第69話 本当の虐殺者
アルタを掴むツタ。
その力は徐々に大きさを増し、着実に千切れる時が近づいていく。
「あ、アガ......」
一閃が飛ぶ。
アルタはツタに離され、その身を地面に落とす。
金髪に青い瞳の天使、シュゼの仕業であった。
口に青らしい捻れた形の草、攻魔草を咥え、剣を振るったのだ。
落下寸前、シュゼはアルタをキャッチ。
直後、頭上から降る枝。
前転により回避。シュゼはアルタを降ろす。
「悪い」
「いや、死ぬ前で良かった」
シュゼは加えた攻魔草を飲み込む。
咀嚼する余裕はないと判断した。
胃の中の強欲級が、消滅していく。
掛かった呪いが解けてゆく。
(あの金髪......)
斬られたツタを一瞥し、ペタは考える。
(戻ってきたのか......少し厄介だ)
赤髪の方は打撃や蹴りで戦っている。
殺傷能力は薄い。
だが、金髪の方は剣を持っている。
ツタが斬られるのは想像がつく。
赤髪と違って、まだあまり戦っていない。
(枝やツタはぼくの体じゃない。再生はできない)
「にしても、何だよあれ。首が......枝に付いてんのか?」
「シュゼ、あの悪魔の急所は多分心臓だ」
どの程度の力を持っているか、まだ未知数だ。
場合によっては、枝も簡単に斬られる可能性がある。
(まず金髪を殺す)
ペタの思考はクリアである。
感情の起伏、その波は一定値を越え、冷静の域に達していた。
(でも何だ、この違和感)
ペタの周囲から枝が伸びる。
枝の牙は地中、空中を舞う。
「来るぞッ!」
もし。
もしも戦場がここではなかったら。
攻魔草など無い、標高の低い場所であれば、アルタたちはすぐに負けていたであろう。
魔癒流転術は生命に限界以上の力を与えることに等しい。
悪魔ということか生命のいない、植物しかないこの場所であったから、ペタの手数はここまで絞られていた。
大量の無知性怠惰級が限界以上の力を持ち、アルタたちへ牙を向けば、結果の想像は容易だろう。
枝は重なり、強度を増す。
強化された一撃は、2人に防御の隙を与えずに肉を叩く。
「がふっ!」
(重―――)
体は飛び、彼らの背丈より遥かに大きな土煙を立てる。
轟音と共に地面を削り、その一部は血がへばり付いている。
(見つけた)
ペタの首は地に潜り、倒れるシュゼの前に姿を現す。
シュゼの体は動かない。
ツタが四肢をその場に縛り付け、上から枝を被せている。
「チッ......んぎっ......!」
抜こうとするが、びくともしない。
それで得られるものは、傷の増える自らの腕のみである。
「案外簡単だった。死ね」
一際鋭く、一際尖った枝が、ペタの首の背後から迫る。
先端がシュゼの首へ向けられる。
(首を跳ねて、胴体から再生したら心臓が急所。頭から再生したら脳が急所)
枝の牙が走る。
(!)
そこで、ペタの目が見開かれる。
そこら中に生えた、元の姿からかけ離れた植物が消えていく。
首と繋がった枝も消え、首が地面にボトっと落ちる。
シュゼは唖然とすれど、すぐに意識を取り戻す。
(よく分かんねーけど、チャンスだ)
シュゼは、消えかかった枝の球体へ向けて走り出す。
その中には、この悪魔の胴体、心臓がある。
ペタの赤い目に映るモノ。
視界の中央に、先程までシュゼがいたところの、さらに奥に。
あの花があった。
生まれてから最初に見た、心を掴んだ美しい花。
この世に1つしかないはずだった、あの花。
▶▷▶▷▶▷
ペタの魔術は、彼の感情によって能力が左右される。
ペタとて、感情が昂ったのは今回が初めてではなかった。
洞窟に篭り、孤独を受け入れた頃から、常に感情は微かな昂りを見せていた。
ペタは、この花が他にないか探していた。
探す度、あの1輪に価値を見出だしていった。
この世に1輪しかないと思っていたから。
しかし、違ったのだ。
この花は本来いくつも咲いていた。
己の魔術で、あの美しい姿とは似ても似つかない、異形に変えていた。
無意識のうちに。
花へ意識を向けていたが故に。
自分が大切にしていた花。
それを殺していたのは、紛れもなく自分であった。
大切にしたかったこの花。
たくさん生えていたこの花。
洞窟で大切にしていた花の、その家族。
家族を虐殺していたのは、自分だった。
それに気づいたとき―――
「ひっく、ひっく......うわぁぁん!!」
ペタは泣いた。
▶▷▶▷▶▷
―アルタ―
「待ってくれ、シュゼ」
「あん?」
俺は悪魔の心臓を刺そうとするシュゼを止めた。
悪魔の様子がおかしい。
途端に殺気も殺意も、ツタも枝も全部消えた。
「なんで止めんだよ。今なら殺すチャンスだろ」
「それはそうだけど、でもおかしいだろ。急に泣き出して、攻撃が全部止んだなんて」
「作戦かもしんねーだろ!」
作戦か。
確かにその可能性はある。
だが、どうも引っ掛かる。
本当に、この悪魔の作戦か?
考えていると、悪魔の胴体から、首が生えてきた。
そのまま起き上がり、俺たちの方に向かって膝をつき、四つん這いになった。
「ごめんなさい......ひっく」
突然の謝罪。
しばらく訳が分からなかった。
が、唖然とする俺を尻目に、シュゼは彼の心臓に剣を突き立てようとした。
俺は慌ててそれを押さえる。
「何すんだよッ、早いとこした方がいい! お前も見たろ、前に騙し打ちしてきた奴!」
「そうだけど! そうだけど一旦話は聞いてみよう! 前とは事情も違いそうだ!」
暴れるシュゼを何とか押さえて、説得する。
「......分かったよ。ただし、オレがおかしいと思ったらすぐに叩き斬るからな」
「あぁ」
俺と違って、シュゼは悪魔に殺意を抱いている。加えてこの前、群れの長に騙し打ちをされた。
疑い深くなっている。
普通それでいいのだが、今回は俺にも非がある。
せめて、話だけでも聞こう。
「いいか?」
「ぐすっ......はい」
それから、話を聞いた。
▶▷▶▷▶▷
「―――花を殺していたのは、ぼくだったんです」
彼の話は終わった。
どうやら、大切にしていた花と同種の花を見つけて、攻撃が止んだらしい。
というか、あの花だったのか。
実は、あの洞窟に入る前、同じ花を1度見ていた。
攻魔草を探していたとき、茂みを掻き分けたときに、見つけたのだ。
その時は『魔裏界にこんなものあるのかー』くらいにしか思わなかったが、彼の大切な物だった。
「自分のせいのくせに、あなたを殺そうとしてごめんなさい」
「いや、それなら俺だって悪かった」
そうとも。
あの花は、彼の大切な物だったんだ。
この世に1輪だろうが、何輪あろうが、俺が洞窟の花を潰したことに変わりはない。
「大切に育てていたんだろう? それを潰したのは俺だ。俺こそごめん」
俺がそう言うと、彼はもの悲しそうな表情をした。
したが、怒りや殺意は見受けられない。
さっきまでとは真逆の性格だ。
「おいアルタ。もういいか?」
「ちょ、おいおい。何も怪しいことなんてしてなかっただろ」
「ちげーよ。そろそろ行こうぜって言ってんの。その界鏡が運ばれるってとこ」
「あぁ、そういうことか。ただ......」
結構手傷を負ったよな......
話を聞いてる途中に止血はしたが、痛む。
「......そういえばお2人は、どうして再生しないんですか?」
彼が思い出したように聞いてきた。
あ、まずい。
彼の視点だと、俺たちは悪魔だ。
だが魔力はゼロ。どう思われるやら......
「もしかして、魔力切れですか?」
「あ、あぁ! そうそう。魔力切れして......」
彼はさらに申し訳なさそうにした。
「ごめんなさい。ぼくのせいで、そんなことまで......」
それから恐る恐るとおった様子で呟いた。
「でも、それならぼくが代わりに治せます」
「え?」
彼が俺とシュゼに手を向けてきた。
シュゼは一瞬身構えたが、すぐに殺意が無いことを悟ったようだ。
「......!」
体の傷がみるみる治っていく。
背中、腕、足。
数秒経つ間に完治してしまった。
深めの傷だったから、この先大変になると思っていたのだが。
「やった。始めて魔術が役に立った......!」
彼が嬉しそうな顔をする。
続いて、
「あの......」
と恐る恐るといった様子で口を開いた。
「宜しければ、ぼくをお2人に御供させてください。殺そうとした事の謝罪と、自分の過ちに気づかせてくれたことの感謝として」
そう言って頭を下げてきた。
本当に、これがさっきまで戦っていた悪魔なのだろうか。
そう思う。
それはそれとして。
御供か。
いいな。
回復役が手に入るのなら、それはありがたい限りだ。
できるだけ傷を負わないようにはするが、それでも限界はある。
事実、今回の戦闘では傷をよく負った。
もし彼を殺していたら、この傷に苦痛を感じながら旅を続けることになった。
それが、彼がいれば回復できる。
願ってもないことだ。
常に悪魔がそばにいるのはデメリットかもしれないが、回復できるメリットの方が大きいだろう。
断ることはない。
「あぁ、分かった。一緒に来てくれ」
「......! ありがとうございますっ!」
「シュゼも、それでいいよな」
「......おう」
シュゼの表情は、若干優れない。
だが、俺と同じように考えたのだろう。
渋々とはいえ、了承してくれた。
こうして、俺たちに回復の手立てができた。
▶▷▶▷▶▷
「あ、そういえば名前は?」
「あ、はい。ペタです」
「ペタか、よろしくな。俺はアルタ。こっちが―――」
「シュゼ」