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第94話 弟

 部屋に差し込む日光で目を覚まして。

 部屋を出ると、鉢合わせたロペラに手を引かれ。

 朝食を作るミーヴと、それを精一杯手伝うフェザにおはようを言って。

 テーブルに置かれた食事をみんなで囲み、食べる。


 日常だ。

 何てことない、平和で幸せな日々。



 神殿に行った日から、1ヶ月経った。

 跪くガズラに対し、俺はどういうことか説明を求めた。


 話によれば、ガズラは遥か昔、ある嫉妬級レヴィアタンと戦ったそうだ。

 両者互角の勝負だったらしく、ついに決着はつかなかった。

 以降、その悪魔は姿をあらわさなかった。



 時が経ち、ガズラはシュゼから魔裏界のことを知った。

 かつて戦った嫉妬級レヴィアタンのことを考え、合点がいった。


 奴は魔裏界にいる。

 魔裏界で力を蓄えているのかもしれない。

 いずれ天世界を討ちに来る。


 ならば倒さなくてはならない。

 天世界で戦えば、大勢の天使が死ぬ。

 魔裏界で戦った方がいい。


 だが魔裏界には憤怒級サタンを超える悪魔も数多くいるだろう。

 戦力は少しでも多い方がいい。

 だが魔裏界のことを公にはしたくない。

 だから俺たちを使いたい。


 そして、俺が人間のハーフであり、天世界側で唯一、魔力が分かること。


 そういうことであった。



 シュゼは素早く快諾した。

 もともと、もう1度行くと宣言していたんだ、仕方ない。

 だとするなら、俺に行かないという選択肢はない。


 天世界に家族を。

 ロペラやフェザ、ミーヴを残すことになる。

 だがいい。


 いずれ天世界全体が危機に晒されるのなら。

 そのとき家族が死ぬかもしれないのなら、俺は先に手を打つ。

 それにだ。

 シュゼだけ行かせて、俺は悠々と暮らしているなんて、俺が許せない。


「......ふーっ」


 そして、天魔界境について。

 天世界の場合、界境が割られると、世界のどこかの鏡が界境と化す。

 外観上は変わらない。

 実力のある者などが、手に持ってみてやっと違和感を覚える程度だ。


 世界にどれだけの鏡があることか。

 店などに置いてるものだけではない。

 海底に沈んだものや、山奥に捨てられたものも含む。


 膨大な数だ。

 これを、ガズラは『神官天使が探す』と言った。


 俺たちの行動範囲はせいぜいこの大陸程度。

 だったら天世界全域を神官天使が探す、だそうだ。


 来たるその日まで、平和な日常を謳歌すること。

 それが仕事だ、と言われた。


「アルタ。メイドの人が、これ持ってきてくれたよ」


 リビングでくつろぎ、膝に乗ったロペラの相手をしていると、ドアを開けてミーヴが入ってきた。

 その後ろには、フェザが隠れるようにして着いていた。

 そして彼女の手には、少し大きめの袋が握られている。


 これもガズラから、というより神殿からの贈り物だ。


 戦力として協力してもらうことになるから、生活に必要な金は出すとのこと。

 毎月、天貨40枚。

 今のように、神殿のメイドが届けにきてくれる。


 天貨40枚だ。

 武闘大会の賞金の2倍だ。

 つまり大金だ。


「ママ、それなぁに?」


「大切なものだよ」


「そうなんだぁ」


 ロペラは口に指を当て、袋を見つめた。

 だが興味を失ったのか、すぐに視線を外す。


 俺の膝からピョイと降り、部屋の外へ向かう。


「お外いく! フェザも一緒にいこっ!」


「待ってよ、お姉ちゃん!」


 フェザは慌てて走り出し、ロペラと同じようにトテトテ走って行った。

 部屋には俺とミーヴだけが残る。


「可愛いよね、2人とも。食べちゃいたい」


「あぁ、ホントだよ。ミーヴ含めて、3人ともね」


「んふふ、ありがとっ。あの子たち見といて。怪我でもしたら呼んでよ」


「はーい」


 俺は立ち上がり、窓の奥で遊ぶ2人を見る。何やら2人して1箇所にかがんでいるようだが。

 まぁとにかく、玄関から外へ出る。

 2人の声が、すぐに耳をついた。


「あ、パパ!」


 ドアを閉じたのと同時、ロペラが振り返った。

 顔を上げるフェザに見向きもせず、俺の方へ走ってくる。


「こっち来て!」


「おっとと」


 グイッと手を引かれ、2人がしゃがんでいたところに連れられる。


「フェザ、パパにも見せてあげようよ」


「えぇ、やだよぅ......秘密って約束でしょ」


「ママにでしょ? パパにはいいのっ!」


「......わかったよ」


 ひと問答の後、俺はロペラが手で合図したので、そのばにしゃがむ。

 そして、フェザが呟いた。


「魂術『水玉現象ウォーターボール』」


 拳より1回り小さいであろう水の玉が現れた。

 俺が言葉を発する間もなく、水球は地面にバシャンと落ちた。


「おい、これって魂術じゃないか......! 使えたのか、フェザ?」


 俺がそう聞くと、フェザではなくロペラが答えた。

 跳ぶように立ち上がり、自慢気に腰に手を当て、胸を張って。


「そうだよっ! フェザは魂術が使えるのっ!」


「ちょっ、大きい声で言わないでよ......ママに聞こえちゃう」


 なんと。

 フェザが魂術を使えるとは驚きだ。

 会話から察するに、ミーヴに内緒で練習していたのか。

 そういえば、フェザが自分の体の半分もありそうな本を持っているのを見たことがあった。


「ママには内緒なのか?」


「......うん」


「いつ頃から練習し始めたんだ?」


「......このまえから」


 フェザは俺と自分の手を交互に見た後、歯切れ悪く返事をした。


 やっぱりそうか。これは良くないな。

 ミーヴに秘密で練習していたのなら、当然彼女はこれを知らない。


 今フェザが使ったのは『水玉現象ウォーターボール』だから良かったものの、これが『火玉現象ファイヤーボール』だったりしたら危ない。


 辞めさせるべきか?


「パパ?」


 いや、違うな。

 3歳で魂術が使えるんだ、それを辞めさせるのはもったいないし、本人にも酷だ。


「フェザ。このことはママに伝える」


「っ......!」


 俺がそう言うと、フェザは絶句してロペラに目をやった。


「ほら! やっぱり言わないほうがよかった!」


 ロペラは屁でもないように、片足をもう片方の足に組んでいる。

 だがフェザは、ぽかぽか殴り始めそうな勢いだ。


「お姉ちゃんのバカ!」


 フェザがロペラに殴りかかろうとした。

 俺はその拳を、背後から優しく止めてやる。

 まぁ所詮は3歳児だ。


 振り向くフェザに対し、俺は首を横に振る。

 そして、手を離す。

 フェザの手は、支えを失ったようにだらんと落ちた。


「殴っちゃダメだぞ」


「......はい」


「よし、いい子だ」


 フェザの体をこっちに向けさせる。何の抵抗もなく、そのままこっちを向いた。


「どうして魂術を勉強していたんだ?」


 フェザはうつ向きながら目を逸らす。


「......ママをびっくりさせたかったから」


「そうかそうか。でもな、魂術は使い方を間違えると危ないんだ。火の魂術なんか使って、火事になったら嫌だろ?」


「......それは嫌」


 フェザはそう言た直後、願うような目で俺を見上げた。


「じゃあ、火じゃなきゃいい?」


 火以外ならか。

 うーん。まぁ大丈夫だろう。


「いいだろう。でも強い魂術は家の中でやっちゃダメだ。それに、人に向けて撃ってもいけない。いいな?」


「はい!」


 フェザは満面の笑みで気持ちのいい返事をした。

 こんな表情、初めて見た。

 とりあえず、少しは父親として認めてくれたかな。


「良かったね! フェザ!」


「お姉ちゃんは違うもん」

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