第52話 異世界
体を包む大きな感覚で飛び起きた。
「うっ......!」
初めはよく分からなかった。
それもこれも、魔力が大きすぎたからだ。
生前に感じていた物とは比べものにならない程の、濃密な魔力。
「はぁ、はぁ......」
常に重りが乗せられているような、ずんとした感覚。
そしてそこは、おぞましい場所であった。
赤い空、どす黒い土。
木々は生えているが、美しい緑とは似ても似つかない。
何だ。どこだよ、ここ。
「俺、ウチで鏡を運んでいたはず......」
状況を整理しよう。
俺は家を出た後、冒険者ギルドに行った。
そこで依頼を受けて、ついでにシュゼが着いてきた。
シュゼが女らしい服を着せられたり、皿を少し割ったりして、なんだかんだ依頼はこなし終えた。
その後、店主のおばさんから鏡を貰って......
そうだ。
鏡を落としたんだ。
そこから先の記憶はない。
となれば、鏡を割ったからこんなことになったのか?
というか、そうだ、シュゼだ。
大丈夫なのか。
一緒にいたはず......
「うっ......」
と、後ろから声がした。
振り向くと、シュゼ頭を押さえて起き上がるところだった。
シュゼは起き上がると、俺に話し掛けてきた。
「え、は? どこだよここ......おいアルタ、これって」
シュゼもまた、訳が分からないようだ。
当然だ。
「俺も分からない。俺たち、今から帰るところだったよな?」
「おう。そうだった」
よし、そこの認識は合ってる。
「で、俺の記憶は鏡を落として割ったところで終わってるんだけど、そっちは?」
「や、オレもそこだ」
記憶もそこまでか......
となると、やっぱりあの鏡を割ったからこんなことになってると考えて間違いないだろう。
「そうか......うっ」
にしても、やっぱり魔力が濃すぎる。
肌をチクチクと刺すようだ。
というか、なんで魔力を感じているんだ?
天世界に魔力は無いはずだ。
まさか、ここは天世界とは別の―――
「グルァァア!」
背後から殺気を感じた。
魂気を回し、防御をとる。
「ふっ!」
後ろからの攻撃を防御。
すぐさまカウンターで蹴りを入れる。
相手は、狼の形をした悪魔だった。
色石の色は......白。
怠惰級だ。
「オラッ!」
シュゼが抜刀。
斬りかかる。
悪魔の首が落とされ、白い煙がたつ。
「死んだな。だが......」
「あぁ......」
回りから刺すような視線をいくつも感じる。
気配も多い。
悪魔特有の、邪悪な気配が。
やがて、悪魔の群れが出てきた。
木々の間から顔を出し、次へ次へと数が増える。
囲まれた。
「シュゼ、やれるか?」
「当然!」
囲まれたが、やるしかない。
数は多いが、やるしかない。
魂気を回し、走り出す。
「はぁっ!」
悪魔の1体に拳を放つ。
頭に直撃。
追撃しようとしたところで、横槍を刺される。
ふっと回避し、カウンター。
首に攻撃。
バキッと音がする。
その悪魔の体を振り回し、他の数体を凪払う。
振り回した悪魔が溶け、他の悪魔の目に掛かった。
視界を奪われたで悪魔を優先し、殺す。
シュゼも、次から次へ悪魔を斬り伏せていく。
悪魔の血が飛び散る。
「ガァァア!」
牙と爪の猛攻を捌く、避ける、受け流す。
そうして、悪魔の命は少しずつ減っていった。
▶▷▶▷▶▷
「ふぅ。アルタ、終わったか?」
「あぁ、全部倒した」
悪魔を倒しきった。
足下に大量の白い色石が転がっている。
いやしかし。
怠惰級相手でも、大量にいると大変だ。
傷もゼロじゃない。
「でもよ、なんで怠惰級がこんな大量にいんだよ?」
「あぁ、それなんだけどさ―――」
俺の予想。
俺が魔力を感じることから、ここは天世界じゃない。
そして、怠惰級という高位の悪魔がここまで大量にいる事実。
これは、ここが天世界じゃないことに繋がる。
恐らく、ここは悪魔の世界だ。
赤い空、黒い土、不気味な木々。
地獄のイメージそのままだ。
ここが悪魔の住まう世界と言っても過言じゃないだろう。
何故そんなところに俺たちがいるのか。
それは、あの鏡くらいしか心当たりがない。
「―――っていうのが俺の予想だ」
「なるほどな......」
シュゼは黙って考え込んでしまった。
らしくもない。
表情はどこかもの悲しげだ。
「あの鏡が原因なら、しばらく天世界に帰れないよな。今持ってないし、そもそも割れたし」
「あぁ」
そうだ。
そうなのだ。
あの鏡によってここに来てしまったのなら、俺たちは帰れない。
帰れなければ、ミーヴに会えない。
ミーヴに会えなければ、出産に立ち会えない。
出産に立ち会えなければ、子供に会えない。
もちろん、もしかしたら鏡は他にもあるのかもしれない。
だから、会えないことは無いのかもしれない。
が、どちらにせよ、今の状況は好ましいものじゃない。
そもそも、帰れるのか?
ここが悪魔のひしめき合う世界なら、まずい。
怠惰級がうようよとる場所だ。
憤怒級などもいるかもしれない。
そうなると、生存の難易度は上がる。
死ぬ可能性が大きくなる。
死ねば、天世界にある全てのことと切り離される。
何もできなくなる。
ミーヴにも、子供にも、ルデンやジュリンやコンディにも二度と会えなくなる。
それは嫌だ。
絶対に嫌だ。
「―――大丈夫か? なんか顔色悪いぞ?」
シュゼが俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
そんなに悪い顔色してたか。
「いや、大丈夫だ。問題ない」
「そうか? 何かあったら言えよ。それに、オレがお前の体揺らさなきゃ、今頃―――」
「いや、俺だって悪かった。今回はお互い様だ。な?」
「......分かった」
シュゼの表情が少し明るくなった。
「なぁ、ところで"アレ"......」
「え?」
シュゼがどこかを指差していた。
その先には、大きな岩山があった。
その高い岩肌に、穴があった。
穴の前に、影がある。
あれは......
「誰かいる?」
「だよな」
視界の上の方、丘の上で誰かが手を振っていた。
手招きしているようにも見える。
だが、簡単に向かって行っていいのか?
また別の悪魔かもしれないし......
「とりあえず行ってみようぜ」
......いや、どうせここにいても何も始まらない。
シュゼの言う通り、行ってみよう。
何かあるかもしれない。




