第61話 水
洞窟の中は、なかなか良いところだった。
奥行きがある。
外からバレることも無さそうだ。
強いて言えば、少し、いやかなり暗い。
松明でも用意しようか。
「よし、じゃあ俺は木の実を採りに行く。ついでに松明にできそうな枝も」
「おう」
そして俺は外へ行く。
▶▷▶▷▶▷
―シュゼ―
魔裏界に来てから、大体3ヶ月。
最初はガルファムのとこで暮らして、次はあの群れで。
なんだかんだこうやってサバイバルするのは初めてだ。
「つってもまぁ」
見張りは退屈だ。
開けた場所ならともかく、こんな外から見えねー所、誰も入ってこねーだろ。
「......素振りでもしてるか」
立ち上がって剣を抜く。木刀はないから仕方ない。
むしろ真剣で丁度いい。
「ふっ! ふっ!」
アルタには感謝すべきことと謝るべきことがある。
魔裏界に来てしまったのはオレのせいだ。
オレがあの時変なことしなきゃ、ここに来ることなんて無かった。
アルタに迷惑かけることも無かった。
あいつはお互い悪かったと言ったが、やっぱりオレが悪い。
悪いことをしたら、報いなければいけない。
報いるためには、負担にならないことだ。
そのために、こうして強くなりたい。
剣しか振れないオレは、こうするしかない。
アルタが抱える重荷を、オレが肩代わりする。
「ふっ!」
とはいえ、オレにもオレの意志がある。
オレはヌィンダを殺した奴を殺したい。
それはアルタの意志とはズレている。
アルタは、ただひたすら帰りたい。
ミーヴが待っている家にだ。
当然、オレだって帰りたい。
だが、同時に奴を殺したい。
奴の居場所も分からねーけど、この旅の途中で会えるかもしれない。
そしたら絶対に殺す。
だがさっきも言った通り、アルタの負担になる訳には行かない。
アルタは、天魔界鏡が手に入り次第、すぐにでも割るはずだ。
ならばどうするか。
アルタは、天世界に帰った後にもう1度ここへ来ると言った。
奴を殺すのは、その時でもいいのではと思った。
オレは天使だ。
魔裏界なんて、始めて来た。
だからここのことは何も分からない。
奴がどこにいるのかなんて、少しも分からない。
アルタは、界鏡が手に入ったらすぐにでも割るだろう。
界鏡が手に入る前に奴を倒すのは、正直厳しいと思う。
オレはまだ奴を殺せる域にいない。
悔しさと怒りが沸く。
その域に達するために、強くならないといけない。
強くなっても、奴の居場所が分からなければ意味がない。
その全てを。
強くなることと、奴を見つけること。
無理だ。
それらを達成するより先に、きっとアルタは界鏡を手に入れる。
だから、今回で奴を殺すのは無理だ。
オレだけ残って、奴を探しながら強くなるという方法も考えた。
が、すぐやめた。
オレ1人じゃ、魔裏界で生きられない。
オレは剣を振り回すことしか能がない。
その辺の悪魔に殺されることはないが、アルタがいなきゃそれ以外はからっきしだ。
すぐに死ぬ。
「ふっ! ふっ! ......にしても」
喉が渇いた。
しばらく何も飲んでいなかった。
「ん?」
足下に違和感を感じた。
ビチャビチャする。
「水?」
水があった。
どこから流れてきたんだ。
「元は......お!」
元をたどると、水源があった。
洞窟の、さらに奥。
大きなくぼみに、水が溜まっていた。
「ゴクッゴクッ......ぷはっ」
本当にオレは馬鹿だ。
▶▷▶▷▶▷
―アルタ―
木の実の採取は終えた。
あれは探せばすぐに見つかる。
だから見つけたらちょいちょい採っていたのだが、消費ペースの方が早かったようだ。
次からはもう少し多めに採らないとだな。
だがしかし、本当にこれはいい物だ。
生きるのに必要な栄養素、そのほとんどが濃縮されている。
奇跡のような木の実だ。
これが無かったら詰んでいた。
そして完全に夜となった。
外は静まり返っている。
明かりはない。
焚き火はしていない。
魔裏界がそもそも暑いからだ。
俺は今、洞窟の入り口の手前で立っている。
交代でやる見張り役だ。
今のところ特に問題は無さそうだ。
「......」
ふと、自分の服を見てみる。
汚れている。
そういえば、随分洗濯していないな。
悪魔の群れでは、人間や天使に近い見た目の者がいた。
そういう奴らは服を着ていた、ように見えた。
奴らは再生するとき、服ごと再生した。
つまり、あの服も体の一部という訳だ。
だから当然、悪魔に洗濯の習慣はない。
洗濯の習慣がないから、俺たちも自分の服を洗濯できなかった。
明日あたり、洗うか。
と言っても、上手くできるかは怪しい。
天世界ではミーヴがやっていた。
俺もたどたどしく擦っていたが、どうも差があった。
今頃何してるかな。
まだ出産の時期ではないか。
出産は今から1ヶ月は後だ。
逆に言えば、もう3ヶ月経っている。
向こうからしたら、俺とシュゼが急に姿を消したことになる。
心配、してるだろうか。
してるだろうな。
妊娠中の生活、1人でどうにかなっているだろうか。
転んだりしていないだろうか。
階段を踏み外したりしてないだろうか。
いや、1人じゃないかもしれないか。
出産の手伝いでルデンとフェイルが来るって話だ。そのよしみで、補助もしてくれているかもしれない。
そういえば、ヘブアルやジュリンはしばらくウドレストに滞在するんだったな。
1ヶ月もしてたら、もう発っているかもだが、心配はしてくれているだろう。
みんな強いんだ、あっちはあっちで何とかなっているに違いない。
それなら俺は、俺たちは、元気に帰ってやらないといけない。
「......」
気づかないうちに拳を握っていた。
俺はその拳を見つめ、暗い空へ高く掲げた。
▶▷▶▷▶▷
朝、シュゼに起こされて目が覚めた。
「アル......タ! ちょっといい、か?」
「ん? どうした?」
何だ?
何かおかしい。
シュゼが頭を押さえてる。
顔も赤い。
「頭、痛いのか?」
「痛い......ケホッ、ケホッ!」
「おっと」
シュゼが俺にもたれ掛かってきた。
いつもと対照的にぐったりしている。
「落ち着け。とりあえず、熱みせろ」
「あ、あぁ」
シュゼはもたれ掛かるのをやめ、壁に寄りかかって座った。
額に手を当ててみる。
「......熱があるな。仕方ない、風邪が治るまで立ち往生だ」
「そんな。早くしねーと、界鏡が悪魔の手に渡っちまう......」
シュゼが立とうとしたのを、手で静止する。
今見て分かった。足下がおぼつかない。
こんな状態で旅をさせたら、それこそ死んでしまう。
「フラフラじゃないか。ちゃんと寝てろって」
「オレは大丈―――ケホッ、ケホッ」
「あぁほら、だから―――ん?」
何だ。シュゼの様子がおかしい。
「ケッふ......うっ」
赤かった顔が、今度は青ざめてきている。
「うぉぇぇぇ......ぇえェ......」
シュゼが嘔吐した。
「ハァ、ハァ」と息をついて、気分が悪そうだ。
しかし、俺の視線はそこにはなかった。
シュゼが吐いたモノ。
吐瀉物を見ていた。
その吐瀉物は、真っ黒だった。
インクでも混ぜたような黒さだ。
何か、悪いものでも食べたのか?
だが俺はいたって普通、健康だ。
俺は食べてなくて、シュゼは食べたもの......
あ。
「シュゼ、昨日飲んだ水の場所、この奥だよな?」
「あぁよ。分かれ道もねー。真っ直ぐ行ったらある」
「ちょっと行ってくる」
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足早に向かって、着いた。
そして気がついた。
この洞窟は、トンネルのようになっていた。
行き着いた奥地の天井に、人1人通れるかどうかくらいの穴が開いていた。
そこから光が射し込んでいる。
そしてその射し込む先。
そこにあったのは、水ではなかった。
液体だが、決して水とは言えない。
真っ黒な液体だった。
これ飲んだのか?
ウニュ
液体が動いた。
風が吹いている訳でもないのに。
まるで生きてるような......
「わっ!」
そう思っていたら、液体が出てきた。
地面を、ゆっくり伝わってくる。
「これ......」
液体型の悪魔だ。