望みをただ叶えるだけで、その望みが本当に妹の為になるのかを考えてこなかった。お前は兄として、妹が本当に望むモノを忘れ、ただバカ正直に今目の前の妹にしか目を向けてなかった。それが、未来の妹のためになるなんてことを考えずに。お前は過去と未来から目を背け、今という時の中に逃げ続けた。だから、お前達兄妹は死の道を進んだ。」


 牙悪は表情を一つも変えなかった。そして、後悔を抱きながら、忘れ続けていた妹の本当の望みを、最期の時まで思い出そうと思考を巡らせていた。


「………俺は………妹の本当の望みを………」


 牙悪は、最期まで妹の本当の望みを思い出すことも無く、身体が塵となり消え去っていく。

 ゼロは消え去っていく牙悪を憐れむように眺めながら、独り言を呟いた。


「あの世で妹と平穏に暮らせ…生きていた時とは、もっと別の方法でな。」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 辺りを見渡すと、暗闇だけが視界にあった。俺は死に、あの世という場所まで来たのだろうか?魂を斬られた悪種族は、あの世にすら行けないと聞いた。じゃあ何故?俺は何故あの世に来た?


「………もう、そのようなこともどうでもいい。」


 妹は死に、俺も死んだ。この暗闇の空間に一人取り残されたのは、俺に対する罰なのかもしれない。妹を兄として、正しき道に導くことのできなかった故の。ならばもう、思考を働かせるのはやめよう。これが俺の罰ならば、俺はこの終わることのない孤独を…一人背負い続けていくのだろう。




 ─おに………─ちゃ………─ひ…………


「……妹の声」


 立ち上がり、再度辺りを見渡す。そして、どの方角から聴こえてきたのかを必死に探る。


「おい…!何処だ…!?何処なんだ…!」


 ─おにい………─ちゃん………─ひとり………─こわい………


「ッ…!そっちの方角か…?そっちにいるんだな…!」


 無我夢中に声のする方角に走っていると…たった一人の家族が、涙を流し座り込んでいた。悪種族として生きる前の、人としての姿の妹が。


「グレカムお兄ちゃん…一人は怖いよ…一緒にいたいよ…」


 その名を聴いて、少年は思い出す。妹が本当に…望んでいたことを。


「─アン。俺はここだ。」


 グレカムはアンを優しく、包み込むように抱きしめる。そして同時に、グレカム自身も人として生きていた頃の姿に戻っていく。


「お兄ちゃん…?お兄ちゃんなの…?」

「あぁ…俺はお兄ちゃんで、お前のたった一人の家族だ。そして……お前は俺の愛するたった一人の家族だ。アン」

「……お兄ちゃん、ごめんなさい。」


 アンは涙を流し、グレカムに対し何度も何度も謝罪をし始める。


「私がいっぱいワガママ言って……私が何度もお兄ちゃんの足を引っ張って……本当は人として生きて、お兄ちゃんにずっと愛してもらえればそれで良かったのに………!」


 そうだ…アンはずっと愛してくれることを望んでいた。なのに俺は…悪種族として生きていくうちに、ただ妹の望みを…いいや、悪種族としての本能に苦しみ、本来の妹の望みではない悪種族としての望みだけを叶えさせてきた。


 そしてその道に進ませたのも…俺だ。


「俺の責任だ…俺があの日、お前が初めて誰かを殺したあの日に、悪種族として生きる道に進ませたのが始まりだった。俺は兄としてしてはいけない決断をした…アンが幸せになれない道を…進ませてしまった。」


 後悔は強まるばかりだった。兄として、アンが人として生きる道を見つけ出すべきだったのだ。そうすれば、今よりもアンは幸せに生きていた。こんな想いをさせずに、いつまでも幸せに─


「いいの…お兄ちゃん。私はお兄ちゃんとずっと側にいれて幸せだった。それとね、お兄ちゃんが全部悪いっていうのは間違いだよ。私達は悪種族として、悪逆の兄妹として生きてきた…私の罪は、お兄ちゃんのせいじゃない、私自身の罪だよ。だから…全部背負い込まないで?」


 ……アンは、俺の妹だ。兄としては、妹が苦しむことを望まない。だが、アンは罪を共に背負いたいと言った。それは、俺達が兄妹だから…いや、悪逆の兄妹だからだ。過去に俺がアンに伝えた言葉を思い出す。『一人で何かを成そうと思うな。俺達二人で成すことが大事なのだ』一人で成すのではなく、二人で成すことが大事なのなら、罪も二人で背負うべきなのだろう。俺達は、悪逆の兄妹なのだから。


「わかった……共に罪を背負ってくれ…アン」

「うん…でも、私は辛くないよ。だって、お兄ちゃんがずっと側にいるから。」


 暗闇だけが広がる空間で、兄と妹は永遠の時を過ごすことになるだろう。だが、兄妹は決して、その罰を苦しいとは思わない。たった一人の愛する家族が、側にいるのだから。


「愛しているよ…お兄ちゃん。」

「俺も、アンをいつまでも…愛している。」

ゼロワル豆知識


ゼロが兄妹の平穏を望んだ理由、牙悪の魂が具現化した際に人間としての魂も感じ取ったことにより、元は平穏を望む人間だったことを理解したから。

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