第82話 気付き
音はしない。
地面は赤く染まり、黒い液は周囲に飛び散っている。
この荒野に生者は1人のみ。
生温かいような微風は外殻を撫で、血の香りを運びゆく。
「どォした? もう全員ダメか?」
身の毛も弥立つその声には誰も反応しない。
時が止まったように静かな空気。
彼は嗤う。
「反乱ほざいたのがこのザマだ」
クヒャヒャと汚い笑い声を上げ、それは風の中に溶けていく。
そこの背後に、新しい気配が飛来する。
「......よォ、プスコフ」
「お楽しみの最中に失礼いたします」
彼は振り向き、分かり切った気配の正体を見る。
最もよく知り、最も狂った憤怒級 がそこに跪いていた。
「お楽しみ、か。オマエとやった方がまだ楽しいだろうよ」
「フフ、ザーナ様のお望みとあらば、この命燃え尽きるまで」
「......」
脚を組みながらザーナはプスコフを見る。
今にも喜びに舞い飛び上がりそうな男の顔を。
平静を装う狂気を。
「やァいい。そんで、何の用で来た?」
「ええ。こちらを」
プスコフの口がニィと嗤った。
同時にザーナの顔も愉悦に歪む。
「天魔界鏡......よくやったなァプスコフ。オマエの縄張りを増やしてやる。割り食うのは......サキュラでいいか」
そこへプスコフの静止が入る。
「ザーナ様。そのことについてお話がございます」
「あん?」
ザーナの目がギロリと向く。
「サキュラは死にました」
「へーぇ」
ザーナの気の抜けた反応。あんな雑魚、どうでもいい。
そう言わんとする態度であった。
しかしすぐに興味が湧いたようだ。
青い肌の首をが回され、ボキボキと鳴る。
その画は不気味のひと言に尽きる。
「あんな奴でも憤怒級、簡単にゃ死なねェ。誰が殺ったんだ?」
「怠惰級です。3人。相性の良い魔術でも持っていたのでしょう」
ポイと空中に投げられる界鏡には、再び興味を失うザーナが映った。
「そォか。ま、最強たる俺には関係無ェ話だ」
「当然でしょう。貴方様が王です」
赤い空は2人を見下ろす。
「そんでま、界鏡は手に入った訳だが......ククッ。なぁプスコフ」
「はい」
「バカ正直に持っていくのは何か癪だよなァ?」
「左様で」
「俺が持っておこう。アイツらに無駄な捜索をさせてやる。ククッ」
まるで悪戯を思い付いた糞餓鬼のような、邪気に溢れる笑い。
「んじゃ、もういい。またな」
「ええ。またいつか」
そこにはもう、
「その御尊顔を拝める日をお待ちしております」
ザーナの姿はなかった。
▶▷▶▷▶▷
―アルタ―
集落の外。
俺たちは今、岩山の麓の森にいる。
頭の上から迫る刃。
「オラッ!」
「くっ」
首を横へ動かし、刃の軌道を抜ける。すかさず魂気を回し、固め、放つ拳。
「ふっ!」
「っ危」
シュゼもまた体を大きく旋回し、回避と同時に背後へ回った。
次が来る。振り向く間もなくしゃがむ。
頭上から鋭い音が聞こえた後、うしへ向けて脚払いを掛け―――
「そこまでだ」
ガルファムの静止が入った。
俺はすぐに逆向きに力を入れる。脚は当たる寸前で止まった。
「何だよ。オレらもっとやれるぞ」
「そうですよ」
「嘘を付け。動きがかなり鈍っている」
「「......」」
そう言われてようやく気づいた。もうかなり体力を消耗している。
立っているのもやっとという程ではないが、確実に疲れている。
気づいた途端、体が重くなった。
「ハァ、ハァ......」
集落に来てから、既に1ヶ月が経った。
その間は毎日シュゼと模擬戦をさせられた。
ただし防御は無し。
攻撃と回避のみの戦闘。
回避という行為の精度を上げるためだそうだ。
プスコフのあの攻撃は凄まじい威力を誇る。
喰らえばその部位は消し飛ぶと考えるのが普通だ。
だから喰らわないために回避を極める。
「ってかよ」
シュゼが呟いた。
「鍛えるって、これか? テメェずっと見てるだけじゃねーか」
「......ふん。お前らが気づいたら、俺と戦わせてやる」
それだけ言って、ガルファムは去っていった。
......。
............。
............隙がない。
後ろ姿で分かる。
多分きっと、サキュラより強い。
そんなに強いのに何故ここに留まっているのかと言えば、足りないからだ。
ガルファムの強さを持ってしても、魔裏界は攻略できない。
そして彼は、この集落を守る役目がある。
ここを動けない。
だから俺は、
「戻ろーぜ、アルタ」
「あぁ」
強くならないといけない。
▶▷▶▷▶▷
集落に戻ると、子供の声が聞こえた。
その中にはペタの声もあった。
「わっ......お、おぅお?」
声がする方を見ると、ペタのツノに子供がぶら下がっていた。
「ちょ、先とか尖ってるし、危ないよ」
「だいじょーぶ! ペタ兄だもん」
「もう」
注意しつつも楽しそうな嬉しそうな顔をするペタと、それを囲む小さい子供たち。
1ヶ月で彼らは仲良くなった。
自分がいたらみんな怖がる。そう思って集落の外に行くペタを、子供が連れ戻したそうだ。
それ以降、ペタの表情は明るい。
対してガルファムの表情はあまり優れていない。
まぁ元々あぁいう顔だ。
何と思っているのかは分からない。
子供を楽しませるペタを、案外気に入っていたりして。
「じゃあほら。そーれそーれ!」
「わぁ!」
ペタは頭を振り始めた。
子供もそれに掴まって揺られている。
満面の笑みが溢れていた。
ツノが折れないのかと一瞬思ったが、ペタだって怠惰級だ。
あのくらいじゃ折れたりしないだろう。
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それはさらに1ヶ月経った日のことだった。
シュゼと打ち合っていたときのこと。
「だぁぁあ!」
走り込んでくるシュゼ。俺は体を横へ回す。
本気でやらねば斬り伏せられる状況に汗が出る。
俺の周りを縦横無尽に走る剣。全てが高速。
紙一重で回避する。
呼吸が荒くなっていくのを感じる。
だがそれは相手も同じ。
地面を蹴飛ばし飛び退く。剣の間合いを抜ける。
「ぉオらッ!」
俺の足がまだ地に着かないうち、シュゼは剣を大きく振るった。
剣は土を削り、土石の弾幕を飛ばす。
視界の中央、顔に迫る石を回避。
その間も
シュゼから目を離さな―――
「は?」
いない。
シュゼがそこにいなかった。
何だ、どこだ。
「引っ掛かったな」
真下から聞こえた。
向くと、剣を振り上げるシュゼがいた。
「ラぁァあぁ!」
咄嗟だった。俺は拳で、シュゼは真剣。
殴られるシュゼと、斬られる俺。
俺の方が死ぬ可能性がある。
だからその時はガルファムが止めに入る手筈だった。
いくらその気がなくても、勢いづいた剣を止めるのは簡単なことじゃない。
だから咄嗟に拳を放った。
大して固めてもいない、不完全な拳。
それが、
「がふっ!?」
シュゼにモロに当たった。
シュゼの体が後方へ飛び、よろけた後に膝を付いた。
「そこまでだ」
俺は攻撃を止めたが、それはガルファムの静止が入ったからではない。
「......」
シュゼとは最近拮抗している。
この縛り付きの戦闘も、終了は互いの体力の消耗が主要だった。
片方に攻撃があたって、それで終わることも、無いわけではなかった。
なかったが......
「今の......」
奇跡的に当たった。
それは間違いないが、間違いだ。
自分以外の全てを置き去りにするような、浮遊感を突き詰めたような、そんな感じを覚えた。
たった一瞬だけだが、確かに感じた。
「―――ルタ、アルタ!」
「あ、あぁ......悪い」
「正直悔しいけど、すげーな。今のめっちゃ速かったじゃねーか」
「あぁ......だな」
今起きたことが分からなくて、歯切れの悪い返事しかできない。
「何だよ?」
シュゼが不思議そうな視線を向けてくる。
返答する前にガルファムが来た。
「アルタの勝ちだ。だがシュゼも悪くない。俺が直々に鍛えるのもそう遠くない話だ」
ガルファムの表情は、どこか穏やかな気がした。
相変わらず顔は彫り深くて怖いが。
「ガルファムさん」
「何だ」
「今俺がやった攻撃、何だか変な感じがしたんです。体の内側が軽くなったような感じで」
「ふむ......」
ガルファムは手を顎に当て、考えるようなポーズをとった。
「それは魂気によるものだと思ったか?」
「はい。似たようなものでした」
「そうか......分かった。さっきの言葉は訂正しよう。修行は明日からつけてやる」
「オレは?」
「お前もだ。お前なら修行の最中に気付けるだろう。今日はここまで。明日のために休め」
「はい」
「おう」




