第44話 ガージットの恩
翌日。
「よ、アルタ」
シュゼと会った。ギルドでだ。
「ギルドで待ってればすぐ来ると思ったら、本当に来たな」
1週間ぶりのシュゼに、ミーヴも嬉しそうにしている。
「シュゼ、久し振り」
「おう」
「でもどうして急に出てきたんだ? 化天流はどうなったんだ?」
シュゼは今家で化天流を学んでいる最中のはずだ。
なんでギルドに来てるんだ?
「親父にお前らの話したらさ、週1回会えることになったんだ」
シュゼの嬉々とした声がよく聞こえた。
俺の疑問も解消された。
「そういうことだからさ、前言った店行こうぜ」
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そしてその店に着いた。
シュゼが先導してドアを開けた。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると同時、少女の声がした。
雰囲気のある店内を見回すと、奥のほうで何かちょこちょこ動いていた。
それが少女だった。
「あ、お姉ちゃん! 今日も来てくれた!」
少女はシュゼの方に走ってきて、そのまま飛びついた。
「おう。ほら、こいつらだ。オレの仲間のアルタとミーヴ」
少女は俺とミーヴを一瞥すると、表情がパァっと明るくなった。
「アルタさんと、ミーヴさんですね、初めまして!」
「初めまして。店の手伝いをしてるのか?」
俺の言葉に、少女は大きく頷いて答えた。
「はい、お爺ちゃんと一緒にこのお店で頑張っています!」
少女の頭がだいぶ下の方に見える。
ミーヴはそれを見かねたのか、しゃがんで少女に言った。
「大変だね。あなた、名前はなんていうの?」
「コンディです」
「そっか、コンディちゃんね。お仕事頑張ってね」
「はい!」
コンディは厨房の方に駆けていった。
あっちにそのお爺さんがいるのだろう。
「じゃあ座ろうぜ。前来たとき食ったやつ旨かったんだよ。お前らそれ食ってみろよ」
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3人で、ちょくちょく店主やコンディとも雑談しながら食事は進んだ。
シュゼにすすめられた物を食べたが、本当に美味しかった。
店主からここが廃業寸前なことを聞いたが、本当にもったいないと思う。
この味は是非とも後世に残すべきだ。
他にも、コンディとシュゼの仲が良さそうだった。
なんでも、おとといお父さんと来たときに懐かれたらしい。
コンディもシュゼには敬語じゃないし、相当なものだ。
「―――あ、私ちょっとトイレ行ってくるね」
ミーヴが席を立った。
その後店主に場所を聞いて、店の奥に歩いていった。
そしてシュゼと2人きりになった。
「そういえばさ、シュゼ」
「ん?」
「ヌィンダの手紙に書いてあったんだけどさ、俺とお前の実力はもう下位の憤怒級に通用するらしいぞ」
「そうか」
シュゼの答えは短かった。
だが、表情はどこか嬉しそうだ。
と、それはそれとして。
実はもう1つ話したいことがある。
ミーヴが離席している今がちょうどいい。
「シュゼ、少し相談あるんだけど、いいか?」
「ん、何だそんな改まって。いいに決まってんだろ」
快諾してくれた。
さて、では話そうと思う。
半年の付き合いとはいえ、少し緊張する。
「俺さ、ミーヴと結婚しようと思うんだ」
「......ふ~ん?」
シュゼは興味が沸いたようにこっちを向き直った。
「結婚するなら家がいるだろ? でもそんな金はない。だから、ギルドの依頼で頑張って貯めようと思うんだけど、それを手伝って欲しいんだ」
「......」
シュゼは黙った。
黙って腕を組んで、首を傾げて悩んでいるようだ。
承諾してくれると思っていたが、駄目か?
まぁ駄目なら仕方ない。
1人で頑張って用意するとしよう。
「家1軒くらいなら、親父が全額負担してくれんじゃねーかな」
「はぁ、やっぱり駄目―――は?」
今なんて言った?
カッテクレル?
買ってくれるって言ったのか?
家を?
「親父って金使わねーから、結構貯まってんだろうし―――」
「待て待て。そもそも金貯まってても無関係の俺のために使わないだろ」
それに、全額負担してもらうなんて情けなくて仕方ない。
「そうか?―――まぁ、来週会ったときにでもウチ来いよ」
「えぇ......」
唖然とする俺をよそに、コンディが走ってきて、またシュゼに飛びついた。
シュゼの方も満更でもない様子で付き合っている。
「ただいま、戻ってきたよ―――どうしたの?」
後ろにはトイレから帰ってきたミーヴがいた。
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そしてさらに1週間後。
ギルドで今日もシュゼと会った。
ミーヴはいない。
「―――で、次はこっちに曲がって、ここがウチだ。道は覚えたか?」
「まぁ大体」
シュゼに着いていくと、1軒の家に着いた。
大きな家だ。
確かにこれなら家の1軒くらい買えそうなものだ。
「ん、もう帰ってきたのか、シュゼ」
家の門から男が歩いてきた。
この人がシュゼのお父さんか。
「おう親父。アルタのことで相談があるんだ」
「初めまして、アルタです」
「あぁ、娘から聞いてるよ。父のザルトだ、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
険悪な仲と聞いていたが、そうでもなさそうだ。
ほんの2週間でここまで回復したのは、血の繋がりが無くとも、さすが家族と言ったところか。
「それで、相談があるんだったね。中へ入りなさい」
「はい。失礼します」
そうしてザルトに着いていく形で門をくぐった。
「親父あんな喋り方だったか? なんか気持ち悪いな......」
後ろからそんな声が聞こえた気がした。
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「―――ということをシュゼに話しまして、そしたら―――」
ガージット家のリビング。
家の外観に見合った、すごく高そうな場所だ。
「―――という経緯でここにに連れられて来ました」
「なるほどね......」
ザルトは腕を組んで悩んでいる。
仕草がシュゼと似てるな。
「なぁ親父、いいじゃん。どうせ金はあるんだろ?」
「あるにはあるがな、家というのは大きな買い物だ。そう簡単に決められるものか」
まぁ、そりゃそうだろう。
いくら金があるからって、話で聞いただけのやつに物を買ってやることはないだろう。
ましてや家なんて大きな物。
「ダメならダメで構わないんですが......」
「いやしかし、俺も君に感謝はしてるんだ」
「感謝?」
感謝されることなんてしたか、俺?
「シュゼと高め合ってくれていたそうだからね。他にも、俺とシュゼの仲直りのきっかけのでもある訳だ」
「......?」
よく分からない。
「ヌィンダ殿に窘められて、俺も反省した。だがそのヌィンダ殿は死んだという話だ。だからその弟子である君に何かしたい」
「......」
なんとなく、分かった気もする。
というか、話の流れからして......
「買ってやろう」
ザルトの彫りの深い顔が和む。
「おお、 良かったな、アルタっ!」
シュゼが俺の背中を叩いた。
少し痛いが、嬉しい。
「ありがとうございます」
別に、買ってくれるというなら、その言葉に甘えよう。
わざわざ好意を断る必要はない。
「ただ、返済させて下さい。無償で頂くのはちょっと気が引けるので」
「別に返済してくれなくともいいが、君がそう言うならそうしよう」
とはいえ、やはり無償で貰うと情けなさが勝つ。
まぁ、時間を掛けて少しずつ返せるように頑張ればいい。
ただ問題があるとすれば、ミーヴに胸を張ることはできないな。
返済するとはいえ、人に買ってもらった家など。
甘えた俺が悪いのだから仕方ないが。
だがとりあえず、家は確保できそうだ。
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「なぁアルタ、ちょっと付き合ってくれよ」
帰り際、シュゼに声をかけられた。
『?』と思って振り返ると、シュゼは木刀を持っていた。
あぁ、そういうことか。
「また手合わせしてくれよ。今日は化天流も絡めてやるぜ」
「あぁ、久々にやろう」
そして、俺たちは庭に移動し、距離をとった。
2週間で、どこまで身についてるのか。
シュゼが構える。初めて見る構えだ。
剣の持ち手を上に上げ、腰の低い構え。
あれが化天流の構えか。
「よーい、始めっ!」
ザルトの合図で、俺は動く。
右の脇腹を狙う。
魂気を纏わせて、蹴りを放つ!
「ふっ!」
―――!
流された。
いつものシュゼと違う、柔らかい動き。
これが化天流か。
「っ!」
シュゼは流した動きを攻撃に繋いできた。
顔のすぐ横をかすめる。
地面を蹴り、一度距離をとった。
離れても、シュゼは攻めてこない。
この半年の間のことを考えると、違和感がある。
「おらっ!」
足下にあった石を蹴り飛ばす。
シュゼはその石を避けた。
そして踏み込んできた。
攻めに回った。
いつものシュゼだ。
「はぁ!」
左から木刀が飛んでくる。
回避は今からじゃ間に合わない。
魂気を腕に移し、受ける。
「ぐっ!」
だがシュゼは強い。
ヌィンダの手紙では俺の方がやや強いそうだが、時間が経った今は分からない。
俺の体は横に飛んだ。
「くっ」
受けた腕がズキズキ痛む。
力が入りづらい。
だがシュゼはお構いなしに追撃してくる。
......今!
片方の拳に魂気を纏わせ、木刀を払う。
隙ができた瞬間に、もう片方の拳を叩き込む!
「ぐえっ!」
シュゼの体は1回転し、着地した。
「やっぱ強ぇな、アルタ」
「そっちこそ」
その後も、しばらく手合わせは続いた。