第73話 開催
民がせっせと働く都を、半壊した都を見る者が1人いる。
中央の城に陣どり、適当な悪魔に目を留める。
一定間隔で見る悪魔を変えて、変えて、飽きたらまた変える。
憤怒級、サキュラ。
「もうそろそろ、あの者共を捕らえてから2ヶ月か」
バルコニーの手刷りに座り、足を組んで呟く。
アルタとシュゼを捕らえてから2ヶ月。
その間、都の復興に心血を注いでいた。
プスコフとの戦闘で半壊し、そこら中に瓦礫が散乱した都。
民を酷使し、2ヶ月で大体の場所は元通りとなった。
民にとっては、かなりの重労働だったであろう。
急所をやられない限り死なないとはいえ、身を削る思いだった。
が、そんなのはサキュラの知るところではない。
「プスコフの脅威は消えたしの、しばらく安泰じゃろ」
プスコフの脅威。
サキュラは、プスコフをなめていた。
簡単に倒せると思っていた。
2ヶ月前の戦闘で、大打撃を受けるまで。
界鏡をめぐる憤怒級の戦い。
元より手傷なしでいけるとは思っていなかったが、想定以上だったのだ。
だが、収穫はあった。
大きな収穫が。
「そろそろ、天世界へ渡る者を決めるかの」
手刷りから降り、ゆったりとした足どりで中へ戻っていった。
▶▷▶▷▶▷
都に滞在する悪魔たち。
そのほとんどが、己の闘志を燃やした。
サキュラの宣言があった。
催しは3日後に行う、と。
そしてその3日間は、すぐに過ぎた。
当日。
サキュラの選んだ出場者たちが、闘技場へ集まる。
ペタもまた、闘技場へ来ていた。
しかし、彼は出場者ではない。
「......」
歩幅の狭い足どりで、ペタは闘技場を歩く。
身を縮こまらせ、観客席に入る。
「俺選ばれなかったわ」
「あいつが選ばれるのかよ」
「サキュラ様のご選択なら仕方ない」
「でもよ―――」
談笑する悪魔たちの間を練り歩き、奥の席へ向かう。
すれ違うたび、その視線が怖くなる。
この闘技場の観客席には、数多の悪魔が集まっている。
そのほとんどは、サキュラに"候補"として選ばれなかった者たちだ。
「んしょ」
観客席の隅の方に空きを見つけ、座る。
ペタの頭は、まだ下を向いている。
(アルタさんたち、どこに行っちゃったんだろ......)
2ヶ月前、ペタはこの都へ初めて来た。
かつて思い描いていた状況とは少し違ったが、確かに来た。
が、問題はその後起きた。
アルタとシュゼと、はぐれてしまったのだ。
ペタの認識では、ペタはあまり強い悪魔ではなかった。
実際、その通りだ。
今は。
アルタたちとはぐれた後、ペタは彷徨った。
初めて来た都に、多少の喜びを感じつつも、心の大半は不安であった。
怖かった。
周りの悪魔たちは、ピクリとも動かずに、都の中央の柱《城》を見ていた。
まばたきの1つもせずに眺め続ける様は、猟奇的であった。
もっとも、それは眼球がある悪魔の話だが。
だが眼球のない悪魔も、他の者と変わらない方向を見ていた。
都に狂気が満ちていた。
いてもたってもいられなくなり、ペタは元いた場所へ戻った。
その直後から、悪魔たちは次々と動き出した。
これもまた、狂気に満ちていた。
生気の感じ取れない悪魔たちが、無言で作業を始めたのだ。
半壊した都を、修復するように。
そんな日々が2ヶ月続いた。
黙々と作業をする悪魔たち。
その不気味な風景から逃げるように。
かつて洞窟に籠ったように。
ペタは都の端で縮こまっていた。
それからだ。
3日前、悪魔たちは普通になった。
まるで普通だった。
最初から何もなかったようだった。
自我を持ち、意思の通りに動いていた。
この3日間は、狂気は感じられなかった。
代わりに、闘志があった。
サキュラより通達を受けた12名の出場者は、さらなる闘志を燃やした。
そして、今に至る。
(アルタさんたち、ここに来たら会えると思ったけど......)
見渡す限り、その姿はない。
当然だ。彼らは今、牢屋の中。
ペタには知る由もないが。
「よお、ペタ。久しぶりだなぁ?」
ある男が、ペタに声をかけた。
旧友でも見つけたような態度で、ペタの細い肩に手を置いた。
尖った歯を覗かせて、ニタニタと笑う。
「......」
対するペタは、今にも逃げ出したそうだ。
だが、動けていない。
男の手に抑えられている。
「おいおいそんな顔すんなよ。俺は嬉しいんだぜ? 久しぶりに"友達"と会えたんだからなぁ」
「......」
ペタは黙ったままだ。
無視をしている訳ではない。
この男―――ソルガに、怯えの感情を抱いていた。
手が震えている。
敵意はあるが、やはり怯えより少ない。
「......もう、関わらないで」
絞り出すような声で、ペタは言った。
やっと言えた。
そう思い心の中で喜ぶが、一瞬にしてそれは砕け散る。
ソルガがこんなことで手を引く奴ではないことはよく知っている。
「んな寂しいこと言うなよ。喜べ。俺はサキュラ様に、英雄の候補として選ばれたのさ」
ソルガは張り切っている。
自分が、英雄になれるのだから。
「やーしかし、お前が都にな来るなんてなぁ。ま、一応魔術は使えるし、来れはすんのか」
ペタの震える肩に置かれた手は、まだどきそうもない。
「や......」
「あん?」
「やめてよ!」
ペタの腕が、大きく振りかぶられる。
10年前の苦痛が蘇り、それがペタに勇気を与えた。
ソルガは攻撃を食らい、よろける。
元よりペタが攻撃を選ぶとは思っていなかった故、油断していた。
そしてさらに。
「ぶッ!」
ソルガの腕が、彼の頬を叩いた。
(は?)
ソルガの心に困惑の念が湧き、目がペタを睨む。
「......そうかぁ」
ソルガはそれだけ言い残し、場を去った。
1つ不安があるとするならば、彼の表情からは先程のニタニタとした笑みがなかったことか。
▶▷▶▷▶▷
かれこれ、1時間ほど経っただろうか。
偉業を為す者が決まるこの時を、皆が待ちわびていた。
主がいらした。
「皆の者。よくぞ集まってくれた」
サキュラは闘技場の最も高い、最高位の席に座り、民を見下ろして言い放った。
「さて。今宵、貴殿らは刮目するであろう。名誉を、偉業を勝ち取る者の、その業を」
闘技場全体を、サキュラの声のみが支配する。
「そして、貴様らに伝えることがあるのじゃ」
先程とは少し違った、玩具を手に入れた子供のような雰囲気が放たれる。
「界鏡が忌々しきザーナではなく、妾の元にある。それはつまり、この魔裏界に天使が迷い込んだということ」
サキュラの口がニヤリと笑う。
「その天使が、妾の手中にあると言ったら、どうじゃ?」
悪魔たちがざわめく。
やはり我らが主は流石である、と。
すべての悪魔がそう思った。
しかし、出場者である悪魔たちには、それと同時に不安があった。
天世界へ赴くという話はなかった事になるのではないか、と。
だがその不安はすぐに飛ぶ。
「その天使は我ら悪魔とは違う弱き身でありながら、相当な力を有する。妾の傀儡として使えるであろう」
サキュラの眼が、出場する悪魔たちに向けられる。
赤い瞳の、輝く眼。
「じゃが、貴様らの中から英雄が生まれることに変わりはない。元より天使は肉壁、捨て駒として確保したい。
強いて言えばそうじゃな。多少頑丈な奴を連れて来れば、妾の隣に立つことも許してやろう」
1秒の静寂。
2秒の静寂。
3秒の静寂。
出場する悪魔たちは、跪き、視界からサキュラを消した。
感銘に、涙する者さえいた。
「「我らは、貴女様の御心のままに」」
「うむ。では、相対する者は舞台へ上がるがよい」
偉業為す、都の英雄が決まる戦いが今、
始まる。




