第55話 集落2
着いた。
相変わらずあぐらで鎮座し、周りに女を座わらせていたが、今回も去ってもらった。
今、俺とシュゼが、ガルファムと対面している。
「何の用だ」
ガルファムに不機嫌さは感じないが、やはり少し怖い声で言った。
そもそも顔が怖いからだろうか。
「ガルファム様」
「様はいらん。付けたい者が勝手に付けてるだけだ」
「では、ガルファムさん。......本題から言うと、俺たちは、やはり天世界へ帰ります」
「だろうな」
返事はあっさり返ってきた。
「お前らの様子からして、ここで暮らすつもりではないと思っていた」
ガルファムは、表情1つ変えることなく続けた。
「じゃあな」
ガルファムの素っ気ない話は終わり、静寂が訪れる。
シュゼが立とうとする。
が、俺は違った。
ふと思い立ち、彼に聞くことにした。
「帰りたいとか、思わないんですか?」
「む?」
ガルファムの視線が、一瞬ずれた。
「ここに住む皆さんはまだしも、あなたは天世界で過ごしたことがあるんですよね。なら、帰りたいとか―――」
「思わん」
俺の言葉を遮った返事は、短くあっさりしたものだった。
「どうせ、向こうには何も残っていない」
神妙な面持ちで、ガルファムは言う。
「向こうには、俺のモノは何も無い。家も、金も、名誉も、女も。
だがここは違う。俺を求める者がいる。俺を必要とする者がいる」
「......首を吊った死体がありましたが」
昨日、この集落の奥に行った。
子供たちと遊んでるときに、ある子の靴が飛んでいってしまったのだ。
それを取りに行ってやったとき、首吊り台が置いてあった。
暗い中に、ポツンと1つだけ。
そして、明らかに使われたことがある様子だった。
靴を取って戻った後に、子供たちから聞いたのは、あの奥は大人以外は立入禁止だということ。
子供たちは絶好の機会と言わんばかりに、あの先に何があったのか聞いた。
あの先に行って、帰ってくる大人はガルファム以外にいないから。
子供たちには、『あんまり良くない物』とだけ言っておいた。
「真実に絶望し、自殺する者もいる。止めはせん。
どうせ先は無い。皆が皆、を受け止められるとは限らない、仕方の無いことだ」
ガルファムは淡々と言った。
「もう1度言おう。向こうには何も残っていない。が、ここなら俺は存在意義が持てる。だから帰りたいとは思わん」
また、しばらく静寂が訪れる。
「......強いて言えば、向こうには我が師がいるか」
ガルファムは思い出したように呟いた。
「「師?」」
思わずシュゼと声が被った。
「大体1500年ほど生きた長命種の天使だ。あれから500年ほどだから、今は2000か」
間違いない、ヌィンダだ。
そういえばヌィンダも、500年ほど前に弟子をとったと言っていた。
ガルファムがそうだったのか。
「ちなみに、その方の名は......」
「ヌィンダ師だ」
やはりそうだった。
どうしようか。
ヌィンダの死は、伝えるべきか否か。
そう思ってシュゼに目線を送る。
「ヌィンダは死んだぞ」
しかしシュゼはそう思わなかったらしい。
躊躇いなく伝えた。
「そうか」
返事は呆気ないものだった。
が、少し悲しそうだ。
目が泳いでいる。
「では、俺が帰る理由など本当に無くなったな。生涯をここで過ごすとしよう」
ガルファムは目をつむった。
泳ぐ目を隠すためか。
下がれということか。
俺は立ち上がり、部屋を去る。
と、その時。
「―――お前はぬるい」
後ろからそんな声が呟かれた。
直感的に、俺に向けられたものだと思った。
「考えがぬるい。シュゼは余程悪魔に復讐したいのだろう。微弱ながらにも常に殺意が沸いていた」
振り向く途中も、声は数珠繋ぎに耳を通る。
「だがお前は違う。師を葬った悪魔に、殺意を抱いていない」
「......」
俺は、復讐というものから距離を置きたいと思っている。
......いや、変に包み隠すのはやめよう。
復讐というものから逃げている。
十中八九、あの天使の件だろう。
復讐心を燃やすだけ燃やして、薪をくべていなかった。
それが俺の心に、知らないうちにトラウマとして根付いてしまっているのだろう。
あの時の、言語化できない感覚。
あの感覚から逃げている。
「......」
ガルファムは黙る。
彼の今の感情は、言葉を介さなくとも分かる。
その視線。
俺を貫く視線が物語っている。
体に穴でも開けられたような気分だ。
「断言する。お前は確実に死ぬ」
「っ......」
思わず顔に力が入る。目元がピクッと動く。
「"帰りたい"。それだけを願ってここを発った者は何度も見た。そしてその晩に大きな叫び声が響く」
「......」
「悪魔と戦うこと、悪魔を殺すことを考えていないから、悪魔に殺意を抱いていないからだ。天世界へ帰るために発った者は皆、殺意ではなく恐怖や不安を抱いていた」
「......」
「お前は殺意を持っていない。だから死ぬ」
そこで、ガルファムの言葉は終わった。
俺は、天世界へ帰りたい。
ミーヴの待つあの家へ帰りたい。
その気持ちに偽りはない。
当然、途中で悪魔と戦うことにもなるだろうし、天魔界鏡を強奪することになるかもしれないと思っていた。
事実だ、嘘はついていない。
だから、ガルファムの言葉の真意は"そこ"じゃない。
では何なのか。
簡単なことだ。
最初に言っていたじゃないか。
シュゼにあって、俺に無いもの。
殺意だ。
悪魔に対する殺意がない。
何故無いかと言えば、俺が軟弱だからだ。
肉体的な話じゃなく、精神的なものだ。
1度復讐に失敗した。
己の堕落により、失敗へ導かれた。
それに抵抗もしなかった。
それで、逃げた。
今もなお逃げ続けている。
だから、師匠を殺されているのに殺意が持てない。
それがダメだとガルファムは言っているんだ。
きっとそうだ。
人の心を見透かしたような振る舞いをしてくれる。
思えばヌィンダもそうだったか。
師匠と弟子は似るものなのか。
あいにく俺にそんな力は宿らないが。
「言いたいことは言った。去れ」
俺は黙って部屋を出た。
言葉は不要だった。




