第72話 獄中
「そこで大人しくしてな」
そう言って悪魔は去っていく。
連れてこられた場所は、都のさらに地下だった。
サキュラの城の地下、その牢獄。
松明が岩肌を照らし、茶色い壁に囲まれた通路。
そこを越えた先にある牢屋。
他の岩肌とも違う、人工物らしき黒い壁が、牢屋と通路の境だった。
「チッ......」
シュゼが舌打ちを溢す。
この牢屋は暗い。
黒い壁には窓がついてはいるものの、腕の1本通らないほど小さい。
後ろに手を縛られている今、腕が通るか試すことすらできないが。
だからとにかく、外の松明の光はほとんど入らない。
「アルタ、お前何考えてんだ悪魔に付き従うなんて」
「それもそうだけど、あそこで断っても殺されただけだろ?」
「そうだがよ......くそっ」
明らかに不機嫌だ。
そりゃそうだ。
シュゼにとって、悪魔は殺害対象。
ヌィンダの仇を筆頭に、その殺意は悪魔という生物そのものへ広がっている。
一時的とはいえ、屈するのは屈辱だろう。
もっとも、俺だっていい気はしない。
「あ。そういえば、ペタはどうしたんだろ」
今更気づいた。
そうだペタがいない。
いつの間にいなくなっていた。
「知らねーよ。初めての都を、楽しく散策でもしてんじゃねーか?」
突き放すような口調だった。
だがそれは一旦さておき。
ペタは今、捕まっていない。
この都を自由に動けている。
となれば、もしかしたら状況を打破する糸口になるかもしれない。
「―――て、思うんだけど、どうだ?」
壁にもたれ掛かってあぐらで鎮座するシュゼに考えを伝えた。
「ねーだろ。アイツは悪魔だぞ? オレらがいなくなったら適当にどっか行くに決まってら」
だがシュゼの言うことも否定できない。
悪魔は敵である存在だ。
ペタは仲間ではなく、利用対象。
そのくらいの方が、いざという時気持ちに歯止めが掛からないか。
「はぁ......」
どうしたものか。
▶▷▶▷▶▷
2ヶ月が経った。
まだ生きている。
投獄された後、サキュラが来た。
色々話されたり聞かれたりしたが、要するに
「天使は食べて生きていたのか」ということだった。
魔裏界は悪魔の世界。
悪魔は水以外食事を必要としない。
天使である俺たちを生かすために、食料を持ってきてやろうとのことだ。
いやーありがたいなー、ったく。
俺はあの実のことを伝えた。
魔裏界に来て、彷徨っているうちに偶然食べられる物を見つけた、という体にして。
ラノンサたちのことは言っていない。
「ほらよ、今日の分だ。物好き共」
だからこうして、毎日一定量の実が窓から投げ込まれる。
一応配下の悪魔には、俺たちは木の実を食いたがる物好きとして伝わっているらしい。
「むぐっ......ごっ......」
この2ヶ月、ずっとここに監禁されている。
手も、一切の自由もなく縛られたままだ。
だから放り込まれた木の実を、こうやって這いつくばって犬食いするしかない。
はっきり言って惨めだ。
「おいお前ら。早くこっち来い。水だ」
悪魔に呼ばれた。
そうだったそうだった。
悪魔は、生きるのに水を飲む必要がある。
天使もまた、水が必要だ。
だからこの横に細長い窓から、水を流される。
「「ごくっ、ごくっ、ごくっ」」
残念なことに、悪魔は無慈悲だ。
2人分別々で丁寧にはくれない。
1度流したら、それでその回の分は終わりだ。
だからシュゼと一緒に飲むしかない。
......っと、今回の分は終わってしまった。
今回はシュゼの方が少し多く飲んでいたかな。
悪魔はすぐに去っていった。
「アルタ」
ふとシュゼが呟いた。
低い声だった。
「全然出られる気配ねーぞ」
「......」
ペタが今、どこで何をしているのかは分からない。
もしかしたらシュゼの言う通り、本当にどこかへ行ってしまったのかもしれない。
サキュラも、あの日以降一切顔を見せていない。
いわく戦力として俺たちを生かしているようだが、そもそも出番がない。
いつか切り捨てられる可能性は高い。
天世界へ出向く者を決める催しは、もう開催されたのだろうか。
開催されたのなら、もう誰かが天世界で天使を乱獲してるのだろうか。
ここは天世界で言うと、バンダリー鉱山にあたる。
大陸上でウドレストと対極の位置とはいえ、ミーヴたちが心配ではある。
もし、ミーヴたちが拐われて、肉壁にされようものなら......
......考えるのはよそう。
こんなこと考えて何になる。
悪魔はウドレスト領には来ない。
そもそも、催しは開催されていない。
そんな、希望的観測をしておこう。
だが一応根拠はある。
ここに来たとき、都は凄まじい被害を受けていた。
修理するのに時間も掛かるだろう。
だから今は、都の復興中だと思おう。
「......出られる気配、ないな」
俺がそう言った途端、シュゼの怒気が強まった。
「あ!? お前が閉じ込められるのを選んだんだろうが! 腹に強欲級入ったときのことは感謝してっけどよ、今回はお前のせいだろ!」
......もしかしたら、あの時シュゼが俺に決定を委ねていると思ったのは勘違いだったのかもしれない。
そう思ったのは俺だけで、本当はあの場でサキュラを何とかするつもりだったのかもしれない。
シュゼは諦めていなかったのかもしれない。
「落ち着け、今ここで喧嘩しても無意味だ。今はとにかく―――」
「何だよ! 何ができるってんだよ!」
この2ヶ月で、脱出できないか何度も試した。
壁を壊せないかどうか。
ダメだった。
かなり固い素材な上、縛られた今の状況では力も上手く入らなかった。
地面を掘れないか。
無理だった。
そもそも地下で、そのさらに下の場所だ。
これもかなり固かった。
正直、脱出のめどは立っていない。
そもそも、ひとまず生き延びるために投獄を選んだのだ。
何も策はなかった。
あの時シュゼは、何かタイミングを伺っていた。
それに気づいて、従っていればよかった。
「ごめん、シュゼ。俺のせいだ」
「ッ......! ふーっ」
シュゼは1度足を後ろへ引いて俺を蹴ろうとしたが、すぐにやめた。
頭では分かっているのか。
あるいは、怒りを通り越して呆れたか。
「くそっ!」
シュゼの足が振るわれ、黒い壁にぶつかった。
固い壁はゴンと音を立て......なかった。
「あ?」
シュゼが蹴ったところに、穴が開いていた。
その穴の中央に、宝石が浮いていた。
白い色石、怠惰級の悪魔......
そう思っているうちに、穴はすぐに塞がってしまった。
この壁は悪魔だったのか?
今まで、蹴ってもびくともしなかった。
なのになんで、今になって......
そうか、色石か。
穴の中央に色石が浮いていた。
恐らく普段は硬化して、壁の役割を担っている。
調教でもされたのか、なんなのか。
で、色石は壁の中に、普段は隠している。
シュゼが丁度、色石を隠している部分を蹴ったから、ダメージが入った。
ダメージが入ったから、穴が開いた。
この悪魔の急所が色石だった場合、それで納得がいく。
俺たちは今まで、あまり壁の下の方は攻撃していなかった。
だから気づけなかった。
「シュゼ、もう1回蹴ってみてくれ」
「分かって―――るッ!」
さっきと同じ場所に、シュゼの蹴りがあたった。
が、何も起きなかった。
ゴン、と固い音が鳴っただけだ。
色石の位置は変えられるのか。
「......」
だが。
「アルタ」
「あぁ」
脱出の糸口は見えた。
シュゼの放つ雰囲気が、明るくなった。




