第43話 家
宿に着いた俺たちは荷物を置き、それぞれやるべきことをしていた。
ミーヴは服が汚れてしまったので、洗濯のために出掛けている。
「―――98、99、100っと」
俺は、とりあえず100回腕立てした。
慣れたものだ。
昔は父さんに持久力の無さを指摘されたっけ。
確かにあの指摘は正しかった。
だが、当時の鍛え方が問題だった。
いきなり村30周させるのはおかしかった。
あの時の俺は力が強かったとはいえ、稽古が始まって間もなかったんだから。
「あ」
立ち上がったところで、後ろからドサッと音がした。振り返ると、ミーヴの荷物袋が倒れていた。
間違えて蹴飛ばしてしまったのか。
すぐに直そう。
「ん?」
袋の手前に紙が落ちていた。
......そういえば、ヌィンダの手紙があるんだったか。
読むか。
......ふむ。
......ほう。
......ミーヴがヌィンダから聞いたのだと思っていたが、この手紙で知っていたのか。
憤怒級に匹敵する実力。
だが、そうだな。
シュゼは今化天流を覚えている。
時間は掛かるだろうが、いつかマスターするだろう。
そうなったら、実力も追い抜かされるかもしれない。
それ自体は別にいいが、模擬戦で圧倒はされたくないな。
なんだかんだ、実力が拮抗した相手との高め合いは楽しい。
そのためにも、普段から基礎トレーニングはしておこ......ん? 追記?
......。
............なーに書いてんだあの人。
なるほど。
そりゃミーヴの顔が赤くなる訳だ。
うん。
とりあえず読んだことは言わないでおこう。
この手紙は袋に戻しておく。
「―――アルタ、ただいま」
ちょうど戻したところで、部屋の入り口にミーヴが立っていた。
服の汚れも落ちて、綺麗な白いローブに戻っている。
「おかえり」
▶▷▶▷▶▷
1週間経った。
この1週間で考えたことがある。
結婚だ。
あのヌィンダの手紙を読んでから、そういうのを想像してしまうことが増えた。
死後もヌィンダがニヤケ面してるのかと思うとムカつくが、俺も1人の男。
今までは、抑止力がいたから大丈夫だったのかもしれない。
本当に2人っきりだと、何か意識してしまう。
だがそういうのは結婚した後からだ。
父さんは酔うとよく口を酸っぱくして言っていた。
好きな子とヤるのは結婚した後にしろと。
結婚する前に妊娠させてしまったらいい結婚はできないぞと。
当時は好きな子なんていなかったから適当に聞き流していたが、今思い返すと確かにと思う。
そして至極当然のことだが、ミーヴと夜を過ごすためだけに結婚する訳じゃない。
今になって父さんと母さんのことを、深く考えた。
父さんと母さんは俺が生まれる前、すごく仲が良かったらしい。無論、生まれた後も良かった。
起きたらおはようを言って。
2人で一緒に朝食を食べて。
父さんは村を巡回し、たまにいる魔物を倒す。
母さんは家で家事をこなし、村の人たちと雑談して。
日が暮れたら帰宅し、今日何があったのか。
畑が豊作だったとか、デッカい雲があったとか。
そういう小さなことを話して、笑い合う。
夕食を食べて。
体を洗って、多くの日はそれで1日が終わる。
たまに2人で愛の夜を過ごしてたんだろうが、まぁそれは置いといて。
とにかく、そういう夫婦の生活というものに憧れを抱いた。
羨ましいと思った。
俺もそうなりたいと思った。
そして俺には今、家族がいない。
だから家族が欲しいと思った。
という訳で、
「ヘブアルさん、どう思います?」
ギルドの食堂でヘブアルに相談している。
ギルドに来たら簡単に見つけられた。
「うーん、そうだね......」
ヘブアルは悩むような声をあげている。
が、表情はどこか楽しげだ。
結婚したいとは言ったものの、どうすればいいのか分からない。
我ながら情けないことだ。
だからこそ、既婚者に話を聞こうと思った。
「ミーヴちゃんって今いくつ?」
「14と言ってました。でも来月15になるそうですよ」
成人、および結婚ができるのは15歳から。
ここは前世と同じで良かった。
「そうかい......ふふ」
「何です?」
ヘブアルが笑いを溢した。
「いや、早いなと思ってね。僕がジュリンと結婚したのは19の頃だったんだ」
「そうなんですか。15だと何か悪いですか?」
俺が聞くと、ヘブアルは横に首を振った。
「いや、別にそこを咎める訳じゃないさ。ただ、そんなに若いんじゃ家を買う金は無いんじゃないかい?」
あ、そうか、家か。
うーん、確かに家を買えるような金は持ってない。
問題なく生活できるくらいはあるけど、家は買えない。
どうしよう。
結婚しても家が無いのは格好つかないよな。
「アンタが貯金して私たちの家買ってくれたのよね~」
と、ここでジュリンが乱入。
ヘブアルの隣にぽんと座った。
「あぁ、注文が多くて大変だったよ。しかも2年ぐらい住んだら売っ払ったし」
「そ」
結局売ったのか。どういう心境だったんだ、それ。
「売っちゃったんですね。思うところあったでしょう?」
「まぁね。買うのに払った金よりちょっと少ないくらいの金は戻ったから、別にいいけどさ」
「もーまんたいよね!」
......この2人がどういう経緯で結婚したのかは想像がつかない。
「で、何? アルタ家買うの?」
「あーいや、買いたいけど資金が無い状況です......」
「ふーん」
ジュリンはつまらなそうな顔して、何か飲み物を注文した。
「僕も、結婚するのに家のことで悩んださ。それで出した結論が高報酬の依頼中心にこなすことだったよ」
「そうですか......分かりました。今日はありがとうございました」
「あぁ、じゃあね」
「ミーヴが満足する家にするのよ~」
ヘブアルとジュリンが、手を振ってくれていた。