第74話 英雄
戦いの行く末は、実に波乱なものであった。
12人の悪魔は、2人ずつ舞台へ上がった。
その2人が争い、ついに勝敗が決する。
すなわち、片方が絶命に至る。
敗者の溶けた跡を踏みつけにし、勝者は残りの10人の中から対戦相手を選ぶ。
血で血を洗い、荒れ狂う魔力が闘技場全体を震わせた。
当然、全員が魔術持ちであった。
サキュラの選び出した、強者共。
11度の戦闘は観客を、闘技場を沸かした。
サキュラもまた、同様であった。
支配欲を満たすための、民。
捨て駒として大量消費するのは忍びない。
しかし、民はこんなにも多くいる。
多少、娯楽に消費することは躊躇わない。
この催しは、天世界へ渡る者を決めると同時に、サキュラの娯楽でもあったのだ。
「俺の勝ちだぁぁあ!!」
命の奪い合いを勝ち抜き、11個の色石が転がる舞台の中央で、その悪魔は勝利を叫ぶ。
天世界への渡航者が決まった瞬間を、皆が目に焼き付けた。
歓声が湧き、少しして静まっていく、
サキュラが静止した。
「我が野望の片棒を担ぐ英雄よ。名を名乗れ」
「はっ! ソルガと申します」
「ソルガ。貴様の戦い、実に見事であったぞ」
「恐悦至極。貴女様の名に誓い、必ずやお役に立って見せましょう」
「うむ。―――皆の者! 今一度英雄に歓声を!」
闘技場が湧き上がり、ソルガの身を包む。
11の悪魔の死と共に、英雄が生まれた。
その英雄が自分ではないことに、不満はないのか?
あるであろう。
だが、口に出す者はいない。
不満を糧に、歯向かう者もいない。
サキュラの決定は絶対だ。
「―――1つ」
ソルガの口が開かれた。
手を観客へ向け、またもや歓声が静まる。
「む。何じゃ?」
「1つ、提案がございます」
しばらく無音が場を支配し、怪訝な空気が漂う。
「......申してみよ」
若干の不機嫌さが読み取れる声色で、サキュラは答える。
「今この場に、魔術の扱えぬ木偶かいます」
ソルガの言葉を聞き、闘技場にざわめきが走る。
「鎮まれ、皆の者。―――続けよ」
「はい。その者を、私が殺してご覧にいれましょう」
「......」
天世界へ渡る者は、既に決まった。
もう誰も戦う必要はない。
ソルガに準備をさせたら、すぐに界鏡を渡す。
そして界鏡を割らせ、天世界へ送る。
それでいいはずだった。
「......ほう」
サキュラの縄張りにいる悪魔。
その多くは魔術持ちである。
都には、魔術持ちの悪魔しか入れないようになっている。
魔術持ちの悪魔は、それ以外の悪魔を大きく上回る力となる。故に見下す。
「......クふっ」
それに、サキュラは少々物足りなさを感じていた。
怠惰級たちの戦いは激しかった。
見ていて面白いものであった。
が、それももう終わってしまった。
その時、ソルガのこの提案。
元より、この場に魔術のない悪魔がいるのなら、殺しても構わない。
「おい―――」
「―――魔術が使えないヤツって」
「お前か?」
「違う。あいつか?」
闘技場全体は、ざわめいている。
それぞれがそれぞれの思ったことを吐いている。
が、1つだけ、全員に共通することがあった。
((もっと戦いを見たい))
それが全員の思いであった。
「うむ。ではその者と戦い、殺してみせよ。ただし万が一負けた場合、英雄は貴様ではなくなる故、心せよ」
「無論であります」
そして、ソルガの指は観客席を指す。
ゆっくり動き、指された者の背筋に一瞬悪寒が走る。
自分が魔術持ちであることは分かっているのにだ。
そしてその指が止められた。
「さあペタ! 舞台へ降りてこい!」
ペタの悪寒は的中した。
▶▷▶▷▶▷
ペタは迷った末、舞台の上に降り立った。
当然、最初は拒否したかった。
だが、闘技場内は既にそんな空気ではなかった。
戦闘を勝ち抜いたソルガの提案。
観客はソルガの戦いを見たがっている。
加えてペタは魔術を扱えないというレッテルが貼られている。
さらに、サキュラもこの戦いを認めている。
もはや闘技場の空気が、体を舞台へ突き落とすようだった。
(うぅ......なんで......)
ペタには納得のいかない事態であった。
そりゃそうだ。
「ぼくだって、魔術は使えるよ......」
「あん? あんなモン、使えねェのと同じだろ」
「で、でも、確かに使え―――」
ペタの瞳に、凄まじい速度で迫るソルガの拳が移った。
「ぐきゃふっ!」
ペタの顔が半分飛び散り、床に倒れ伏す。
その様子に、歓声が上がる。
その最中、静かな2人は会話する。
「いいか? 俺はサキュラ様からの評価は上げてェ。ならば俺の勇姿を見せつけ、俺の力が役立つことを証明することだ。
俺が殺したのは5人。足りねェ」
ソルガの指が、再生するペタの顔を指す。
「そこでお前だ。昔可愛がってやったのに、さっきあんなことしてくれたからなぁ。しかも、お前はこの都じゃ場違いな邪魔者。丁度いい配役さ」
ペタの瞳には、まだまだ怯えが漂っていた。
死への恐怖。
周囲からの野次。
ペタの中で、様々なものが渦巻いていた。
恐怖。
恨み。
憤慨。
屈辱。
「くっ......」
しかし、ペタとてこの催しを見届けていた者の1人。
ソルガの魔術もまた、見ていた。
その魔術も含めて考えると、自分はソルガに勝てるだろうか。
否。
身体能力のみでも、ソルガは自分を上回っている。
ソルガを殺し、勝利するのは難しい。
ならば、せめてここから逃げたい。
無謀な話であった。
闘技場には多くの悪魔がいる上、そもそもソルガから逃げるのも難しい。
加えて、上からサキュラが面白そうにこちらを見ている。
逃げるのは難しい。
勝つのも難しい。
ペタは詰んでいる。
「......」
詰んでいる。間違いない。
だが、ペタはそれを危機とは思わなかった。
いや、思ってはいたのだろう。
戦えば死ぬし、逃げられもしない。
だがそんな彼に、戦意が湧いた。
普段なら、絶望してうずくまりでもしただろう。
そのまま泣いて、無抵抗で、体の傷だけはみるみる治るから、無駄に多く痛みを伴って。
なのに。
それなのに。
そうだというのに。
ペタに戦う意思が芽生えた。
何がペタをそうさせたのかは分からない。
ソルガへの積年の恨みか。
魔術を扱えないという冤罪か。
あるいは、アルタたちと出会って何か変わったか。
「おいソルガ! そんな軟弱者さっさと殺しちまえー!」
「ならん」
観客の1人が飛ばした、軽いひと言。
それは、サキュラのひと声で、一瞬にして鎮火された。
闘技場内に、一瞬寒気が満ちた。
「ソルガ」
「はっ、はい!」
「あんまり一瞬で終わってしまってはつまらん。
すぐに殺すでないぞ?」
「はっ。承知致しました」
静まった舞台の上に、ペタの冷や汗が垂れ落ちる。
唇を噛みしめ、視線はソルガから離さない。
間合いをはかり、警戒を続け―――
「やぁぁぁああ!!」
否。彼は戦い慣れていなかった。
戦う意思はあれど、感情の昂っていない通常時のペタなど、さしたるものではなかった。
「オラッ」
「おぐふっ!」
なぶり殺し。
今この状況で、最も適した言葉であった。