第85話 実る決意
「―――アルタさん。良かった、起きた」
そんな安堵にまみれた声が降ってきた。
ペタだった。
身を起こすと、どうやらこんな小さな体に膝枕されていたらしい。
だからあんな夢見たのか。
「アルタさん......?」
顔の下の方を触りながら聞く。
治っている。口もちゃんと動く。ペタが治してくれたらしい。
「何か?」
「あぁいや、夢を見たんだ。ペタに膝枕されたお陰で」
「......何か悪い夢でも?」
「......いや、最高の夢だった」
ペタはきょとんとした顔を見せた。
まぁ分からないか。
「それで、ここは?」
周囲は壁だった。だが岩じゃない。魔力も少し感じる。
「ぼくの魔術で樹木を巻いて壁にしました。2人が眠ってる間は無防備になってしまうので」
そういうことか。
「それより、その......」
ペタが目を逸らして言葉を詰まらせた。
そうだ、嫉妬級だ。
アイツのせいでどんな被害が......
「ーーーは?」
壁の外には、瓦礫の山があった。
元の岩山や洞窟など影も形もなく、あるのは乾いた血の気味悪い匂いのみ。
「みんなは......!? シュゼは!? ガルファムは!?」
「え、えっと、シュゼさんならそこに......」
そう言って指差した方向では、シュゼが眠っていた。
傷は1つもない。ペタが治したか。
他人を治療できるペタがいる。
ペタの治癒能力は並大抵のものじゃない。ミーヴよりもあるだろう。
きっと致命傷だって治す。
それでなお、ここには俺たちしかいない。
つまり......
「......!」
気づけば駆け出していた。
瓦礫の山に登る。
乾いた血そこかしこに付着している。1段登る度に息が詰まる。
子供たちは。
大人たちは。
ラノンサは。
ガルファムは。
分かってる。
あの壁の中にいなかった時点で。
「アルタさん......」
数段下の瓦礫に乗ったペタが話し掛けてきた。
消えてしまいそうな声だ。
「ぼくも、一生懸命探したんですけど......2人の他には誰も......」
ふと、瓦礫がゴロッと動いた。
思わず振り向いた。
「あっ......」
何か転がり落ちてきた。
無造作に瓦礫の上を転がった後、俺の足下に止まった。
手だ。
小さい。
ピクリとも動かない。
触らなくても冷たいと分かる。
子供の手。
「アルタ......さん......?」
視界は、今や"ただの肉"でしかないモノで満たされている。
口の中に変な味が広がる。
握った拳の内側がべちょべちょする。
「アルタさん、大丈夫ですか? 手から血が......歯茎も......」
体が熱い。
心の奥底から炎が噴き上げる。
嵐の日の滝のように、真っ黒な感情がザアザアと流れ出てくる。
拳がワナワナと震える。
拳だけじゃない。
俺の全てがそれに呼応する。
ようやく分かった。
シュゼがヌィンダを殺されたとき、どんな風に感じたかとか。
ガルファムの言う、悪魔に対する殺意とか。
「ふーっ"! ふーっ"!」
嫉妬級だ? 知らねぇよ。
俺の手で報いを受けさせてやる。
絶対に殺してやる。
▶▷▶▷▶▷
気づけば淡々と森を歩いていた。
あの後シュゼが起きて、ペタが事の顛末を説明した。
そのときのペタの声は震えていた。殺気がダダ漏れだったのだろう。
シュゼのすすり泣くような声がだんだん近付いてきた。
それから肩に手を置かれた。
『落ち着けよ。血ぃ出てるぞ』
そこでかすかな震え声を聞いて、正気に戻った。
「......ペタ」
俺の隣を歩くその姿がビクッと動いた。
「な、何ですか......?」
体がぷるぷる震えている。
いけない、怯えさせてしまったか。
「そう怯えず、許してくれ。さっきはごめんな」
「そんな、アルタさんは何も悪くありませんよ。ぼくだって怒ってます。ただ......」
言ってもいいのか、そんな困った顔をしている。
「どっちかって言うと、怒りより恐怖が多いです」
そう言った途端、ペタは縮こまった。
だがそれもそうだろう。
俺だって奴へ向ける感情が怒りだけかというと違う。
嫉妬級に対する恐怖はある。
恐怖。怒り。
俺は後者が多くて、ペタは前者が多い。
それだけだ。
「......」
俺はペタの頭に手をぽんと置いてみた。
ホント、小さいな。
......俺は怒った。
家族を殺されたときと同じ感覚がした。
だがそれでペタを怯えさせてはいけない。
彼はもう俺たちの仲間だから。
「ペタ。言ったそばから悪いんけどさ、あの嫉妬級のこと、何か知らないか?」
ペタは少し口ごもった後、答え出した。
「......ぼくは過去のこともあって、あんまり外のことも多くは知りません。一応、名前がザーナであることは知ってますけど」
ザーナ。
それがガルファムたちを天世界から拐い、挙げ句の果てに殺した"悪魔"の名か。
「分かった。ありがとう」
▶▷▶▷▶▷
それから何日か歩いた。
森を出てしばらく経った、岩の荒野にて。
「......止まれ。シュゼ、ペタ」
前方に魔力を感じた。手で静止し歩を止める。
ペタは気づいていただろう。
俺が止める少し前に止まっていた。
「ペタ、数は?」
俺は自分の人間である部分により、魔力を感じとることができる。
だが、純悪魔たるペタの方が精度は上だ。
「えっと......50は超えています」
ペタの額に滴るひと筋の汗が彼の緊張を物語っている。
カサカサと鳴る足音が耳を打つ。
それらは横へ、後ろへ周り、俺たちを囲んだ。
「案外、早く見つかったな」
周囲を薄ら笑いが漂うなか、リーダーらしき怠惰級が言った。
全員知性個体か。
「天使」
......色石は着けたままだ。
今の一瞬で見抜いたようにも見えない。
既にバレている。
「なんで知ってんだよ悪魔?」
色石をポイと投げ、シュゼが不敵な笑みと同時に言い放った。
好戦的な目でじっと見つめて。
「ザーナ様の意向により貴様らを殺す。この数相手に、抵抗は無意味だ」
なるほど、ザーナの命令か。
俺たちが生き残っていると勘ぐったな。
その分じゃペタのことも知っている。
だから俺たちはあの時点で死なないと踏んで、こんなことを。
自分で来りゃいいのに。
どうせ、簡単に来れるんだろ。
「アルタさん、今回は数が多いです。ぼくもやります」
互いの背中を守るよう、3人で陣形を組む。
ペタの申し出に頷きながら敵を見る。
......奴と似ている。
生身を外殻で覆っている、天使や人間とは似ても似つかない形態の悪魔。
外殻の形は違えど、似ている。
「上等だ、テメーら全員叩き斬ってやる」
背後から聞こえるシュゼの言葉。
殺気と同時に、何か鋭く磨かれたものを感じる。
シュゼはガルファムと戦い、"気付いた"。
以降俺より早く身につけ始めている。
ならば、
「行くぞ!」
俺も磨く。俺の魂。
今、こいつで試す。
ザーナに命じられたなら、奴の居場所も知ってるだろ。
ほどほどに痛め付けて聞き出してやら。




