第60話 戦争と行方
魔裏界のある一角。
ここは憤怒級の悪魔、プスコフの縄張り。
その中に、プスコフへの従属を条件に、住むことを許されている者共がいた。
プスコフは、自身の縄張りに住まわせている悪魔に命令を下した。
"天魔界鏡を自分のところへ持ってこい"
そして今、その命令に応えようとする群れがあった。
しかし―――
グサッ!
「ギェェぇエ!!」
その中の1人の背中に、槍が突き立てられた。
「天魔界鏡は俺たちが頂く! 大人しく渡せ!」
襲撃者は高らかに叫び、その声は群れの全悪魔に伝わる。
声が伝わり、互いの武器が矛先を向けた。
「断る」
「そうか。ならやることは決まったな! 掛かれェィ!」
戦いは幕を開けた。
▶▷▶▷▶▷
合戦。闘争。殺し殺され、命の伊吹が減っていく。
血が血を洗い、槍は赤みを増していく。
「オラァ!」
「ぐふアっ!」
「ギァァア!」
「ふんぬっ!」
互いの叫び声は互いに打ち消され、誰の声かも分からない。
悪魔共は己の手に握られる武器を振るう。
無差別攻撃。
群れる悪魔の根底にある精神。
それは仲間への信頼? 否。
それは闘争本能と自己中心的精神である。
自分が1番かわいい。
プスコフの命令をこなせなければ殺される。
他の者などどうでもいい。
自分の群れが自分以外全員滅びようと、命令に応えられれば生き延びられる。
自分さえ生きていればいい。
その気持ちに嘘をつかない。
群れるのはあくまでも徒党を組んでいるだけ。
互い"強さ"のみを利用し合う。
人格などどうでもいい。
悪魔など、所詮そんなものである。
これが悪魔の、魔裏界の戦いだ。
ザクッ
「ぐぶっ......」
「テメェ、界鏡はどこに置いてやがる」
「言わ......んっ!」
爪、歯、角。
駆使するのは作り出した武器に限らない。
体に備わった、生物として生まれ持ったモノが使われる。
相手方の首を斬る。
首が落ち、次の相手を探そうと振り向く。
しかし相手の急所は首ではなかった。
隙を突かれ、殺される。
同じような事が幾度も起きる。
▶▷▶▷▶▷
―アルタ―
「よし、激戦区は抜けた」
「あぁ。にしても奴らすげぇな。敵も見方も関係ねーみたいだ」
「俺たちが後から漁夫の利する必要も無さそうだな」
「だな。ちょっと残念だ」
恐らく、天魔界鏡は1番奥に保管していると思う。
具体的に言えば、長の家か。
きっと、あの1番大きいのがそうだ。
目的地を見つけたら、一目散に駆けていく。
「よし、探すぞ」
「おう」
▶▷▶▷▶▷
見つからない。
無い。
多少強引に探したが、見つからない。
情報では、それなりに大きいとのことだ。
ここまで探して見つからないなら、ここじゃないのか。
そう思って外に出たらだ。
「ん?」
音は聞こえない。
刃物を打ち付け合う音も、斬られ刺され叫ぶ声も。
戦闘が終わっていた。
「ハァ、ハァ......」
その中央。
黒い液の真ん中に1人の悪魔が立っていた。
あれは......確かこの群れの長か。
こっちに背を向けている。
傷だらけだ。
再生していない。
何だ?
「ハァ......クックック」
長はゆっくりこっちを向いて、静かに笑った。
「魔力を使い果たしてしまった。おかげで再生もできん。ほら、どうだ? 殺すか?」
長は腕を広げ、心臓を差し出すような体勢になった。
「あぁ殺す」
シュゼが動いた。
直後、胸をザックリ斬られた長の向こうに、シュゼが立っていた。
「ふっ、残念だったな。貴様らの探す天魔界鏡は、貴様らの奇襲の直前にプスコフ様の元へ運搬が始まった」
北を指しながら言った。
その声も小さくなる。
最期の抵抗か?
「そして......」
長がカッとシュゼの方に振り向いた。
シュゼの首に向かって鋭い爪が走る。
「ちっ......!」
回避は間に合ったようだ。
たが完全ではない。
肩にうっすら線が入っている。
「カカカ! 引っ掛かったな。急所を差し出す訳なかろう!」
「......こすいことしやがって」
「見たところ、貴様らは常に魔力ゼロらしい。そんな者、手負いの儂でも始末は容易―――」
バキュッ!
背後からの俺の膝蹴り。
それが、長の頭を打ち抜いた。
首も飛び、木にぶつかって潰れた。
残った体は、黒い液体となって溶けた。
今度こそ、死んだ。
「痛って......爪痕残しやがって」
シュゼがぽつんと呟く。
肩を押さえている。
「大丈夫か? 何か巻いた方がいいか?」
「大丈夫だぜ。そんな深くねーしな」
「そうか。......痛くなったら言えよ」
「大丈夫って言ってんだろ」
シュゼは剣に着いた血を払い、鞘に戻した。
「―――でさ、界鏡はもう運んだ後って言ってたよな」
「あぁ。早く追おうぜ」
「ただその前に荷物を取りに行く。まだあの木の下に埋めたままだしな」
「分かったよ。ならさっさと済ませよう」
▶▷▶▷▶▷
荷物は掘り起こしてきた。
今はあの長が指差した方向に向かって走っている。
あんな騙し討ちしてきた奴の言うことだから、正直信憑性はあまり無いのだが、それを言い出したら何もできない。
どうせ、手掛かりはそれしかない。
話では『奇襲の直前』と言っていた。
まだそう遠くへは行っていないはず。
「シュゼ、それっぽいのいるか?」
「いねーな。お前は?」
「見えない」
見えない。
木が生い茂っている。目で見える範囲にはいなそうだ。
では、魔力で探すか。
魔裏界に常に充満する魔力。
その中に、悪魔が存在している。
悪魔がいる場所は、他よりも魔力が高くなる。
その部分を探せ。
......。
............。
..................。
くっ、ダメだ。
そもそも俺は前世でも魔法関連はからっきしだった。
魔裏界にいるうちに慣れればいいが......
と、気付いた。
「シュゼ。一旦止まれ」
「あん? 何だ急に」
「もうすぐ暗くなる。今日の寝床を探さないと」
赤い空が黒ずんできた。
夜が来る証拠だ。
「分かった」
「あと木の実も少なくなってきた。寝床探しのついでに採っていこう」
「分かった。ただ、寝床ならあそこでいいんじゃねーか?」
シュゼが指す方向には、洞窟があった。
別に丘の上ではない。
悪魔がいる気配もないし、問題ないだろう。
「じゃあ、荷物置いたら俺が木の実を採ってくる。シュゼは見張りだ」
「おう。任しとけ」