平和を望んだ少年
零世界…この世界の者達は、争いを起こさず共存し合い、困難を切り抜け、あらゆる国を発展し、何千年間平和な日々を過ごしていた。
零世界の者達は平和な日々をいつまでも過ごせればいい。ただそれだけを考えて生きてきた。
平和な時が終わるのは一瞬だった。
ある日、世界の各地に時空の裂け目のような黒いゲートが誕生した。
ゲートからは零世界には存在しない一つの種族が現れた。
種族達は言った。「――我々は悪種族。ここを第二の悪世界とする。」
零世界の者達は反抗をした。だが、何千年間平和な時を過ごし、争いというモノを知らない零世界の者達には勝ち目なんてものは無かった。
悪種族による一方的な虐殺が毎日のように続き、次第に零世界の者達は悪種族に服従するようになった。
平和を望んだ者達は、悪種族にいつ殺されてしまうかわからない絶望を歩むのだった。
零世界は悪種族が全てを支配する新たな世界へと変わりつつあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ…はぁ…」
油断した…死角からこんな重い一撃喰らうなんて…今の私じゃただ逃げる事しかできないじゃない…
紅い長髪、紅い瞳の女性が重傷を負った横腹を手で抑え血を流しながら洞窟を何者かから逃げるように走り彷徨っていた。
暫く走っていると洞窟の最奥であろう場所の天井から光が差し照らす花畑のような場所に辿り着く。
「花畑…壁で囲まれてるし行き止まりかしら…このままじゃアイツに…」
予想は的中した。突然鉄塊が背後から勢いよく身体に当たり女性を吹っ飛ばした。
「がぁ…!?」
身体に液状の鉄のようなモノを纏った銀色の短髪、顔半分鉄の男が女性に近づく。
「この俺をわざわざ歩かせやがってよぉ。悪種族の中でも最上位地位の″名のある悪″である俺に大人しくあの場で殺されてりゃ鉄悪をイラつかせることは無かったのによぉ!!」
「アンタみたいなゴミに殺されるなんて…本当油断しすぎたわ…」
殺される立場でありながらも目の前にいる悪種族を貶すように微笑み睨みつけている。
「このクソアマが…今すぐにでも苦しめて殺してやるよ。悪種族を馬鹿にしたテメェみたいな愚か者はじっくり痛みつけて絶望するよう苦しめて殺してやるッッ!」
あーあ…こんなクソ野郎に殺されるのが私の最後なんてさ…できればもう少し普通の死に方したかったわ…本当…最悪の運命…
女性は瞳を閉じる。液状の鉄が鋭い刃物になり女性を貫こうとした瞬間だった。
「……殺されてない?」
女性は瞳をゆっくり開けた。
「このガキ…!?テメェ一体何者なんだ…!?」
紅い眼の少年が紅い刀で鋭い刃物になった鉄を防いでいた。
「紅い刀…?」
女性は少年をただ見つめることしかできなかった。
「俺は…お前達悪種族を殺す者だ。」
紅い刀を鉄悪に向け殺意が込められた眼で睨みつける。
「おい…人間の癖にその眼はなんだ…テメェみたいなクソ種族が悪種族である俺にそんな眼を向けるなぁ!!」
液状の鉄が集合し鉄塊となる。それを少年に向けて確実に殺すよう放った。
だが少年は腕に魔力を纏い向かってくる鉄塊を砕き割る。
「くっ…バカが!」
砕かれた鉄は液状に戻り少年を包み込む。身体を完全に包み込んだ瞬間、鉄塊となり少年を潰すように圧縮する。
「そんな…私を助けようとした結果が…こんな…」
女性は自身の無力さに腹を立て苦虫をかみつぶしたような表情をする。
「ハッハハハハハァ!マヌケなガキを殺したところで次はもう一人のクソアマを…!」
次の瞬間だった。鉄塊は突然紅い炎で焼き溶かされてく。そして紅い炎の中からは鉄塊で潰したはずの少年がいた。
「鉄塊を…焼き溶かした…!?」
女性は驚いた。自身が扱う炎魔術よりも強力な炎をあの少年が扱うなんて。
「なんなんだ…なんなんだお前ェ!!」
少年は魔力で紅い刀を創り出しそれに炎を纏わせ、龍の眼のような眼差しで鉄悪を見る。
「もう二度と蘇らないようにしてやる。俺の龍刀で。」
鉄悪は龍刀で魂ごと身体を斬られ、声を出すこともなく塵となり消えた。
女性は目を光らせ少年を見つめていた。悪種族、それも名のある悪を一人で殺してしまったことに。
「凄い…貴方本当に凄いわ…!こんなに強いなんて…!」
白い外ハネのある短髪、灰色のカットソーに黒のズボンそして黒のロングコートを着た紅い眼の少年は、紅い長髪に紅い瞳、白のボタン付きシャツに黒のミニスカート、そして黒のショートコートを着た女性の大きな声で話しかけられて少し驚いた表情をしてしまう。
「あっ、ごめんね…!突然大きな声で話しかけられて驚いたよね…!」
「別に…大丈夫だ。」
女性は苦笑しながら一つ疑問に思ったことを聞く。
「あはは…そういえば、貴方は偶然この場所で殺される寸前だった私を見つけたの?助けるタイミングがとても完璧だったわ!」
「洞窟に逃げ込むところを目撃したんだ。それに、助けを求める表情をしていたから。」
そっか…私、自然とそんな表情を…
「本当に、助けてくれてありがとね!えーっと…ヒーロー少年くん!」
「俺の名前はゼロだ。」
「ゼロくん!私の名前はイゼ!悪種族に立ち向かうなんて本当にヒーローみたいだったよ!」
ゼロは天井の光が差し照らす花畑を見ながら言った。
「平和を…望んでいるだけだ。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イゼは疑問に思ったことがあった。ゼロは人間なのか?それとも異種族なのか?普通の人間ならばあの状況から脱出なんて無理だろう。さっき戦闘中に刀のことを龍刀と呼んでいた。もしかして零世界最強の種族、龍種族なのでは!?とイゼは考えていた。
「ねぇ!ゼロってもしかして龍種族だったりする?さっき刀のことを龍刀って呼んでたからもしかしてって思って!」
「俺は人間だ。」
「えぇ~!?」
イゼには失礼なとこが一つある。それは良くも悪くも口にすぐ出てしまうところだ。普通の者なら勝手に期待しないでいただきたいと考えてしまうだろう。
「俺は生まれつき、龍の魂が身体に宿っている。」
「えぇぇぇぇ~!?」
今回は普通の者ではなかったらしい。
「龍の魂が宿ってるって、どういう経緯でわかったの?」
「………」
「無視しないでよ~!」
今回は話すのをお預けされてしまったようだ。
「そういえば、身体の方は大丈夫なのか?イゼ」
「心配してくれるなんてやっさし~!さっきはアイツがいたからできなかったけど、さっきさりげなく治癒魔術を使っといたから!あと、ゼロにも治癒魔術使っといたわ!万が一ってこともあるでしょ!」
よく喋る女性だ。けどとても優しい人なのだろうと話しあって感じた。
「優しいんだな。イゼ。」
「助けてもらったんだからこれぐらい当たり前だよ~!」
「ありがとう。俺はそろそろ旅の続きをするよ。」
「旅の続き?」
「…悪種族の最上位地位、名のある悪。ソイツらの中でも選ばれた七人だけがなれる七大悪を殺すため俺は旅をしている。そうすれば、少しは平和を取り戻すための一歩を得られる。」
イゼは話している彼の表情を見て「本気」だということを感じ取った。そして、イゼもある決心をした。
「ねぇ、私もその旅ついて行っていいかしら?」
「おい…死と隣り合わせの旅だぞ?」
「わかってるわよ!ゼロの言う平和を私も一緒に取り戻したくなってきたのよ!」
本当はゼロと一緒にいれば楽しそうだからなんだけどそれは私の秘密♪
「はぁ…死んでも知らないぞ。」
「私、結構強いのよ!」
こうして二人の旅は始まった。
ゼロ「俺達は今から、太陽国サンを目指す。その国の国王が七大悪の一人という噂を耳にしたんだ。」
「どれくらいで着くのかしら?」
「三日間歩き続ける。」
「三日間!?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
言葉の通りだった。山道だろうと崖っぷちの道だろうと焼け野原だろうと歩き続けた。イゼにとって地獄の三日間となった。
「つ、着いた…もう動けなーい!休憩無しで三日間歩き続けるなんて流石に死ぬわよ!?」
太陽国サンの入口門の前で大の字になり倒れている。それもそのはずだ。三日間歩き続けて脚がもうガクガクだった。
「確かに休憩するべきだった。すまなかった。」
ゼロはいつも通りだった。イゼは15歳の少年に体力負けしたのだ。
「ま、まぁ!本当は全然大丈夫よ!た、た、体力もまだいーっぱいあるわ!」
生まれたての子鹿のようとはこのことを言うのだろう。ゼロは金貨が何十枚か入った袋を渡しイゼに言った。
「先に宿で休んでいてくれ。俺の部屋とイゼの部屋の分がこの袋に入ってる。俺はこの国を少し探索する。」
そう言うとゼロは国に入り探索を始めた。
「ちょ、ちょっと!?私の分まで払わなくていいってばぁ~!!」
太陽国サン、ここの国民は見る限り普通に過ごしてる人ばかりだった。国王が七大悪の一人という噂は嘘だったのだろうか。
そんなことを考えていた束の間、王城の付近にある闘技場らしき場所から騒音が聞こえる。剣と剣が交じりあう音だった。
「胸騒ぎがする…」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
闘技場では二人の男が剣を持ち殺し合いをしていた。
「死んでくれよ!俺はまだ生きていたいんだ!」
「悪いが妻と娘を残して死ぬわけにはいかないんだ…許してくれ!」
男は青年に雄叫びを上げながら剣を振るう。
「貴方…!お願い…!生きて帰ってきて…!」
「パパ!勝って!」
「死ぬのはテメェだあああ!!」
男が振り下ろした剣を自身の剣で弾き、体勢を崩した男の心臓を貫く。
「あぁ…そんな…貴方…」
「パパ…嫌だよ…嫌ぁぁぁ!」
観客席から男を必死に応援していた男の妻と男の娘が泣きながら悲鳴を上げる。若き青年は縋るように国王に向かって命乞いをする。
「王…!これで俺は助かるんだよな!?」
闘技場に禍々しい悪の魔力を放つ黒髪で強靱な肉体を持った男と同じく禍々しい悪の魔力を放つ赤いコートで身を包んだ老人が現れる。
「怯えるだけで強さが無い試合だった。虫悪」
「御意。強悪様」
若き青年は次の瞬間、虫悪の赤いコートから現れた大量の羽虫に身体を覆われる。若き青年はあの男に殺されてた方がマシだったと思いながら、肉を少しずつ喰われる痛みに恐怖し泣き叫ぶように悲鳴を上げた。
ゼロは闘技場に着き全てを理解した。心臓を貫かれ死に倒れている男、羽虫に喰い尽くされる原形の無い人。
「さぁ、この七大悪七位の俺を滾らせる者はいないのか?それともこの六位の癖に俺に負け服従したジジイの虫で喰われるか?」
七大悪、今ヤツはそう言った。今あの場にいる二人は七大悪の七位と六位だった。
「俺が滾らせてやるよ。」
「……ようやく滾るヤツが来たか。」
闘技場に決意で満ちた一人の少年が現れる。七大悪の一人にようやく辿り着いたのだ。もう一度、この世界に平和を取り戻すために…少年は死闘へと向かった。
「俺はお前達悪種族を殺し続ける。そして必ず、この世界にもう一度平和を取り戻してやる。絶対にだ!」
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