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第51話 行方不明

 ルデンとフェイル。

 あの2人と出産の手伝いの約束をした日から、数日経った。



「ふわぁ......」


 朝日のまだ昇りきらない頃。

 薄暗い部屋の中で目が覚める。

 ベッドを抜け出し、着替え、部屋を出る。


 1階に降りても、ミーヴはいなかった。

 居間もキッチンもがらんどうだ。


 まだ起きていないのか。


 一応、部屋を確認してこよう。



「失礼しまぁす......」


 小さな声で呟く。


 ゆっくりドアを開け、中を覗く。

 ベッドは膨らんで、一定のリズムで上下していた。


 端から、ミーヴの青い髪が見えている。


 とりあえず、大丈夫そうだ。


「失礼しましたぁ......」


 出るときもまた、小さく呟く。

 ガチャ、と言ってドアが閉まった。


 まだ寝てるなら、起こしちゃ悪い。


 玄関へ向かい、外へ出る。


 天世界に来てからほぼずっと、朝は起きたら走りに行っている。

 この住宅街の周辺を、特にルートも決めず、気の向くままに走るのだ。


 とはいえ、ミーヴは妊娠中。

 何かあったらまずい。


 だから最近はなるべく早く終わらせて帰ってきている。


「行ってらっしゃいが無いのが、少し不満かな」


 そんなことを呟いてみる。


 するとそれに答えるように風が吹いた。


 慰めなのか、あるいはそんなことにぐちぐち言うなということか。


 心地いい風だったから、きっと前者だな。

 うん。


「すぅ~......はぁ~......」


 大きく深呼吸したら、1歩踏み出す。

 空気が肌を撫でて行く。


 足が地面を蹴る度、肺に空気が流れ込む。

 流れ込んだ空気は出ていき、また新しく入ってくる。


 適当な道を曲がって、周囲を見回しながら走る。


 まだ早朝も早朝、人通りは少ない。

 開けた道を進む。

 足はレンガを蹴り、重い音を立てる。




 ▶▷▶▷▶▷




 そのまましばらく走り、帰路に着いた。




 ▶▷▶▷▶▷




 家に着き、玄関を開けた。

 ちょうど階段を降りてくるミーヴと蜂会った。


 だが彼女の方もまだ起きたばかりらしく、目を擦っている。


「あ、アルタ。おふぁよ。もう走ってきたの?」


「おはよう。充分走ってきたよ」


「そう」


 そう言いながら、ミーヴはエプロンを手に取る。

 まだ少し眠気が残っているのか、紐を縛る手がおぼつかない。


「あれ、アルタやってくれる?」


「うん」


 紐に手を伸ばす。


 ミーヴの背中まで持っていき、結ぶ。

 このエプロンは、ヌィンダの小屋で使っていた物ではない。


 何ヶ月か前に、新しく買ったやつだ。

 妊娠していても身に着けられるように、大きめのを買った。


 少々大きすぎたようだが、小さいよりいいだろう。


「よし、できた」


「ありがとう」


 キッチンに立つミーヴを見て、考える。

 いつもは俺と同じくらいに起きて、俺が走ってきている間に朝食を作ってくれている。


 だが今日はもう走って来てしまった。


 そうだな。

 別に今やることはないし、手伝うか。


「手伝うよ」


「本当? ありがとっ」


 そうして、2人で朝食を作るのだった。




 ▶▷▶▷▶▷




 作り終え、料理を運び、食べ終えた。

 毎度のことだが、美味しかった。


 いつまでも食べていたいと思う味だ。


 フェイルはルデンに作っていそうだよな。

 ジュリンは、まぁ、うん。



 さて、そんなことは置いておくとして。


 今日はまた、冒険者ギルドに行く。

 悪魔を倒したり、たまに捜索系とか配達系とかの依頼を、金が減ってきたらやって稼ぐ。


 そんな感じで、結婚してから1年ほど過ごしているが......

 そろそろ違う職業見つけた方がいいかな。


 暴食級ベルゼブブとか強欲級マモンとかでも、一応命が懸かってる訳だし。


 でもこんなことしかできないからなぁ......


 元々、村の守護戦士の後釜として育てられたから、事務的なの苦手だし。


 うーん。

 難しいなぁ......


「アルタ? どうかしたの?」


「あぁいや、何でもない。行って来る。適当な依頼2、3個やったら一旦帰ってくるから」


「そんなことしなくても、私は大丈夫だよ」


「そうは言っても、心配なんだよ」


 そう言うと、ミーヴは腰に手を当ててムッとした。


「もう。私だって1人でも色々できるんだからね。それに何かあっても魂術で治せるから」


 最後に俺を見つめて呟いた。


「だから心配しないで?」


 そこまで言われれば仕方ない。

 俺も、少しは妻を信じるとしよう。


「分かったよ、信じる」


「うん。じゃあ、行ってらっしゃい」


「はい、行ってきます」




 ▶▷▶▷▶▷




 ギルドに着いた。

 少しばかり人の少ない室内を淡々と歩いていく。


 向こうを見てみると、食堂には普通に人がいた。



 がやがやと声が聞こえてくるが、無視して依頼掲示板へ近づく。


 今日はどれにしようか。

 また悪魔討伐でもいいのだが、たまには討伐系じゃない奴でもいい気がする。


 ミーヴも心配するなと言っていたし、多少時間の掛かるものでも問題なさそうだ。


 それを踏まえて考えると......


 これとかどうだろうか。


『飲食店の手伝い』

 仕事内容としては、皿洗いとか、料理の運搬とか。

 備考に臨時と書いてある。

 今日来るはずだった者が来れなくなったとかか。

 臨時だからか、報酬も悪くない。

 銀貨6枚。


 よし、これにしよう。

 調理そのものの手伝いでなければ、大丈夫だ。


 そうと決まれば早速行くとしよう。




 ▶▷▶▷▶▷




「何だよ、討伐系じゃねーのかよ」


 隣にエプロンを着けたシュゼがいる。

 俺もエプロンを着けている。


 あの後受付に行ったら、同じタイミングでシュゼがギルドに入ってきた。


 そしたら俺に近づいてきて、この依頼に参加を表明した。

 しかし、シュゼは俺がやるものだから討伐系だと思ったらしく、依頼書の内容をちゃんと見なかった。


 で、今に至る。

 誤解を解かなかった俺も悪いか。

 話が噛み合わない気がした。

 てっきり仕事内容を見て言っているものだと思っていた。


「悪かったな」


「まぁいいか、たまにはこんなのも。でも言ってくれて良かったじゃねーかよ」


「悪かったって」


 シュゼはエプロンを着けている。

 帯刀もしていない。


 ついでに言うと、ほぼいつもの格好の上にエプロンだけ着けている俺とは違い、半袖シャツに膝下ほどの緑のスカート、その上に黒いエプロンという姿をしている。


 店主のおばさんが昔着ていたものらしい。

 シュゼを見たら着せたくなったんだと。


 でも何というか、こう見ると普通の町娘だな。



「アルタさん、シュゼさん。早速運搬お願いします!」



店員のひと言により、


「はい」


「おう」


 仕事が始まった。




 ▶▷▶▷▶▷




 見立て通り、皿洗いや運搬なら何とかなった。

 客の中には冒険者なんかもいて、少しからかわれたりもした。


 が、とにかく何事もなく終わった。

 そうとも。

 決してシュゼが皿を2枚ほど割ったとか、そういうことはなかった。うん。


「やっぱこっちの方がいいな」


 シュゼも着替えて、いつもの服に戻っている。

 おばさんは少し残念そうだったが、まぁ仕方ないだろう。


「えっとぉ......」


 そう思っていたら、そのおばさんが店から出て来た。

 何だか、萎縮している。

 仕事している間は、まぁまぁ活気のある人だったが......


 どうかしたのだろうか。


「その、報酬の銀貨6枚なんだけどね、計算違いをしていたらしくって......払えないかもしれないんだよ」


「は?」


 シュゼが目を見開いた。


「じゃあどうすんだよ」


「それで......」


 おばさんはそそくさと奥へ走っていき、すぐに戻ってきた。

 その手には―――


「この鏡でどうかねぇ? 売れば少なくとも銀貨5枚にはなると思うんだけど」


「......」


 シュゼは黙ってこっちを見ている。

 俺が決めろということか。


 そうだな。

 別に売れば金に変えられるのだから、報酬を貰うのと大きくは変わらない。

 1枚減るかもしれないが、そこは我慢しよう。


 そういえば、ミーヴが鏡が欲しいみたいなことを言っていた気がする。


 ならむしろ、売らない方がいいか。


「ダメかねぇ......?」


「いや、これでいいですよ。確かに頂きました」


 そう言うと、おばさんはほっと胸を撫で下ろした。


「そうかい、良かったよ。それじゃ、またね」


「はい」


 鏡を受け取った。

 この店は少し立地が悪く、入り口が分かりづらい。

 改装とかしないのかと聞いたら、少し立ち話をする余裕ができるから、このままでいいと返された。


 そういうものらしい。


「―――ん? 何してんだよ。早く行こーぜ」


 何かおかしい。

 何だか、心の中がモヤモヤする。

 言い知れぬ不安感というか、何というか。


 この鏡か?

 あのおばさんは気づけなかったのか?


「おい! 何してんだよって」


 シュゼが俺の肩を強く揺らした。

 咄嗟のことで、鏡を落としてしまった。



 鏡が割れ、破片が光り出した。



「「あ?」」







 意識が飛んだ。




 ▶▷▶▷▶▷



 ―ミーヴ―



 今日は少し寝坊してしまった。


 大した支障はなかったけど、気を付けないといけない。


 私はアルタに、ご飯を作ってあげないといけないんだから。


 でも、ああして手伝ってくれたりするから、いつも助かっている。


 私1人なら、そのうち潰れてしまったと思う。

 ヌィンダさんの小屋に住んでいたときも、時々手伝ってくれた。


 一緒に何かする度、嬉しくなる。

 1つ1つの出来事全てが、充実を感じさせてくれる。



 他にも、今私は独創魂術の開発中だ。

 まだ具体的なオリジナルの現象も起こせないけど、独創魂術は1つ上の段階の技。


 開発はゆっくりでいい。


 これはアルタに言ってもらったことだ。


 私が、独創魂術の成果を何も出せていないときに言ってくれた言葉。


 そのとき私は焦っていた。

 思った数倍、独創魂術は大変だった。


 でも、その言葉で落ち着くことができた。


 やっぱり、私はアルタが大好きだ。


 日常1つ1つが宝物だ。



 そんなアルタは、すごく強い。


 シュゼが遊びに来た日は、帰り際に必ず手合わせしていくんだ。


 こんな言い方は良くないけど、シュゼはすごく強いから、ザルトさんじゃ実践練習にならないのだろう。


 同じくらい強いアルタとなら、実力を試すことができる訳だ。


 実際、それが実力の向上にも繋がってるらしいし。

 私には何が起きてるのか分からないけど。



「ちょっと暇だなぁ」


 窓の外を見てみる。

 何もおかしくない、いつもの風景。


 日が射していて、ぽかぽか暖かい。


「ぅう~ん......」


 伸びをすると眠くなってきた。

 寝坊したくせに、贅沢な私め。


 まぁいいや。

 寝る子は育つんだ。

 お腹の子も、一緒にお昼寝して育とう。




「すぅ......すぅ......」




 ▶▷▶▷▶▷




 起きた。

 赤い部屋の中で、まぶたを擦る。

 窓の外を見ると、もう夕暮れだった。


 部屋の中が、まるで血でも着いたように赤い。


 アルタは......まだ帰ってきていないのかな。


 誰かが入ったような形跡もないし......


「......」


 途端に、ひと筋の汗が垂れてきた。

 汗は顎から、お腹の上に垂れ落ちた。


 何だか、すごく不安な気持ちになった。


 すぐに立ち上がって、部屋を出た。

 全部の部屋を見て回った。


 その間も、ずっと冷や汗は止まらなかった。

 嫌な予感がした。




 どこにも、誰もいなかった。




 ▶▷▶▷▶▷




 この日から、アルタたちが行方不明になった。




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