第67話 命のチカラ
認めよう。俺たちは油断していた。
攻魔草が近いと考えていたから、悪魔は近くにいないと思っていた。
だから、魔力探知も怠っていた。
純人間なら、意識せずとも感じられたのかもしれないが、俺には天使の血が混ざっている。
意識しないと感じられない。
今回は意識していなかった。
だからここに、悪魔がいるなんて気付かなかった。
「ぼくの......ぼくの......」
"そいつ"は震える声で、絞るように呟く。
▶▷▶▷▶▷
緑色の肌に、真っ赤に充血したような眼。
手の甲にある色石は、白。怠惰級。
アルタとシュゼが休憩のために洞窟に入った時、ペタと遭遇した。
「......」
ペタの拳が握られる。
立った爪が食い込み、血が垂れる。
渦巻く感情は、怒りか、憎しみか。
「お前たちが来たから......!」
「っ!?」
涙で歪んだ顔。
それがアルタへ向けられる。
「お前が! ぼくの花を殺した!」
アルタが洞窟へ入ってきたとき、その足下に、ペタの愛する花があったのだ。
しかし、アルタは気がつかなかった。
次の瞬間、その花は無惨にも潰れていた。
花弁は破れ、くきは折れて、命が燃え尽きていた。
その時ペタの心は、黒く暗く深い場所へ迷い込んだ。
そこから帰還したのは、憎悪と殺意のみだった。
「ガァアッ!」
走り出した悪魔に対し、アルタは回避を選択。
爪を立てた大振りの攻撃が空を斬る。
避けた先、シュゼのいる位置から、剣撃が放たれる。
しかし、剣の軌道上にアルタがいた。
シュゼの手元が狂い、峰打ちとなった。
「かっは!」
悪魔の体は吹っ飛び、洞窟の外へ押し出される。
シュゼは悪魔を飛ばした方向を一瞥し、口を開いた。
「悪いアルタ、つい。爪の悪魔は思うところがあってよ」
「あぁ......そっか」
殺気を纏うシュゼを見て、アルタはヌィンダを殺した悪魔のことだと考えた。
そしてそれとは別に、アルタの表情は優れない。
先程この悪魔が申したことについて考えが頭をよぎる。
戦闘における思考を、その考えがいちいち遮断する。
「追撃だ!」
が、シュゼにとってそれは知る由もない。
悪魔を殺すため、シュゼは地面を蹴って洞窟を飛び出す。
残されたアルタは考える。
(花って言うと......これか?)
この洞窟に入るとき、自分が踏み込んだ場所。
そこに花があった。
この足で踏んだ、潰れた花が。
(あの悪魔が育てていたのか......)
アルタの心に罪の意識が浮かぶ。
(いや、そんなことよりもシュゼが危ない。花を育てたりしていても悪魔だ、天使の敵だ)
しかしその意識はすぐに払拭する。
ここは戦場。
敵は悪魔、味方はシュゼ。
自分に言い聞かせ、心を保つ。
「っ......!」
アルタは洞窟の外へ駆け出した。
▶▷▶▷▶▷
それを見たとき、アルタの目が大きく開かれた。
この世のモノではない何かを見るような眼差し。
シュゼも同様であった。
悪魔の立つ場所、その周りが揺れ動いていた。
雑草が黒いツタとなり、おどろおどろしさを主張する。
その光景を見た2人が導きだした結論。
それは悪魔の異能。
((魔術......!))
実質始めてとなる、魔術持ちとの戦闘。
アルタとシュゼの気が引き締まっていく。
緊張が高まる中、悪魔は憎しみに溢れる声で言い放った。
「お前がぼくの花を殺したんだ。お前が、お前がァ!」
「......」
怒鳴り声。
アルタの耳を貫き、脳内で読解される。
花を殺した。
この悪魔は、あの花をとても大切にしていた。
この怒りようなら、もはや我が子のように扱っていたのたろう。
それを自分の不注意で踏みつけ、潰してしまった。
いとも簡単に。
この悪魔が花を愛でていた時間が分からなくても、少なくとも自分が花を潰したのに要した時間よりは圧倒的に長いであろう時間。
その長い時間を一瞬で壊した。
それは己の罪である。
今、こうして目の前で怒っている者がいる。
アルタの認識上、知識上あり得ないことではあった。
悪魔は自己中心的である。
それがアルタと、そしてシュゼの認識でもあった。
怒る者への返答。
アルタが導き出した答えは―――
「それについては、俺が悪かった」
謝罪であった。
もしも、花を潰したのがシュゼなら、こうはならなかっただろう。
悪魔という生物を憎むシュゼであれば、火に油を注いだに違いない。
アルタの謝罪の言葉は、ペタの耳に届いたのだろうか。
否、届いていない。
アルタとて自覚していた。
謝罪が軽薄であったことは。
軽薄な謝罪で、許されることなどあり得ないことは。
(だが......)
それはそれ、これはこれ。
相手は自分たちを殺しに来ている。
明確に、"敵"である。
アルタは天世界へ帰らなくてはならない。
花を潰したからといって、素直に殺される訳にはいかない。
アルタの瞳に悪魔の叫びと共に腕を振るう姿が映った。
「ガァッっ!」
空気を切りながら、何本ものツタが一斉にアルタたちへ向かってくる。
手でツタを払い伏せ、まとめて確保するアルタ。
押され削れゆく地面に目もくれず、腕の中で暴れるツタを凝視する。
迫りくるツタに神経を研ぎ澄ませるシュゼ。
剣を走らせ、巻き付かれる前に斬り伏せる。
ツタは固い。
火花を散らし、金属音に近しい音を鳴らす。
(このツタ、なかなか速い)
(油断すりゃ捕まるな)
2人は思う。
それと同時、ツタはヒュバッという音と共に一瞬視界から消える。
俊敏性が増した。
「なっ!?」
地中を通った1本が、アルタの足に絡みついた。
そのまま高く持ち上げられ―――
「ぐあっ!」
叩き付けられる。
背中に痛みが走り、内臓が揺れた。
「アルタ! チッ」
(斬ろうとしても近づけねー)
荒れ狂うツタを何とか凌ぎながらシュゼは心の中で吐き捨てる。
しかし無傷は叶わない。
数本は肌をかすめ、血を垂らす。
悪魔は叫ぶ。
「終わりだ! 死ねッ!」
シュゼの防御を突き抜けて飛ぶツタ。
鋼鉄の鞭がシュゼの首に差し掛かったとき、
「っぶない!」
間一髪で、アルタが横入り。
鞭が肩を切り、ツタの先は赤く染まった。
「大丈夫か、シュゼ」
「ハァ、ハァ。大丈夫だ、まだ戦える......!」
と言いつつも息切れを起こすシュゼ。
体力の低下は目に見えていた。
(シュゼの体力はもうしんどいか......)
地中から吹き出るツタの軍勢。
走って回避しつつ、突破口を見出だそうとする。
(シュゼを抱えたままじゃ倒せない。何とか逃げて攻魔草を―――)
そのとき、ペタの様子が変貌する。
「ふーっ、ふーっ! ガァッ!」
腕を振るうと同時、周りの樹木が形を変えた。
枝が伸び、アルタたちを追う。
ツタと枝では話が違う。
横から迫り来る枝の壁。
アルタは魂気で防御。
自身の腕を挟んだ状態で、その奥の枝を睨む。
並の者なら、肉塊となって地に転がる攻撃。
激痛に歯を食い縛り、地面を踏みしめる。
しかしその反対側から、ツタを足に巻いたペタが迫っていた。
爪がアルタのもう片方の腕を裂く。
「ぎっ!」
(全部右に回したのが悪かった)
もう1本のツタはアルタを掴み伸び上がる。続いてそのツタは急速に下降。
またもや地面に叩きつけられる。
「がぶはっ!」
アルタの目には、自身の吐いた血とツタに巻かれゆっくり降りてくるペタが映った。
シュゼを降ろし、構えをとる。
腕の傷は深い。服が肌のベトっとくっつく感覚に顔をしかめた。
魔裏界に来てから、ここまでの傷を負うのは初めてのことである。
(ちょっとまずいかもしれないな)
魔裏界に来てから初めてのことだ。
彼らに、これほどまでの緊張が走るのは。
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ペタの魔術『魔癒流転術』。
自分や他者を、魔力を消費して回復する魔術。
しかし怠惰級以上の悪魔にとっては、魔力を消費して回復することなど、魔術を使わずとも為せることだ。
故に役立つものではなかった。
......しかし、これは力の断片に過ぎない。
魔癒流転術の真の能力は、対象の生命力を加速させ、本来持つ力を遥かに凌駕する、限界以上の機能を持たせること。
回復は初歩でしかない。
本領はその先である。
感情の高ぶりによって効果範囲や加速度は変わる。
感情の高ぶりは、ペタの魔術機構の一部。
故に本人は真の能力を正確に自覚、記憶していない。
生まれて最初に見た、1輪の輝く美しい花。
摘み取り、自身の住処に植え替えた。
他にも無いか探したが、見つからなかった。
あの花は、この世の1輪しか無いのだと。
その花は、この赤髪の男に殺されたのだと。
現在、ペタの感情はかつてない高ぶりを見せていた。
その力は―――
「ヴんっ!」
「ぼがふっ!」
アルタは命の危機を感じ、持てる全ての魂気を防御に配分。シュゼも同様。
しかし完全な無効化には至らない。
木を数本折り、2人の体は飛んだ。
ペタ。
緑の肌に充血したような赤い眼。
年端も行かなそうな幼げな見た目。
その魔術、その力は。
(殺す)
その力は、生命神に次ぐ命の力。




