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第90話 悪魔が誓った日

(あ?)


 感覚がなかった。

 痛くない。動けない。見えない聞こえない匂わない。

 ただ思考だけが許されている。


 あれ?

 俺生きてるよな?

 大丈夫だよな?


 何か事象が起きたという実感が湧かない。

 攻撃が来たはずだ。

 奴の魔術で囲まれて、その後の記憶がない。


(ん?)


 ふと背中に手を添えられるような感じがした。

 それを境に、本能的に"まだ生きてる"と思った。


 暑くなってきた。

 まるで焼かれるような暑さだ。

 匂いがした。

 やたらと焦臭い匂いが。

 音がした。

 バチバチと、火花の散る音が。

 味がした。

 収まるはずのなかった血の味だ。


 黒い視界が白くなってきた。



 最初に見えたのは、黒煙が赤い空に昇る様子だった。

 周囲を見渡すと、炎が渦巻く瓦礫の山の中にいると分かる。


「ふっ、ぐっ」


 フラつく足で何とか立ち上がる。

 これが奴の攻撃なら、まだいるはずだ。

 どこ行った?


 突っ立っていると言っても過言じゃない程度に歩き回ると、瓦礫がカランコロンとぶつかり合った。

 ......随分白い瓦礫だな。

 俺が戦っていた場所にこんな色の岩はなかった。

 奴からの攻撃で、相当遠くまでぶっ飛ばされたか。



 そう思った途端に声がした。

 目を凝らすと、炎の奥から奴がゆっくりと出てくる。


「テメェ......まだ生きてんのか」


 少し間を置き、奴が続ける。


「諦めてさっさと死ねよ渋てェ。テメェじゃ俺に勝てねェっツんだ」


 足元の瓦礫を蹴りながら近づいてくる。

 様相はいかにも不機嫌だ。


「うっせぇな。仕留めらんねぇお前の落ち度だろ」


「......」


 その瞬間、魔力の線を感じた。


「ぼがふッ!」


 首がグインっと後ろを向くと同時に、頬から何度目かも分からない激痛が走る。

 視界の中で地面が過ぎ去っていく。

 吹っ飛ばされ、別の瓦礫の中で何度か跳ねて止まった。

 臓物が飛び出そうな痛みだ。


 だがそれに反して、俺の顔には今、笑みが溢れていることが分かった。

 何故ならーーー


「チッ」


 奴の頬もまた、外殻が砕けて奥の歯が見えていたからだ。


「テメェ......」


 分かった。

 "アレ"のおかげで、心なしか力の上手い使い方、無駄の削ぎ方が感じ取れる。

 結果、今の俺はパワーが上がっている。

 そんなら攻めるしかねぇ。


「ごあああッ!」


 踏み込んだ瞬間に前へ飛び、衝撃で白い瓦礫が舞う。

 狙いは奴一点。

 拳を固め、打突!


「しつけェんだよォッ!」


 線が見えた瞬間、奴の握り拳がゆっくりと迫ってきた。

 永遠のような一瞬だ。

 今までのとは違う。

 明確かつ決定的な殺意の拳。


 炎に囲まれて暑いはずなのに、恐ろしく寒い。

 1秒後の未来がハッキリ見えた。


 ヤバい。死ぬ。


 ......違う。


「なッーーー」


 あの人の技、確かこんな感じのーーー




 ▶▷▶▷▶▷




 ザーナが放った拳は、この上なく硬かった。

 鉄球よりも遥かに硬く、喰らえば絶命は免れない殺すための攻撃。


 その拳は、空を切った。

 否、当たっていた。


 アルタの鼻先へ触れた瞬間、走る勢いを利用して足を振り上げた。

 頭は後方へ。足が前方へ。

 円を描くようにその場で1回転したのだ。


 これにより、攻撃に全ての意識を向けたザーナの反応は遅れた。

 超至近距離まで近づかれたザーナの頬の傷に、アルタの魂の拳が炸裂した。


 兄弟子ガルファムの編み出した技。

 奥義『大廻車だいかいしゃ』の行使であった。

 加えて、2度目の覚醒。


(ーーー『魂醒拳こんせいけん』)


 ザーナの体は後方へ飛び、瓦礫の上に膝をついた。

 この戦闘中、初めてのことだった。


「野郎......あ?」


 その時、ザーナは頬の傷を再生しようとして気づく。

 再生できないのだ。


 思えば、先程から体が重い。

 魔術も行使できない。


(毒草の効果! コイツ、傷口から摂取させやがった!)



 一方、アルタは血反吐を吐いた。


「ぐはっ......」


 ここはサキュラの都だった場所だ。

 サキュラの都は、山の地下深くに建造されていた。


 覚えているだろうか。

 毒草、及び『攻魔草こうまそう』は、高所か低所にのみ咲く。

 サキュラがこの都を造った際、民に数人の犠牲を払って、居城の奥へ封印していた。


 先程ザーナに吹き飛ばされたときに、それを見つけたのだ。

 これにより、ザーナは魔力を制御できなくなった。


 となれば、魔術の行使も、傷の再生も、翼の顕現も叶わない。


 しかし、アルタもまたダメージが深刻だ。

 魂醒拳は魂で直接殴る拳である。威力の高さ、着弾の速さと引き換えに、反動は凄まじく大きい。

 そのうえ、これは2度目だ。


「は......ぁあ」


(あれ......? 何だ? 視界が霞む......音もよく聞こえない......)


 ついさっきまでのフラつきは消え、石像のようにピクリとも動かない。

 構えもせず、無造作に突っ立っているだけだ。


(......いいか、なんでも)




 ▶▷▶▷▶▷




 その昔、ザーナは生まれた。

 ザーナは強者であった。

 生まれながらの強者であった。


 周囲を散策していると、悪魔が10人ほど現れた。

 全員怠惰級(ベルフェゴール)であった。


 彼らはザーナを見るや否や、絶望に満ちた。

 初めて目にする嫉妬級レヴィアタンへの畏怖である。


 ある者は逃げ、ある者は硬直し、ある者は脚をガクガク震わせた。

 それを見たときに、ザーナが最初にした行いは、殺すことだった。


 1匹、また1匹殺す度に、本能が、欲求が刺激されていった。

 逃げ惑う餌を狩る猛獣のようだった。


 辺り一帯を血に染めたとき、ザーナはひたすら快楽を感じていた。

 溶けゆく悪魔の亡骸を見つめ、不気味に転げるように嗤った。


 ザーナが初めて知った"夢"であった。


 その後、現れたディンセルの話により、嫉妬級レヴィアタンの悪魔としてこの大陸の主として君臨することになった。


 濃密な魔力で満たされる魔裏界では、怠惰級ベルフェゴール程度の悪魔など簡単に湧く生まれる。

 ザーナは日々、昼夜問わず、気の向くままに弱者を蹂躙した。


 そんな純粋に酔いしれながらの殺戮の日々は、ある日を境に頓挫する。

 忘れるはずもない。


 赤子に負けた日。


 この大陸に、新たな嫉妬級レヴィアタンが生まれたことが分かった。

 ディンセルと共に、手分けして探していたときだった。


 桃色の髪を持った、右目の抉れた少女に会った。


 直感的にコイツだと判断したとき、猫科の猛獣の如く、襲い来る少女の姿が見えた。

 押し倒され、その衝撃で地面が割れた。

 立て続けに殴られ、折られ、潰された。


 その全ては何に満ちていたか。


 殺意ではない。嫌悪ではない。 享楽であった。


 目を大きく見開き、口を歪ませる顔が印象強く脳裏に焼きついた。


 少女は、後に"アイリア"と名付けられた。


 付けられた重傷の数々の再生に時間を要するなか、ザーナはこの上ない屈辱を味わっていた。

 だから誓った。


 二度と敗北あじわわない、と。

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