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第93話 神殿

 神殿に同行、か。

 十中八九、魔裏界に関係することだろうが......


「同行はいいのですが、こんな状態ではとても......」


 俺は腕を拡げてみる。

 体には、ちょうど今日巻き直した包帯があった。


 体調だって快晴じゃない。

 正直、あまり外出できる気がしないし、したくない。


 ガズラは口に手を当て、さも当然のように頷いた。


「それはそうだろう。俺が治す」


「えっ?」


 治す? この怪我の数々を? 今?


 ミーヴいわく、魂術では治せなかったそうなのだが。

 治癒系魂術で最も難しいと言われる『全治現象リカバリア』というものがある。

 ラノンサが使っていたやつだ。


 彼女はそれを習得し、俺の鼓動が止まる度に使用したそうだ。

 だがそれは応急処置にしかならず、意識が戻るには至らなかったとのこと。


 疑問符を浮かべる俺に対し、問答無用でガズラが手を向けた。


「ーーー『全快現象マキシマム』」


 直後、湯に浸かったような感覚が込み上げる。

 視界がグンとハッキリしていく。

 夜だというのに、昼よりも見やすくなったように感じた。


 甘い感覚が引いていったとき、俺の右腕に新しい感覚があった。

 いや、前の感覚に戻ったと言うべきか。


 この先2度と見ないと思っていた右腕が、万全の状態で、完全に復活していた。


 右腕だけじゃない。

 身体全体の調子が良い。

 ずっと残っていたダルさが消え、体が軽くなった。


「てことは......」


 呟きながら包帯を取ってみると、そこには傷ひとつない素肌があった。


「完全に治ってる......」


 しかもダルさだって消えた。


 凄まじい。

 治癒系魂術は、怪我を治すだけで、体力なんかは戻らない。

 かつてミーヴから聞いたし、体験もした。

 これが神官天使の力か。


「俺の独創魂術だ。これで同行願えるな?」


 怪我は治った。

 ならば断る理由はない。


「はい」




 ▶▷▶▷▶▷




 あの後、俺はガズラによって神殿へ連れて行かれた。

 空を飛んで、凄まじく早くビューンといった具合に。


 空を飛ぶ最中、天世界の情勢を聞かされた。

 いわく、天世五魂神が消えたという。


 全ての神が人世界へ発ったたき、人世界へ繋がる水晶を奪われたそうだ。

 つまり現在、天世界には頂点たる天世五魂神がいない。


 神は基本、政治などには関与しないので、そういう点で問題はないのだが。

 やはり神は天使の生みの親、存在自体が尊いのだそう。


 そんな話を聞いていると、神殿に着いた。

 どうやら俺が眠っている3年の間に神殿とは話が付いていたらしく、俺は以前のように冷たい視線を向けられることは無かった。


 3年前、俺とシュゼが天世界へ帰還した時点で、シュゼは神殿に魔裏界のことを話したらしい。

 最初は信じてもらえなかったそうだが、ガズラの進言により、信じてもらえたと。


 とは言っても、シュゼではあまり有用なことは話せなかった。

 だから俺に話を聞こうと、シュゼの案内により、俺の家を訪れた。


 しかし俺は昏睡状態。そのうえかなり不安定で、意識を取り戻させようと手を加えれば逆に死ぬ恐れがあった。


 そんな状態で3年が経ち、俺は今、魔裏界のことを話してきたというわけだ。


 あの日、天魔界鏡を見つけ、シュゼと共に魔裏界へ飛んだこと。

 約500年前に魔裏界へさらわれた者たちがいたこと。

 彼らは死んだこと。


 当たり前のように知性個体を含めた怠惰級ベルフェゴール以上の行為の悪魔がウヨウヨしていること。


 憤怒級サタン2体、嫉妬級レヴィアタン1体をギリギリ討伐したこと。


 時間を掛け、事細かに説明した。


 そして最後にガズラから「......分かった。今日はもう遅い。帰そう」と言われ、行きと同じように送り返された。



 そしてその次の日。

 俺は羽を生やしたシュゼと共に、神殿へ続く遺跡の前に立っていた。

 かつてヌィンダの下で修行していた際、生命神と会うために使っていた場所だ。


 森の木々に囲まれ、柔らかい風が木の葉を揺らす。


 目の前の白い円盤に視線を落とすと、5本の柱が立つ空間が、俺の心臓をキュッと締め上げる。


 つい昨日も神殿に行ったはずだが、やはり緊張する。


「ケガ治してもらえて良かったなっ! アルタ!」


 シュゼが笑いかけながら言った。


「あぁ。もう一生あんなままなのかと思ったよ」


「ロペラもフェザも、親父が死にかけのままなのは嫌だろうしな!」


 3年の間に、シュゼは何度も俺の家を訪れた。

 もちろん、ロペラやフェザとの関わりもあった訳で、今や"シュゼ姉"と呼ばれ親しまれているらしい。


「全くだ」


 と、話していると、円盤が淡く光り始めた。

 光が収まると、背中から白い羽を生やし、羽を生やし、メイド服を着た天使がそこにいた。

 彼女は俺たちに一礼した後、ひと言。


「どうぞ」


 とだけ言った。


 俺もシュゼも、ついさっきまで雑談していたのが嘘のように、遺跡の円盤ーーー神殿の門へ上がる。


 体がスゥーっと消えるような感覚に包まれる。

 次の瞬間、視界は森の木々ではなく、神秘に埋め尽くされた。


 荘厳。純白。壮大。

 日の光に照らされた、広大な庭園が輝きを放つ。


 その奥に建つ、雲のように白く、大きな建造物が神殿だ。

 見上げれば、まさに圧巻だと言える。

 首が痛くなりそうだ。


「何度見てもすげーぜ......」


 そんな声がしたので横を向くと、シュゼもまた神殿を見上げていた。

 口をぽかんと開けながらだ。


 そのままメイドに着いていき、大きな両扉をくぐると、1人の男の姿が見えた。

 短い赤髪の好青年だ。

 体格も良く、顔も整っているが、どことなくあどけなさを感じる。

 そして彼は、ガズラと同じ服を着ていた。

 つまり彼もまた、神官天使である。


 小走りな様子から、急いでいるのだと思ったが、こっちを見た途端、すぐに向かってきた。


「アンタが嫉妬級レヴィアタンを倒したって天使っスか!?」


 まるで英雄でも見るような顔で、俺にズイッと近づいてきた。

 思わず離れようとした俺の手は掴まれていた。


「は、はい。でも奇跡中の奇跡ですよ。それに、神官様が俺に敬語なんて使わないでください」


 俺がそう言うと、彼は首をブンブンと振った。


「謙遜しなくて良いっス。それと敬語は、自分なりの敬意っス!」


 彼は胸を張り、腰に手を当て、親指でドンと心臓を叩いた。

 そのさまに戸惑う俺をよそに、彼はメイドに声をかける。


「あ、あとは自分に任せていいっスよ」


「かしこまりました。ラコール様」


 メイドは深く一礼し、その場を去っていった。




 ▶▷▶▷▶▷




 ラコールに着いていく。

 白い壁に柱が立ち並び、紺色のカーペットが奥まで続く廊下だ。

 この先の部屋に、残りの神官天使がいるらしい。


「そんなキッチリする必要ないっスよ。アルタさんの嫁さん、ミーヴさんっスよね。あの人にも3年の間に何回か会ったっス」


 神妙な面持ちをする俺に対し、ラコールはこっちを振り返り、緊張をほぐすように話し始めた。


「それと、シュゼさんにも。3年でお互いにほどほど関係を深めてるっス。だから親戚みたいな感じで大丈夫っスよ」


 親戚って......天世界の頂点であるものを親戚は無理だろう。


 あ、でも確かにシュゼは緊張はしていなそうだな。

 神殿の凄さに驚いたりはしているものの、歩き方や仕草を見る限り、気圧けおされているようには見えない。


 ミーヴだってそうだ。

 確かに、ガズラが来たときは真剣な表情だったが、冷や汗の類は無かった。


 3年でここまでになったのか。

 でもまぁ、俺は違う。

 その3年間の付き合いは俺には無かったのだから。


「嬉しい提案ですけど、俺は神殿にまだ慣れない身なので、しばらくこの調子でいかせてもらいます」


 この先も関係が続くなら、その間に慣れるだろう。

 しばらく経って、この状況に慣れたら、俺ももう少し気さくに接することができるようになる。


「そっスか? まぁ時間をかけてゆっくり変わっていけばいいっス。ーーーあ、着いたっスよ」


 連れられた場所には、両扉があった。

 相変わらず、白くて大きくて、ここへ来る途中に見た中で1番存在感があった。


 ラコールが扉を開ける。

 合図を受け取り、俺たちも順に入室する。


 中は薄暗かった。

 高い天井にシャンデリアが吊るされており、青白い光が降り注ぐ。

 部屋の中央には白い机があり、椅子が4つあった。


 空席は1つ。

 ラコールが座る分だろう。


 気を引き締めた直後、横目に俺を見ていた男が口を開く。

 金髪に碧眼の、鋭い目つきをした天使。

 俺が最初に知った神官天使、タディスであった。


「曖昧な記憶にもしやと思ったが......お前か」


 彼は眉間にシワを寄せ、不満を表に出した。

 刃物のような視線に、思わず目を逸らしてしまう。


 逸らした先には、アイガスがいた。

 淡い金髪を長いポニーテールにまとめた、凛とした顔立ちの女天使。

 腰に剣をたずさえ、首を傾けながら俺をまじまじと見ていた。


「貴様はたしか......生命神様が気に掛けられていた者だったか」


「はい。あのお方にはお世話になりました」


 俺は頭を下げながら言う。

 どうやら憤怒級サタンから俺を助けたことは覚えていなさそうだな。

 まぁ4年も前だし、仕方ないか。


 と考えていると、ドッっと床が鳴った。

 タディスが机を叩きながら、勢いよく立ち上がるところだった。


「俺は認めないぞ、ガズラ。他者に力を乞うなど! ましてやコイツに!」


 当然といえばそうだが、時間が経った今でも、タディスからの好感は得られていないようだ。


「くどいぞタディス。何度も話し合っただろう」


 目を閉じ、沈黙を貫いていたガズラが口を開いた。

 それと同時、ほんの一瞬だけ、部屋の空気が重くなった。


「ぬっ......」


 タディスは押し黙り、元の席に座り直した。

 凄まじい。

 何となく察していたが、神官天使でもガズラは最強のようだ。


「失礼、アルタ。神の右腕として恥じるべきことを承知で願う」


 そう言った途端、ガズラはスッと立ち上がった。

 机の周りを通り、俺たちの前に佇む。


 彼がまるで覚悟を決めるように深呼吸した後、俺の彼を見る目線が一気に下がった。

 ガズラがひざまずいていた。


「我々と共に、戦ってほしい」

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