第71話 連行
最後の段を上った。
目に見えたのは、そこら中ボロボロの部屋。
壁は所々崩壊、家ほどの穴も開いている。
瓦礫も散乱し、転がっている。
そして、玉座のような物が奥にあった。
とりあえず、ここに界鏡があると考えて良さそ―――
「ふう。全く酷い目に遭ったわ」
瓦礫を押し退けて、誰か出てきた。
ロールに巻かれた薄紫の髪に、真っ赤な目の女。
抉れた頬を再生させていた。
こっちを見てもいない。
腕を組んで、穴の先を見ている。
「都も直さねばなるまいし、彼奴め、よくもまぁやってくれたものよ」
色石は黒色。憤怒級だ。
間違いない、コイツがサキュラ。
「さて」
サキュラの視線がバッとこちらを向いた。
それと同時に気配を感じた頃には遅かった。
背後に数体の怠惰級がいた。
腕と足を掴まれた。
腕を左右1人ずつがっちり掴んでいる。
足も、踏みつけられて押さえられている。
膝をつく形で、拘束された。
こいつら、さっきまで立ち尽くしていた奴らか。
「そのまま捕んでおれ」
サキュラが1歩ずつ近づいてきた。
「ふっ......ぐっ」
拘束が解けない。
シュゼも視界の端でもがいているようだが、解けていない。
取引した悪魔もそうだった。
他より力が強い。
「のう。貴様ら」
サキュラが目の前まで迫っていた。
「天使じゃろ?」
一段と冷たい声音に、思わず背筋が震えた。
気付かれたのか?
なんで?
いつ?
いや、理由なんてどうでもいい。
打開策を―――
「妾の魔術が通じぬ上、怠惰級とは思えぬ強さ。加えて、4ヶ月前に天使が魔裏界へ迷い混んでおる。それは貴様らじゃろう?」
「離せッ!」
シュゼが叫んだ。
声が若干震えているように感じる。
動揺しているのだろうか。
サキュラの目がそっちを向く。
「そちの返答は期待できんの」
そしてまた俺の方を見る。
「天使じゃな?」
「......違う」
否定した。
否定しないといけなかった。
認めたらおしまいだ。
「まぁよい。認めようが否が、妾は貴様らを天使とみる」
何とか拘束を解かないと......
頭は掴まれていない。
頭突きで、隙を作れないか。
「都が分かったあたり、妾の民に尋問でもしたんじゃろ。ならば、妾の天使を拐う計画は知っておろう」
ダメだ、届かない。
本当にまずい。
手は目の前に迫っている。
心臓も、鳩尾も、あらゆる急所がさらけ出されている。
簡単に殺されるッ......!
「......ふむ」
サキュラの手が、ゆっくりと動く。
動いて、俺の首を握る。
ぐあっ......
まずい。
死ぬ......!
「―――じゃがな」
手が離された。
「貴様らには利用価値があると思った」
生かされた......?
「魔術が効かずとも、戦力として使えんこともない」
俺たちを、戦力として利用する?
それで何をさせる気だろうか。
「ざけんなッ! テメェに従う訳ねーだろうが!」
シュゼが叫ぶように言い放ち、サキュラの視線がギロリと移る。
その目には、不快感のようなものが伺える。
「ちと、うるさいのう」
次の瞬間、サキュラの足が動いた。
一瞬でシュゼのがら空きの腹にめり込む。
「おぐふっ!」
「黙っておれ。妾は今、こやつと話をしておる」
そして、不気味な甘みを纏う視線が俺に向き直る。
「のう、妾の力となれ。安心せい、その者共に、この話は聞こえておらん」
そこで、言葉は途切れた。
俺はうつ向く。
頭上から、サキュラの視線が突き刺さる。
シュゼは黙っている。
隣からヒシヒシと殺気が伝わってくるが、行動に移してはいない。
俺に決定を委ねている。
......と言っても、結論はもう出ている。
「分かった。その話、受けてやる。だが―――」
「分かっておるとも。忠誠など端から期待しておらんよ。抗いたくば、やってみるが良い」
断ったら、今ここで殺されるだけだ。
生き延びて、反撃の機会を伺う。
大丈夫。
生きてさえいれば、何とでもなる。
「さて。おい、主ら」
「ハッ」
俺たちを拘束している悪魔たちの返事だった。
「この者らは、妾を殺そうとした反逆者じゃ」
「では始末致しますか?」
何事もなかったように、悪魔は会話している。
意識がなかったという自覚すらないのか。
何も違和感を持っていない。
「いや、妾の都合により生かすこととした。ひとまず牢へ入れておけ」
「ハッ」
その後、すぐに両腕が後ろで縛られた。
シュゼの剣も没収され、どこかへ持っていかれる。
連れていかれる途中、サキュラのニヤリとした笑顔が印象的だった。