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 間話  暗い暗い闇夜の下で

 夜。

 集落の皆が寝静まった頃。


「......」


 魔裏界の一端、とある洞窟。

 その奥にある集落の、1番奥の家。


 暗い暗い部屋の中で、屈強な男は座禅を組んでいた。

 ガルファムである。


 静まり返った集落は、彼の集中力に磨きをかけてくれる。


「......ラノンサか」


「入っても?」


「構わん」


 扉が開き、ラノンサが入室する。

 ただならぬ雰囲気が部屋に満ちているが、ラノンサは踏み入る。


「何の用だ」


「いえ、別に」


「......?」


 ラノンサの様子に首を傾げつつも、ガルファムは座禅を続ける。


「......」


 ラノンサはゆっくりとガルファムに近付き、その背後に立つ。


「あの2人」


 暗く静かな部屋に声だけが漂う。


「西側の憤怒級サタン、サキュラを倒したそうですよ」


「......そうか」


 返事は実に淡白で、短いものだった。


「嬉しくないので?」


「さぁな」


 氷が張ったような異様な静けさ。

 耳を澄ませば、隣人の寝息すら聴こえそうだ。


「これは予兆だと思うんです」


「......?」


「界鏡はサキュラを倒した後、プスコフに盗られたそうですが」


 ガルファムのまぶたが開かれ、目がギっと動く。

 それは怪訝という言葉が最も似合っていた。


「でもそれもきっと取り返す。誰も為し得なかった憤怒級サタンの討伐を為した彼らです、きっと彼らは帰ることができる」


 ガルファムの訝しむ目などものともしないように、ラノンサは続ける。


「そうすればきっと、貴方の夢も叶いますよ」


 まるで諭すような声色だった。















「なのに、良かったのですか?」


「何が?」


「彼らにあんな対応をしてしまって」


 ガルファムの眉がピクリと動いた。

 集中力が揺れる。


「どういうことだ?」


「いつも心配していらしたじゃないですか」


「......知らんな」


 しばしの沈黙。

 居心地悪い、冷たく重い空気がラノンサの耳元を漂う。


(......相変わらず会話の続かない人だ)


 ラノンサは扉へ向かい、ガルファムに背を向けて考える。

 ガルファムの視線は感じられない。

 彼は既に目を閉じ直していた。


 今この場には誰もいないと言わんばかりに。


(帰ろう。伝えたいことは伝えたし―――)


 そう思い、扉に手を掛けたとき、


「心配などしていない」


 背後から低い声が聞こえた。

 ラノンサは思わず硬直し、振り向くことができなかった。


「師ヌィンダに育てられた者が死ぬのが嫌なだけだ」


「......」


 ラノンサは扉に手を掛けた。

 扉は開き、やがて部屋にはガルファム1人となった。


 やはり、ラノンサは振り向けなかった。

 ただ、それは怯が故のものではない。


(やっぱり心配なんじゃないですか)


 心は至って穏やかで、暖かかった。




 ▶▷▶▷▶▷




 魔裏界の空は異常だ。

 青く澄んだ美しさなど微塵もなく、あるのは血肉のように赤い空のみである。


 しかし天世界と魔裏界の空も、互いに同じ色となることがある。

 夜だ。

 日が沈んだ後の世界は黒い空に覆われる。


 集落の外、洞窟の入り口で、彼は座り込んでいた。

 暗い空を見上げ、木々に視線を落とし、また見上げる。


「......起きてたんですか」


 彼、ペタは振り返り、足音の主を見る。


「まー、な......」


 シュゼであった。

 こんな夜更けであるにも関わらず、あまり眠そうには見えない。


「お前こそ、どうしたんだ?」


「ぼくはしばらく寝なくても何とかなりますから」


「あー、そうだっけ」


 どこかバツの悪そうな顔をして、シュゼは目を逸らす。


「......」


「......」


 互いの口が開かない。

 一方は居心地の悪そうな、もう一方はそうでもなさそうな様子だ。


「......天世界って」


 沈黙を破ったのはペタだった。


「天世界の空って、青いんですか?」


「え」


 予想もしていなかった発言に、シュゼはつい情けない声を溢してしまう。


「アルタさんに聞きました。夜は暗いけど、キラキラ輝いてるんですよね」


 シュゼはペタに目を向けてみる。

 そこには空を見上げ、どこか遠くの一点を見つめるペタがいた。


「いつか見てみたいです」


 期待に胸を踊らせる。

 そんな声が無音の夜に響いた。


 そしてそれと同じくらい、シュゼの脳内にも響いていた。




「気に障りましたか......?」


「あぁいや......」


 言おう言おうと思っても、それはシュゼの喉の奥に引っ掛かる。


「......」


「......」


 やはり、この場の支配者は沈黙のようだ。

 互いに黙り、会話が続かない。


「えっと」


 沈黙を破り、下克上をしたのはまたもペタだった。


「ぼく、少し前までは誰とも大した関係がなかったんです」


 消え入るような、そんな声。

 声は地面に向かってぽつりと落ちる。


「あの洞窟で、1人であの花だけを愛でて、慎ましく生きていたんです。このままこの花と一緒に朽ちていくのかなって」


 うつ向いていた首は、だんだん上を目指す。


「でもそこから色々あって、しまいには憤怒級サタンなんて倒しちゃって」


 声色は既に、弾むようなものになっていた。


「それでその時、成長できた気がしたんです。誰かのために力を使えて、誰かと一緒に何かを為せて......人生で初めての......えっと、えっと......」


 そこで、ペタは言葉に詰まってしまう。

 すると少し経った後、救いの手が差し伸べられる。


友達なかま、か......?」


 そのひと言でペタの表情はパァっと明るくなった。


「はい! すごく嬉しかったんです」


 シュゼに向かい微笑みかけるペタ。

 それを見てシュゼの拳が握られる。拳は震え、口はぎゅっとつぐまれる。


 言おうとするほどそれから遠ざかっていくのをひしひしと感じていた。


「その、シュゼさん」


「......?」


悪魔ぼく天使あなたたちの間では戦うことがありました」


 長く座っていたせいか、ペタは少しフラっとしながら立ち上がった。

 そしてシュゼに歩み寄り、その手を握る。


 握られた自分の手を見てシュゼは思う。


 小さい。


 シュゼとて女、手は男ほど大きくはないが、それを差し引いてもペタの手は小さかった。

 当然だ。

 ペタの背丈は自分の首にも届いていないのだ。


「気にしないようにしましょう。ぼくももう気にしません。お互い水に流しましょう」


 こんな、自分よりも小さくて、歳だって下の奴に何を言わせているんだ。


 あまり頭が良くないながら、シュゼはそう思った。


 そしてある時、シュゼは力がふっと抜けてしまった。


「その、今まで悪かった。色々......」


「ふふっ、気にしないでと言ったでしょう」


 ふっと力が抜けた次は、だんだん眠気が襲ってきた。


「そうだな。―――悪い、なんか眠くなってきた」


 そう言いシュゼは集落の方へ足を進める。

 無防備な背中をペタに見られながら。


「おやすみなさい」


 闇色の空の下、ペタの限りなく小さな呟きは、確かにシュゼに届いていた。

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