第48話 授かるもの
ミーヴと結婚してから、5ヶ月ほど経った。
この5ヶ月の間に、シュゼは何度も来た。
ウチで食事したり、近況報告したり、色々だ。
ザルトとの仲はもう修復できてるらしい。
ヌィンダが死んだ次の日、シュゼはザルトの元を訪れた。
貶され、罵られる覚悟で行ったそうだ。
だが、そんなことはなかった。
今までの、シュゼの嫌いなザルトはいなかった。
シュゼがザルトから聞いたことを聞いたので又聞きになるが、ヌィンダはザルトに何か言っていたらしい。
つまり、ヌィンダが彼らの仲を取り持ったのだ。
ちなみに、この前また模擬戦したが、そうぐんと上達してるようには感じなかった。
少しだ。
自分で言うだけあって、性に合わないのだろう。
それでも覚えようと奮闘してるのだから、立派だ。
見習わなくては。
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さて、結婚後、生活は変わった。
まず返済のために今まで以上に稼ぎを得なくてはならない。
くる日もくる日もギルドで依頼をこなし、今ではプロポーズの指輪が3つは買えるくらいになった。
が、所詮その程度。
この家は指輪の10倍は高い。
つまり、最低でもあと7ヶ月は掛かる。
それも、あくまで収入全てを返済に注ぎ込んだ場合だ。
恐ろしくなる。
本当に返しきれるのか、と。
だが今から『返済の話はなかったことに......』とはできない。
返済を言い出したのは俺だ。
発言に責任くらい持たなくては。
とはいえ、結婚した今、嫁と過ごす時間は多く欲しい。
特に返済期限がえる訳でもない。
ザルトも『別に返済なんてしなくていい』と言っていた。
返済自体をやめるつもりは無いが、ゆっくりやっていこうとは思っている。
何年掛けても、必ず返しきる。
あ、そうそうミーヴといえば
3ヶ月前、ミーヴからこんなことを言われていた。
「独創魂術?」
「うん。そろそろ手を出してみようと思うの」
独創魂術。
聞いてみたところ、ミーヴがいつも使っている『水貫現象』や『岩弾現象』とは違うもの。
あれらは基礎魂術といい、魂術使いが本などで学ぶもの。
対する独創魂術は、まぁ名前の通りか。
自分で編み出す、オリジナルの魂術。
基礎魂術は、先人が開発した独創魂術が本などで普及したものだ。
独創魂術を編み出すのには、時間と労力が掛かる。
体術使いや刃術使いと違い、魂気の操作も複雑化する。
さらに基礎魂術が充実した今、独創魂術を使う者などほんのひと握りだ。
そんな独創魂術に、ミーヴは手をつける。
だから、ミーヴの研究室を設けた。
というか、ミーヴの部屋がその役目を兼ねた感じだな。
夫婦でもプライバシーはある。
俺も1部屋貰ったし。
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そしてもうすぐ、武闘大会が開かれる。
ウドレスト領主主催の大会。
1~5位までに、賞金が出る。
俺はここで大きく収入を得るつもりだ。
天貨20枚。
返済に大きく貢献できる。
俺は強いし、5位以内に入れないことはないだろう。
思えば、ヌィンダと出会ったのはあの大会がきっかけか。
大会に出たきっかけは、シュゼが言い出したからか。
シュゼと出会ったのは、冒険者ギルドでか。
冒険者になろうとしたのは、あの天使を殺すために、天世界を回るためにだったか。
そういえば、ミーヴも冒険者になりたがっていた。
もしかしたら、あの時から俺が好きだったのかもしれないな、なんつって。
ミーヴと出会ったのは、あの空き地か。
もう、何か建物が建ってしまったあの土地。
もしも、俺があの時、空き地とは逆の方向に行っていたらどうなっただろう。
俺は特にどうなるでもなく、冒険者になっただろう。
そして、1人で天世界を回った。
シュゼにも会わず、ヌィンダにも会わず。
ルデンにもフェイルにも、ヘブアルにもジュリンにも、コンディにも。
そして、ミーヴにも。
誰とも会えず、ただ黙々と、天世界を回る。
そして奴を見つけ、戦い、ことごとく負けて死ぬ。
あるいは、見つけることすら叶わず、どこかで野垂れ死ぬ。
ヌィンダと出会わなかった場合の俺の強さは、怠惰級に粘る程度。
加えて魂気の操作も覚えていなければ、どこかで不意を突かれて死んだろう。
もし1人で修行しても、ここまでにはなれなかった。
シュゼという、実力の拮抗したやつとの高め合い。
それがここまで俺を登らせた。
それもこれも、ミーヴに出会えたからだ。
あの時逆向きに行っていたら、会えなかった。
その先の出会いも、全部無かった。
あれは、ある種の運命だったのかもしれない。
ガチャン
「アルタ、ただいま」
居間のドアが開き、ミーヴがひょいと顔を出した。
いつもそんなことしないのに。
何か良いことでもあったのか。
「ミーヴ」
「え? な、何かな......?」
ミーヴは戸惑った様子で目をぱちくりさせてしまった。
『おかえり』と言われるのを期待していたのか。
なら申し訳ないことをした。
だが言いたいことができたんだ、許せ。
「ミーヴ、ありがとう」
「へ? あ、うん。どう......いたしまして?」
もっと戸惑わせてしまったか。
まぁ向こうからしたら脈絡が無いもんな。
俺がそう考えるうちに、ミーヴは隣にぽんと座った。
「アルタ、えっとね? 落ち着いて聞いて欲しいんだけど......」
なんだ、改まって。
何か大事なお知らせでもあるのか?
そう思った俺は、座り方を改めて、ミーヴの方を向き直る。
ミーヴも合わせてこちらを向いた。
そして、その細いお腹を触って言った。
「近くのお医者さんに診てもらったんだけどね。私、妊娠したって......」
......。
............。
............頬をつねった。
痛い。
夢じゃない。
てことは、本当に―――
「俺たちの、子供......だよな」
何言ってんだ、俺。
他に何があるっていうんだ。
にしても、この気持ち。
嬉しいだけじゃない。
実感が湧かない、と言うのか。
ミーヴとの間に、子供ができる。
俺が、親になる。
そんな経験、今までにない。ある訳がない。
だから実感が湧かない。
だが子供ができたのは事実だ。実感なんて、これからいくらでも湧いてくる。
「......」
と、ここで気づいた。
ミーヴの様子が、あまり嬉しそうじゃない。
いや、嬉しそうではあるが、同時に不安そうでもある。
「そうだね。私たちの、子だね......」
表情が、より曇った。
「私の子だから、私と同じかもしれない」
俺はその言葉の意味をすぐに理解した。
『私と同じ』
ミーヴと同じように、羽が生えない。
羽が生えなければ、自分と同じ境遇を味わうかもしれない。
羽が無いことを責めるようになるかもしれない。
そう思ってるんだ。
確かに、そうなる可能性は高いだろう。
羽が無い者同士の子供なのだから。
だが、俺は異例だ。
人間と天使のハーフ。
だから、何かが作用するかもしれない。
混血故の異変が、羽を生やすかもしれない。
「大丈夫さ。俺は少し変わった存在だから、何かミラクルが起きるかもしれない。望みはある」
ミーヴの表情が、少し明るくなった。
「それに、もし羽がなかったら、俺たちが頑張ればいい」
そこまで言うと、表情は完全に元に戻った。
微笑んで、コクリと頷いた。
「そうだね。私たちが頑張ればいいんだよね。お母さんたちだって、そうしてくれたもん」
もし羽が無くても、俺たちが頑張ればいい。
羽があろうと無かろうと、1人の天使だ。
いや、1/4は人間なのか。
だがとにかく俺たちの子だ。
ならば俺は、全力でフォローする。
応援する。
絶対に蔑ろにしない。
良いことをしたら褒めてやる。
道を踏み外したら、ちゃんと正してやる。
そうやって絆を深めるんだ。
「んふふ。私、頑張るよ」
「あぁ。一緒にな」
その後もしばらく一緒にいた。
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「ところで、名前どうしよっか」
突然そんなことを言われた。
そうか、名前か。
子供には名前をつけないといけない。
どんなのがいいだろうか。
男の子ならカッコいい名前。
女の子なら可愛らしい名前。
「そうだな......何か思いついてるものはあるのか?」
「えっとね、『ロペラ』とかかな。羽が生えますようにって願いを込めて」
なるほど、プロペラをいじったのか。
これなら可愛さもあるし、問題ないだろう。
「いい名前だな。じゃあそれでいこう」
さて、なら男の子ならどうするか。
性別に関係なく、羽は是非とも生えて欲しい。
ならロペラと同じように、プロペラからとるか。
『プロペ』?
いや、半濁音が多いのはあまり男らしくないか?
『アルタ』の名が男らしいかは知らんが。
『シュゼ』の方がよっぽど男らしい気がする。
うーん。
いっそプロペラからとるのをやめるか。
なら、そうだな......
羽からとって―――
「男の子なら、『フェザ』とかどうだ?」
これなら、カッコ良さも願いも備わっているだろう。
「いいね。じゃあ男の子ならフェザ、女の子ならロペラにしよっか」
そう言ってミーヴは自分の腹を撫でた。
俺も、彼女の腹をさすってみるのだった。
天世界に『プロペラ』『フェザー』なんて英単語があるのかは、疑問です。




