第68話 魔術
アルタとシュゼがペタと戦っていた頃、
憤怒級の戯れが起きていた。
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サキュラの都には、数多くの怠惰級が住んでいる。
皆、サキュラの、忠実な、下僕だ。
プスコフが来たときの爆発音は都中に轟き、彼らの注意を引いた。
「早くワタシシに界鏡を渡しなさい」
「断る。妾の目的を知った以上、生かしては返さんぞ?」
サキュラの視線が鋭利となり、プスコフを貫く。
昂る魔力に当てられた岩が、パラパラと欠け落ち、両者の間合いに降る。
そして今。
何事かと集まってきた怠惰級たちの様子が豹変し、プスコフへ飛びかかる。
「ふん、このような者共......」
瞬時、プスコフの手が素早く動く。
飛び掛かる怠惰級を上回る速度。
それらは彼らの臓物を貫き、風穴を開ける。
それでも、悪魔たちの目から戦意は潰えていない。
君主たるサキュラの敵を見て、闘志は膨れ上がる。
「ほう、見上げた忠誠心ですね」
驚きこそすれど、だから何だという様子のプスコフ。
この1秒後、そこには返り血に染まるプスコフが、眉ひとつ動かさず立っていた。
「もう1度言いましょう。界鏡を渡しなさい。頭の足りない貴女が持って良い代物ではありません」
「チッ、断ると言っておろう!」
サキュラは高らかに叫び、翼を顕現。
そして後方へ飛行。
戦場は既に城の外まで広がっていた。
(妾の民の多くが催しのために都へ来ておるな)
下を見下ろし、サキュラは考える。
視界には、自身を崇める悪魔共がいる。
(民を捨て駒にはしたくないが、仕方あるまい)
そして、プスコフを指して、都中にその声が響く。
「妾の民よ! あのくせ者を殺せ!」
命令が飛んだ後、サキュラの口がニヤリと歪む。
(奴の魔術は知らんが、恐らくは身体能力を向上させるタイプの物。妾の魔術なら突破は容易じゃ)
悪魔共は飛びかかる。
先程とは比にならない数の、軍勢が城を、柱を登る。
我先へと、狂ったように登り行く。
自分の上を登る者を蹴落とし、確実にプスコフとの距離を縮める。
「......少し数が多いですね」
わざわざ殺すのも面倒。
そう判断し、プスコフは己の翼を顕現。
悪魔共が這い上がる瞬間、サキュラと同じ高さまで飛び上がった。
「貴女の魔術、大方予想がつきましたよ。こうすれば、もう効力は充分に発揮でませんね」
「......」
「さあ、界鏡を渡しなさい。直接戦闘ならワタシシの方が有利です。早くした方が身のためですよ」
「......くふっ」
「ん?」
サキュラの突然の笑いに、プスコフは疑問符を浮かべる。
その時であった。
(これは―――)
届かぬはずの距離を、1体の怠惰級が跳躍で縮めた。
(何でしょう、これは。力が増していますね)
怠惰級の罪級に余るパワー。
プスコフにとって想定外のこの状況。
心に焦りが走り、空中で姿勢が崩れ―――
突如サキュラの視界に写った光景。
束の間に民が払われ、己の胴体が見えた。
僅かに見えた、己の胴体の奥では、落ちていく色石と、その中央に位置する、手に黒い液の掛かったプスコフ。
サキュラの頭と胴が飛び、洞窟の壁に叩きつけられていた。
「んぐっ......」
(何じゃ今のは?)
心の中で、驚愕をこぼす。
プスコフは、想定していたものよりも強かった。
(じゃがあれほどの攻撃、魔力の消費もさぞ辛かろう。そう何度も繰り出せはせん)
腕を伸ばし、首を取る。
胴体と合わせ、再生しながら考えた。
界鏡をめぐる憤怒級。
その戯れは続く。
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―アルタ―
「ハァ、ハァ」
まずい。
この悪魔、明らかに今までの奴より強い。
この、周囲の植物を操る力が厄介だ。
恐らくこれが奴の魔術。
今は何とか隠れているが、見つかるのは時間の問題だ。
もはや怠惰級の域にないんじゃなかろうかと、そう思う。
いやしかし、どうすればいい。
シュゼの体力は、もうすぐ無くなる。
攻魔草を食べさせた上で、体力を回復させないといけない。
だがそうするには奴の魔術は厄介すぎる。
どの程度操れるのかは分からない。
ツタで自分を掴んで高速移動していた。
枝を振るったり伸ばしたりして、攻撃をしてきた。
だが最初は、枝は使っていなかった。
その前後で、何か違いはなかったか?
枝が使えるようになる条件があるかもしれない。
その条件を満たさないようにできれば、戦力を削げる。
「アルタ」
シュゼが話しかけてきた。
「何だ」
「1つ考えがある」
考え?
「言ってくれ」
「攻魔草はオレが自力で探す。その間の時間稼ぎを、お前がやれ」
それはつまり、俺1人であれを相手するということか。
「......分かった」
奴の狙いは俺だ。
一緒に逃げた場合、2人まとめてやられるかもしれない。
「安心しろ、オレん中の悪魔ぶっ殺したら、すぐ加勢してやる」
「分かった」
▶▷▶▷▶▷
俺は悪魔の前に飛び出した。
「っ! ノコノコ出てきた。殺してやる!」
左右から同時に枝の鞭。
上に回避......いや、さっきの攻防からして、空中にいる時間はなるべく減らしたい。
ならば俺は―――
「なっ!」
下をくぐって、枝に掴まる。
振り回されるが何とか食らい付く。
乗り、その上を走る。
この枝は1本の木から伸びている。
周りの枝も、どこかしらの木から出ている。
恐らく、無から枝やツタを無から生成してる訳じゃない。
元々ある物を変化させている。
......だとすれば、戦場か山の中なのは最悪だな。
荒れ狂う枝を転々とし、着実に近づいていく。
魂気は足に集中。
この勢いで、まずは首を蹴り飛ばす!
「はぁっ!」
グキャッ!
首が折れる音。
悪魔の首は飛び、中に浮く。
よし、ひとまずこれで―――
空中に位置する悪魔の目が、ハッキリこちらを向いた。
赤い眼が、さらに赤くなっている。
血走っている。
そして直後、地面から枝が伸びてきた。
いや、木の根か。
根は首へ向けて伸び、繋がった。
うねうねと蠢き、ミミズのような挙動をしている。
血眼が、確かに俺に殺意を訴えている。
だがとにかく、コイツはまだ死んでいない。
急所が首じゃないことは分かった。
次は脳を―――
「!」
脳を狙うため、踏み込んだとき、背後で音がした。
振り向くと、枝が球を形成していた。
その中には、奴の胴体がある。
さらに枝で囲んだ後、ツタが隙間を埋めるように配置された。
執拗に胴体を守っている。察するに、急所は心臓か。
「おごっ!」
が、それが分かったところでどうする。
ツタの速度がさらに増している。
次から次へと、上や下から襲ってくる。
あの球から遠ざけられていく。
近づけない。
シュゼはまだか。1人では倒せない。
相手の手数が多すぎる!
ツタの猛攻。
ギリギリ捌いている......いや、捌き切れていない。
傷がどんどん増えていく。
殺されるのも時間の問題だ。
早く抜け出さないと......
「ぎっ!」
ダメだ。
防御から意識を外した瞬間に死ぬ。
その時だった。
捌き切れなかったツタの1歩が、俺の腕に巻き付いた。
防御手段を1つ失い、次々と四肢を掴まれた。
「ぐぎィっ!」
ツタの引く力が強まっている。
皮膚が、肉が、少しずつ伸びていく感覚。
背筋を伝うおぞましい寒気。
汗が噴き出す。
引き裂かれる。
悪魔の首付きの枝が伸び、俺の顔の前まで来た。
「ねぇ、どうだった?」
声色は静かだ。
さっきとはまるで違う、激しく揺れ動かない怒り。
その赤い眼が見開かれ、俺の目が合う。
「花を踏んだとき、どう思った?」
「ぼくの花」
「ぼくの大好きだったあの花」
「ねぇ」 「ずっとずっと大切にしてたのに」
「お前が殺した」
「お前が踏みにじった」
「ねぇ」
「答えが聞けるまで、四肢を1つずつもぎ取るから」
「ぐぁあっ!」
左腕が......っ。
どんどん力が強くなっていく。
痛い痛い痛い。
引き抜かれる。
魂気を総動員しろ。
魂気で、引き抜かせないようにして、何とか拘束を......!
「あ"がぁ"っ"」
ダメだ。
向こうの方が......強い―――




