第78話 天使の牙
何となく、気付いてはいた。
あの人たちはがそうなんだって。
戦った後、傷を再生しなかった。
最初は魔力切れだと思っていた。
でも、都に来てから考え始めた。
天魔界鏡というものの存在は知っていた。
天世界、天使という存在が生きる世界があり、そこへ渡るものだと。
そんな界鏡が今、この都にあるということも、都へ来てから知った。
つまり、界鏡がどこかで割られて、天使がこの世界にいることは、都に来てから知った。
その天使は、どこかで何かやっているんだと、自分には関係ないと、そう思っていた。
天使は、魔力を持っていない。
傷や怪我を治すのにも、時間がかかる。
その特徴を思い出すと、身近に当てはまる人がいることに気がついた。
気づいてしまった。
アルタさんとシュゼさんは、その特徴にばっちり当てはまっていた。
ぼくと戦った後に再生しなかったのは、最初から魔力なんて持っていないから。
都にいる間だって、1度もあの人たちの魔力なんて感じなかった。
感じる訳がないんだ。
魔力なんて最初から持っていないんだから。
そしてついに、サキュラ様のひと言で、確証を得た。
『天使が、妾の手中にある』
ぼくはアルタさんとシュゼさんと一緒に、この都へ来た。
そしてはぐれた。
その後に、サキュラ様は天使が手中にあると言った。
もう、そうなんだと思った。
否定できなくなった。
アルタさんとシュゼさんは、天使だ。
そうだ。
あの人たちが、天使。
確かに、あの人たちはぼくに大切なことを教えてくれた。
あの花は、世界に1つだけのものでも何でもない。
それをぼくが自分で殺していて、その上アルタさんたちを殺そうとした。
だからあの人たちは、ぼくの恩人だ。
でも、天使だ。
あの洞窟に籠っていたときから、そこがサキュラ様の縄張りなのは知っていた。
風の噂で、サキュラ様は偉大な方だ、我らの主だって、何度か聞いた。
ぼくは怠惰級で、サキュラ様は憤怒級。
サキュラ様の縄張りに住んでいるぼくは、あの方に従属する義務がある。
サキュラ様に従属する。
それはつまり、アルタさんたちに牙を向くということだ。
ぼくは、決めないといけない。
どっちに付くか。
......。
............。
............そんなの、決まってる。
アルタさんに悪魔の軍勢が近付いている。
今だ。
やるんだ。
ぼくの魔術で。
「つっ......」
足が震える。
冷や汗が止まらない。
憤怒級を相手取るんだ、当然だ。
今ならまだ、後戻りできるのではないか。
自分だけ、生き延びられるのではないか。
そんな考えが出てきてしまう。
でも、魔術を行使してみせる。
後戻りなんてしない。
あの人たちは、ぼくの大切なものを教えてくれた。
恩返し......するんだ!
魔力が凄まじい速度で、ぼくの体の中を走っていくのを感じる。
いける。
使えてる。
ぼくの、本当の魔術を!
「はぁぁぁあ!」
悪魔に背く。
天使に付く。
悪魔が目の前に迫ったところで、ピタッと止まった。
「な、どういうことじゃ!?」
サキュラも、視界の奥で慌てている。
奴にとっても想定外の事態らしい。
だが、とにかく攻撃が止んだ。
今ならいける!
空中で静止する悪魔の上を飛び移り、サキュラに近づく。
「だぁぁぁあ!!」
「なっ―――」
一瞬。
俺の拳が奴に届く、ほんの一瞬前。
奴はギリギリで回避した。
いや、手応えはあった。
かすったのだ。
手には血が付いていた。
「くっ......何故じゃ。何故傀儡が急に......むっ?」
俺は落下する途中、サキュラね目が動いたのを見た。
そっちには、ペタがいた。
両手を前に突き出している。
魔力が動いている。
これはペタの魔術なのか!
そんなこともできたのか!
「あやつか。小癪な!」
そしてサキュラはまたも腕を振りかぶった。
「『冥礫失魔』!」
俺が足場にした悪魔の体が集合し、混ざりあった。
肉塊となり、ペタへ向かって飛んでいく。
まずい。
俺は空中にいる。
そしてそもそも距離がある。
ペタが殺られ―――
「はっ!」
ペタが腕を動かすと、今度はそこに壁ができた。
悪魔で出来た肉の壁。
そこへ肉塊がぶち当たり、破裂した。
「なっ......! あの小僧!」
直後、悪魔のうちの数体がサキュラの手足にしがみついた。
これも、ペタがやっているのか。
「くっ! 何じゃ貴様ら! 妾が主じゃ! 妾に従わんか!」
「アルタさん!」
頭上でもがくサキュラ。
茫然としていると、ペタの大声が響いてきた。
「ぼくがサキュラ様......いや、サキュラを足止めします! その間に! 攻撃を!」
そして、悪魔の体がまた、サキュラの元へ続く足場のように空中に並んでいった。
そうか。
「分かった!」
用意された足場を踏みしめ、駆け登る。
もがき続けるサキュラ。
憤怒級なのに、怠惰級を振りほどけていない。
やっぱり、フィジカルも高くないな。
いける。
「調子に乗るなよ......! 天使如きが!」
足場の悪魔が光り出した。
これは、また爆発する―――
「来たぜ! アルタ!」
「シュゼ!」
シュゼが猛スピードで飛んできた。
剣を振るい、俺が踏もうとした悪魔を斬り捨てた。
よし。
これなら大丈夫だ。
俺は地面に着地した。
「シュゼ!」
「悪いな。剣探してた」
「構わないさ」
シュゼの目は燃えている。
凄まじい闘志がたぎっている。
悪魔の軍勢の足止めは......さっき爆発しかけたことこら、ペタも完全には指揮権を乗っ取れていないのだろう。
だが確実に勝利に近付いている。
もう負けはない。
シュゼが構えたのに合わせ、俺も構え直す。
感覚を研ぎ澄ませ、集中力を高める。
「金髪の方は死んだのかと思っとうたが......今頃来おったか」
「オレが死ぬわけねーだろバーカ!」
「チッ......」
サキュラが黙り込む。
その沈黙から、怒りがひしひしと伝わってくる。
「貴様ら如き、すぐにでも殺してくれるわ!」
その瞬間、奴は恐るべき行動に出た。
自らの腕を引きちぎったのだ。
「妾に従え!」
再生させた腕を―――ペタに向けた。
「『塊散舞』!」
血走った眼がペタを見た。
サキュラを拘束していた悪魔の体は弾け、欠片が浮いた。
一斉に飛び、ペタを捉えた。
「ペタ!」
俺が叫んだ次の瞬間。
「うあぁぁあ!!」
細かい、小さな欠片の弾幕が彼に向かって降り注いだ。
土煙が舞い、周囲の建物が崩れる。
「ふん、小僧め。小癪な真似をしおって―――む?」
土煙が少しずつ晴れ、中の光景が見えてくる。
そこには
「ケホッ、ケホッ! おげぇ......っ」
全身、穴だらけのペタが、仰向けで倒れていた。
腹も脚も、腕も頭も目も。
向こう側の景色がハッキリ見えるほどに、穴がいくつもある。
だが魔力は感じられる。
あの乱れ打ちの中、心臓は奇跡的に外したようだ。
「運の良い奴め。その心臓、妾が直に砕いてくれる!」
そして、サキュラがその翼から轟音を響かせて飛んでいった。
まずい。
「ペタ!」
「遅いわ!」
「ぐっ」
悪魔がしがみついてきた。
重い。
力が強い。
ほどけない。
「離しやがれクソがっ!」
シュゼもまた、掴まれている。
だがいくらもがいても、離す気配はない。
「所詮怠惰級! 死ねぇ!」
凄まじい速度で放たれたサキュラの貫手が、ペタの胸に触れた。
▶▷▶▷▶▷
サキュラの貫手。
それがペタの胸を突き刺す瞬間。
俺は、確かに見た。
はずだった。
「......は?」
サキュラが薄ら笑いを浮かべた直後。
そこにいたのは。
いや、あったのは。
「植物......?」
ペタの緑の肌に近しい色を持つ、何かの植物であった。
「「は?」」
サキュラに次いで、俺とシュゼも声を溢した。
今、ペタは確かに急所の心臓を刺されたはず。
ならなんでサキュラの腕は―――
考える時間などなかった。
都の天井が、奴の真上の岩肌が、崩れ落ちた。
「なっ!?」
サキュラの回避する間もなく岩石は落下。
凄まじい轟音と土煙を立て、その後に静寂が訪れた。
「そうだ、ペタは!?」
あんな岩石の下敷きになったのだとしたら、ただでは済まないはず―――
視界の端で、何か動いた。
上だ。
何か小さいものが落ちてくる。
ペタだった。
俺はすぐさま跳び上がり、落ちてくるペタを抱える。
血だらけだ。
傷も再生しきっていない。
俺の腕に、血がベトっと付いた。
「はぁ、はぁ......」
「ペタ、大丈夫なのか? 岩の下敷きになったんじゃ......」
「いえ。魔術で足元に生えていた草を身代わりにして、同時に自分を投げ飛ばして、何とか生き延びました。苦肉の策でしたけど......」
「そうだったのか」
「はい。......ケホッ、ケボッ」
俺はペタを下ろしてやる。
ペタは1度四つん這いになったが、ゆっくり立ち上がった。
「ぼくの魔力は、残り多くありません。今ある魔力をすべてあなた方の補助に回します。それでどうか―――」
ペタは決意を固めるように。
意志を崩さないように、深呼吸をした。
「お願いします」
「「分かった」」
そして
「がぁぁあぁああ!!!―――ハァ......ハァ」
サキュラが岩を砕いて出てきた。
今までにないほどの殺気が放たれている。
怒りで満たされた真っ赤な目。
思わず1歩退いた。
「貴様ら! 貴様ら貴様ら貴様ら!」
怒声が轟く。
空気が、ずんと重い。
これが憤怒級の、本気の殺意......
「粉々に潰してくれる!」
始まった。
▶▷▶▷▶▷
緊張の念が場を満たしていた。
アルタ、シュゼ、ペタの頬に、ひと筋の汗が垂れていった。
アルタとシュゼは駆け出した。
天井から生え連なるペタの木の枝を足場としながら。
上下左右から攻めいってくる悪魔。
その攻撃を払い、避け、受け、標的との距離が縮まって行く。
跳び、走り、天使の牙は命を狩る。
「『塊散舞』!」
サキュラの赤い目が光った。
控えの悪魔たちの体が弾け、細かい弾幕となる。
弾幕が視界を埋めつくす。
「うっ......ぐっ......!」
自分に降りかかる肉塊を、彼らは捌く。
魂気が激しく動き回る。
防御を。
回避を。
接近を。
勝利を掴むために。
「ぐぎっ!」
しかし無傷とは程遠い。
急所を避けたとしても、体の節々に小さな穴が開いた。
薄汚れた服に血が染み込み、苦痛は顔を歪ませる。
「行けアルタ!」
「おうッ!」
同時。
アルタとシュゼは跳び上がる。
「ペタ!」
「はい!」
天使を包囲した肉塊が天使を貫くことはない。
ペタの木の根は。彼らの走る道を作る。
そしてその道は、、彼らを守る壁となる。
(みてろよ親父......使ってやるぜ!)
化天流中級技。
「"流麗斬"!」
刃が舞い、その流れに身を乗せるようにして斬る、化天流の中級技。
サキュラの首に、シュゼの刃が斬り込む。血飛沫の中、女王の首が飛んだ。
「『厄誓―――」
(見たところ、アレは持ち出していなさそうじゃな)
「―――跋扈』!」
「シュゼさん!」
シュゼの周りに、悪魔の体が迫っていた。
サキュラの、民の命と引き換えに爆発を起こす技。
「ヤバっ―――」
シュゼは咄嗟に防御をとる。
師匠と、父親に教わったものの合わせ技であった。
しかし抵抗むなしく、その肉体は建物を貫通して飛んだ。
(まずは1人じゃ。首は斬られたが問題ない。脳さえ無事なら―――)
自分を窮地に追い込む存在がいることは分かっていた。
だからこそ、こうして兵を集めようとしていた。
圧倒的な個には、圧倒的な数で勝つ。
今てさえ、ほとんどの存在には負けないと自負していた。
ましてや天使になど、絶対に。
「うおぉぉあぁあ!」
2ヶ月前に、プスコフに負けた。
退けることには成功したが、負けた。
その敗北の事実は、今まで無敗だったサキュラの心に深く根付いた。
だから、心が揺れていた。
加えて、サキュラは今怒りに満ちていた。
冷静さを欠いていた。
全ての魂気が練り上げられた拳。
全霊全霊を尽くしたそれが放たれた。




