第59話 争い
「悪魔って食べられると思うか?」
「は?」
シュゼの気の抜けた声がこぼれた。
「悪魔って、倒したら溶けるだろ? それを、何か沸騰するなり焼くなりしたら、食べられるようになるんじゃないか、って」
「......」
シュゼの表情は優れない。
何言ってんだコイツって思ってる。
「何言ってんだお前」
ほら。
俺も自分で言っててよく分からなくなってきた。
「まぁ、悪魔を食べるのは最終手段ということにしとくか」
「あんま食べたくねーけどな。毒とかありそうで」
▶▷▶▷▶▷
憤怒級、プスコフはため息をつく。
握られた拳が、ワナワナ震える。
何故?
天魔界鏡が届かないからだ。
「どうしてだ......どうして見つからない! あの方に認められるは、ワタシシこそが相応しいというのに......」
自身の縄張りに住む悪魔共に、天魔界鏡の捜索を命じた。
それから3ヶ月が経った。
それでも界鏡は届かないのだ。
たった3ヶ月ならば、見つからないのは当然では?
その通りだ。
天魔界鏡の捜索には、1年以上掛かるのが常である。
言ってしまえば、10年以上数掛かることもある。
では何故、プスコフは怒っているのか。
前回の捜索では、たった3ヶ月で見つけられたからだ。
自身の縄張りに住む怠惰級共に見つけさせた。
プスコフは、この一帯の支配主に貢献したのだ。
たった、3ヶ月で。
プスコフは次も、と躍起になっている。
自分の縄張りの中に、天魔界鏡を見つける者がいること信じている。
自ら探すという選択肢はないらしい。
それもそのはず。
プスコフに限らず、憤怒級は面倒事など嫌う。
己の快楽のためだけに生きている。
任せる対象があるなら、使わぬ手はないのだ。
事実、嫉妬級が憤怒級に押し付けたものを、怠惰級に押し付けているだけである。
「美しきワタシシは、あの方の右腕となるが相応しい! ワタシシに貢献できぬ汚らわしき者など、死こそが相応しい!」
腕を大きく広げ、崖の先でプスコフの高らかな声が叫ばれる。
「どれ、1つ聞いてみましょう」
プスコフの足が膨れる。
筋肉はミチミチと音を立て、圧縮されてゆく......
ドゴンッ!
「君もそう思いませんか?」
「―――え?」
プスコフの手に、1人の怠惰級が握られていた。
手は首をがっしり掴み、離さない。
「がァっ! あグぐ......っ」
「ワタシシの縄張りに住まわせてやってるのです。ワタシシを満足させるのが筋でしょう?」
「ひ、しかヒ......ばフっ!」
「しかし? しかし何だと言うのです? 前回は3ヶ月で見つけていたではないですか。同じことをしろと言っているだけです」
「そゲは......だバの偶然......で」
ブチャ
首が潰された。
2回音がし、苦痛に満ちた声は収まる。
代わりに、何か溶けるような音が鳴る。
「全く、汚らわしい。―――ワタシシの望み通り、それがこの世の真理なのです。真理に背く者など、存在せずとも結構」
プスコフは振り向き、ゆったり歩き出す。
汚らわしい血を払いながら。
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―アルタ―
群れに入って3ヶ月。
生活のサイクルができた。
起き、隠した荷物を取り出し、実を食べ、実の回収の出向き、天魔界鏡を捜索し、時間が経ち、眠る。
この3ヶ月で、この周辺の捜索はあらかた終えた。
結果、見つからなかった。
魔裏界には大小様々な鏡がたまに落ちているのだが、全部ただの鏡だった。
というかそもそも、天魔界鏡か否かの判断が難しい。
あれを握ると底知れぬ違和感と不安のようなものを覚えるとはいえ、不確定要素がある。
その場で割ろうにも、シュゼと合流しなくてはならない。
だから合流しようとすると、悪魔と鉢合わせる。
で、その悪魔に『なんでただの鏡持ってんだ』と言われて界鏡でないことを知る。
もしくは、シュゼと合流して、割って、何も起こらなくて、界鏡でないことを知る。
そんな生活が3ヶ月だ。
だが、ここで見つかったらむしろ運が良すぎただろう。
魔裏界は広い。まだまだ捜索候補はある。
それにもし先を越されたとしても、割られたらまた別の界鏡ができる......
待てよ?
それはむしろまずいか。
一度探したところをもう1度探さないといけなくなる。
だったら早く探さなくては。
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次の日。
「皆の者」
群れの長の呼び掛けが響いた。
「先程戻ってきた者より報告があった。西側の群れが天魔界鏡を見つけたそうだ。ならば......?」
......なんと。それはつまり―――
「「戦争だァァァ!!!」」
群れ全体が、闘志を叫んだ。
「プスコフ様に界鏡を献上するのは我々だ、奴らではない。今こそ名を上げ、この村の力を強めるのだ!」
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悪魔の群れ同士の戦争。天魔界鏡の争奪戦。
長の声明により、明日にも攻めいるそうだ。
「戦争って、オレらは何をすればいいんだ?」
群れの村の隅の方で、シュゼと密談する。
「そうだな。天魔界鏡を、俺たちが奪えれば楽なんだけど......」
この群れはそれなりに人数が多い。
相手方もそれなりにいると考えて、それなりに規模のある戦いになるはずだ。
俺たちがピンポイントで界鏡を奪取できるだろうか。
俺たちは今、怠惰級の色石を身に着けている。
だが、強さは怠惰級の枠に収まらない。
つまり、客観的に見ると憤怒級ほどの強さを持った悪魔が紛れ込んでいることになる訳だ。
普通の戦争以上に混乱が起きるだろう。
その混乱に乗じて奪取できるかもしれない。
「ただ......」
俺たちが奪った場合、群れの悪夢たちが迫ってくるだろう。
俺たちはこの群れの新入り、ルーキーだ。
天魔界鏡の献上なんて大役、任せないだろう。
『界鏡を寄越せ』と言うはずだ。
「シュゼ。よほどのことが無い限り、俺たちはこの戦争で最強に位置することになる。だから、界鏡の奪取自体は簡単かもしれない」
定期的に頷いて、シュゼは真剣そうに聞いている。
「が、奪った後は群れの悪夢たちが界鏡を寄越せと迫ってくると思う。そこで―――」
「敵味方関係なく、全部ぶっ殺せってことか」
あー。なるほど。
そう考えたか......確かに、それがダメな訳じゃない。
「それもアリだ。俺は奪ったらすぐに合流して割ろうと思ってたんだけど」
俺がそう言うとシュゼは首を傾げた。
「......」
何を考えているのか、黙っている。
そういえば、シュゼは俺と違って、悪魔に殺意を抱いている。
俺は悪魔と戦闘しなくて済むならそれでいいと考えていたが、シュゼの方は違うか。
悪魔を殺す機会があれば、殺したいか。
「分かったよ」
「......!」
シュゼの視線がピッと俺を向いた。
「シュゼの案でいこう。鏡を奪ったら、敵味方問わず悪魔を倒す。割るのはその後でいい」
シュゼの口元が緩んだ。
不適な笑みだ。
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冷静に話し合い、作戦が決まった。
開戦直後、俺たちは戦闘には極力参加しない方針でいく。
天魔界鏡の捜索に集中し、持っている悪魔に狙いを絞る。
界鏡奪取後も、しばらく大人しくしておく。
俺たちが持っていることを悟られないように。
片方の群れが全滅したら、俺たちが残った方を潰しにかかる。
そもそもの実力差がある上、漁夫の利になるのだから、勝利はほぼ確実だろう。
全員倒しきったら、いよいよ天魔界鏡を割る。
これで、帰還は完了する。
赤い空が暗くなってきた。
もうすぐ夜だ。
明日に備えて、体は休めておこう。




